第26話 性的嗜好
ククの威嚇を初めて見た創造神は、目を丸くするとすぐに柔らかい表情になり、ククと目線を合わせて微笑む。
「可愛い。威嚇してるのかい?私に威嚇できるなんて、ククは凄いな」
「シャーッ……キュキュ」
創造神がククに近づけば、ククはシシに助けを求めるように、怯えたような声が漏れてしまう。
「クク、大丈夫だよ。威嚇も怯えも必要ない。俺がいるから安心して」
「ククを利用しているようで心が痛いね。けれど、冥界は何をするにも都合が良いんだよ」
「俺が燃やし尽くしても、すぐに再生するくらいには、生命力に溢れているからね。あそこは、無から有が生まれやすく、本質が見えやすい……まさか、神々の眷属の中に穢れがついた奴でもいる?」
「その通りだよ。天界の水が濁り始めている。白狼は池を見ていたから分かるだろうけど、もう一度見てほしい。シシ、ククにも教えてあげて」
創造神が池へ手招きすると、白狼とシシが近づいていき、ククも不思議そうに池の中を覗いた。
池の中には、見た事のない魚が泳いでいるものの、そのうちの何匹かは偶に凶暴になり、他の魚を突いているのだ。
(海ではよく見た光景だけど、確かに水は濁ってる。この水では水浴びしたくないな)
「僕、冥界の水が一番好き。宮殿の水が一番気持ちいい」
ククは池に手を入れ、尻尾を振りながら無表情で魚達を見る。
池の中の魚はククの手に集まると、体を擦り付けて仲良くするが、シシに手を掴まれて水から出すと、またしても一部が凶暴化する。
だが、それはククが海で見てきた事と同じ現象だったため、ククはもう一度手を入れようとする。
「クク、駄目だよ。穢れがつく」
「でも、魚がかわいそうだよ。シシ、穢れって悪いものなの?」
(悪いものなら悪いって言ってほしい。穢れがつくから駄目なだけなら、魚を違う水に移してあげたい)
ククが善悪の判断を求めれば、シシは創造神と白狼をチラリと見る。
そして二人が頷いたのを確認すると、シシはククの耳元に口を近づけ、酷く低い声で「悪だ」と呟いた。
その低い声に、ククは腰が抜けてしまい、プルプルと震えて必死で俯く。
「クク?ごめんね、怖かったよね。大丈夫。怖くない……から……ッ」
シシがククの髪を掬い上げると、ククは顔を真っ赤にし、自分の耳を塞いで必死で顔を隠そうとする。
(な、なにこれ、なにこれ!こんなの知らない。耳が熱い。顔が熱い。体が熱い。お腹が熱い)
「そうだ……今日は新婚旅行に来たんだよ。ククの希望で結婚式のように誓いもした。黒天、悪いけど……空き部屋はあるかな?」
ククのいつもと違う様子に、シシは落ち着きながらも恐ろしい笑みで、ククを抱えて自分の胸にククの顔を押し付ける。
すると創造神は、一番奥の部屋が空いているから新婚旅行を楽しんでほしいと言った。
話の内容は重要であるにも関わらず、今のククを優先したシシと創造神は、ククの変化に気づいていたのだ。
そして、シシは大急ぎでククを空き部屋に連れて行き、その部屋がどんな部屋であるかを察したシシは、呼吸を整えてククをベッドに寝かせる。
「クク……いい匂いがする」
「ぼく、おかしい。シシ、全部熱くて息苦しい。また死んじゃうの?」
「死なないよ。発情期……ではないけど、発情してしまったんだね。俺を誘ってる匂いがする」
(シシを誘ってる……それは駄目なことだ)
「ごめんなさい。誘ったら駄目だったのに」
ククがシシを誘っていなかったのは、シシをツガイとして認めていないというわけでもなく、ククの『好き』が恋愛的なものではない、というわけでもなかった。
いまだに、陸での傷はククの心に残っているのだ。
そんなククにとって、新たな刺激があった事により初めて発情したのだが、その刺激はククの性的嗜好が特殊である事を意味している。
「誘ったら駄目なんて、そんな事はないよ。俺はククのツガイで、ククから誘われるのをずっと待っていたんだから」
(シシはツガイだから誘ってもいい。それなら、もっとあの声を聞きたい。悪いシシも僕は見たい)
「シシ……もう一回。優しくしないで」
「えっ……それは、酷くされたいってこと?俺は優しくしたいんだけど」
ククの特殊な性的嗜好は、酷くさられる事ではない。
ただ、シシが普段は口にしない『悪』というものと、その時の低い声、そしてなによりククがずっと求めてきた、シシが決めた『悪』というものを知れた事による喜びが、ククを発情させてしまったのだ。
「おねがい。シシ、あの声で僕の真名を呼んで」
(縛られたくないのに、あの声で真名を縛られたら、僕はどうなるんだろう。僕はいい子って言われるのも嫌いじゃないし、褒めてもらえるのも嬉しいのに……)
「……黒白」
シシが低い声でククの真名を呼ぶと、ククは術にでもかかったかのようにシシの首に抱きつく。
そしてシシの真名を何度も繰り返し、嬉しそうに尻尾を揺らしながら、可愛らしくシシを誘った。
シシもククに応えるようにすると、ククは花が咲くように笑うのだから、シシもククを可愛がってしまうのは仕方がないだろう。
例え、その部屋が子ども部屋のような、親の愛が詰まった場所であったとしても。
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