第14話 外出デート



 外に出て、漸く下ろしてもらえたククは、ペタペタと音を鳴らしながら、裸足でゆっくり歩き始めた。



(痛くない。どこを歩いても痛くない)



 ククにとっては裸足が当たり前だったが、陸に上がればいろいろな物が足に刺さり、ククの足を傷つけた。

 それだけではなく、靴を履く事が常識であった陸で裸足の者がいれば、それは貧民であり、貧民のオメガは良家のアルファに売られてしまう事も少なくはなかった。

 だが、ククは幸いにも匂いで自己防衛ができていたため捕まる事はなく、陸では慣れない靴を履いて過ごしていたのだ。



「シシ!足が痛くないよ。なんで?」



「冥界の地面は、ククを傷つけないよ。俺が冥王である限り、冥界がククを傷つけるような事はない」



(さすが冥王様。凄いね。そんなことまでできるんだ)



 いまだに宮殿の中にいるシシの手を、ククは自分から繋ぎに行き、外へと引っ張る。

 ククにとってデートである以上、シシとともに歩かなければ意味がないのだ。

 それも、手を繋がなければいけないと思っているククは、ギュッとシシの手を握る。



「くッ……可愛いッ」



「シシ?また苦しいの?恋って大変だ……そんなに頻繁に苦しくなるんだ。シシと同じ恋をするなら、僕もそのうち苦しむのかな」



(ここまで頻繁に苦しむのは……普通に嫌だな)



 悶えるシシを見るたびに、ククは自分も苦しそうに胸のあたりを押さえ、苦しくもないのに眉を寄せる。

 その無意識の行動が、シシを更に苦しめているとも知らず、ククの体には自然と力が入る。



「クク、口づけて。そしたら苦しくなくなるかも」



(それは僕が苦しくなる)



 ククはシシの手を握ったまま、その場でウロウロと左右に歩き、口づけをするか迷ったものの、苦しむシシを見てシシの頬に口づけした。



「ど、どう?良くなった?」



(これ以上は、お願いされても無理だからね!)



「うん、ある意味助かった。ありがとう、クク」



「どういたしまして。良くなったなら、ゆっくりでいいから一緒に歩こう。シシが案内してくれるんでしょ?」



 ククは、デートなのだから一緒でないと意味がない、という意味で言った。

 だが、シシからしてみればククから誘われることが嬉しく、更に今のククは自由の身にも関わらず、シシを誘う言動が嬉しくてたまらなかった。



 それからククとシシは、宮殿の周りを一周しては休憩し、森に入っては休憩し、また別の場所へ行けば休憩をする。

 当たり前の事だが、ククは歩くという行為そのものが苦手で、慣れる事はできてもシャチの獣人である以上、長時間歩き続けるのは厳しかった。

 かと言いって、冥界の水の中へ入るのは、服や飾りが濡れてしまうため、ククは泳がずにシシの助けによって水の上を歩いていた。

 そしてなにより、シシと一緒に歩くという事が、ククにとっては重要だったのだ。



「シシ、あのさ……」



 ククは休憩中に、尻尾を揺らしながらシシを見上げる。

 シシがなんと言うか分からないが、怒られる事はないだろうと思い、期待を込めて尻尾を更に振る。



「なに?そんなに尻尾振って……なんか、嫌な予感」



「僕は術を使ったことがなくて……でも、陸では魔法って言ってたから、魔法の練習をしてみたんだけど、いまいち分からなかった。だから、シシとか眷属とかモノノケ達が使うみたいな、術を教えてほしいんだ」



 シシの前でのみ表情が豊かになってきたククは、少し悲しそうな表情をしながらも、尻尾を揺らして期待する。

 魔法は陸の者だけでなく、流底でも使われてきたが、シシの宮殿にある書庫で本を読んだ時には、『魔法』ではなく『術』と書かれているものがほとんどだった。

 そのため、ククは下界では魔法と呼ぶのだと思い、自分が下界出身ということもあって、シシが発情期で帰ってこなかった時には、こっそり魔法の練習をしていたのだ。

 その事もシシに話し、隠していたことも謝ったククは尻尾の動きを止めて、恐る恐るシシと目を合わせる。



「うーん……隠してたのは良くないけど、それは俺もククのことは言えないからお互い様。だから別に怒ったりしないよ。ただ、残念ながらククは魔法を使えない。冥界にいて、俺のツガイであるククが、下界の者達と同じもの使えるとは思わない方がいい」



「じゃあ、やっぱり術?」



「そうだね。神術しんじゅつ、これがククも使える術だよ。ちなみに、眷属達が使ってるのは眷術けんじゅつ。モノノケが使うのは妖術ようじゅつ。術は術でも少し違う」



 術に違いなんてあるのかと、ククは首を傾げるが、一番引っかかったのはククが神術を使えるという点だった。

 神でもないククが、なぜツガイというだけで神術を使えるのかと、シシに訊いてみると、シシはククの魂を覗くように赤い瞳に炎を宿す。



「ククの魂は、なんで下界にいたのか分からないほど、既に魂が染まってるんだよ」



 魂は元々色がなく、それこそ水のような透明な状態が普通の魂である。

 そんな色のない魂が染まる事で、神や眷属になるのだが、眷属であれば白色になり、力が強ければ強いほど、シシの眷属達のように真っ白な姿となる。

 そして神であれば、ハッキリとした色がつき、ククであれば藍色、シシであれば赤色、それから古竜であれば黒色、といった魂の色となるようだ。

 


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