第12話 穏やかな日



 気だるげに起き上がったククは、隣で眠るツガイを見て、一瞬だけ微笑んだ。

 求められ、愛される事に抵抗はないが、あまりにも長い期間ベッドに縛りつけられていた事で、不機嫌でもある。

 そのため、儚げな笑みは一瞬で消え、ククはシシの頬を思いっきりつねった。



「イタッ!」



「イタッ!じゃないよ。シシ、起きて」



 わざとらしく痛がるシシを横目に、ククはベッドから下りようと、体に力を入れた。

 しかし、ククが思っていた以上に足腰に力が入らず、ククはベッドから落ちそうになったが、そんなククをシシが抱き寄せる。



「クク、危ないから俺と一緒に行こう。どこに行きたいの?」



「……水浴び。シシ、気づいてる?僕達、もうずっと水浴びしてない」



「水浴びならしてるよ。ククが気絶してる間に、俺が入れておいたからね」



(ッ……僕、まさかシシに洗われてた?嘘でしょ。どこまで洗われて……やっぱり、知りたくない)



 ククは顔を真っ赤に染め、シシの腕の中から脱しようとするが、そんなククをシシは嬉しそうに更に抱きしめ、龍の尻尾を出してククの尻尾に絡めた。



(シシの尻尾だ。これ好き。この尻尾、僕と違って温かくてホワホワする)



 ククは目を瞑って口を開け、今まででは考えられないほどリラックスする。

 そんなククは、水浴びの為にシシによって中庭へ連れて行かれ、水にプカプカと浮かぶ。



「綺麗だね、クク。まるで王子様を待つお姫様みたいだよ」



「そしたら僕は本物の王子だから、シシがお姫様になるよ。王子の僕よりも大きくて、なんでもできてしまう姫なんて、僕の王子としての立場がない」



「それもいいんじゃない?俺みたいな姫を、ククは愛してるでしょ?」



「愛してるかは分からない。でも、好きだよ。僕を愛してくれるシシは好き」



 ククは目を開け、シシの顔を見る。

 シシはククが『好き』だと言うたびに、照れたように頬を染める。

 そんなシシを、ククは可愛いと思っていて、ついつい調子に乗って揶揄いたくなるが、倍返しされてしまうため、何も言わずにシシに抱きついた。



「クク、今日はゆっくり休んでて。俺は今までできなかった分の循環をする為に部屋にこもるから、水浴びが終わったらククの部屋に運んであげる」



(これは……縛られてるんじゃないよね?僕も動けないから仕方ないけど、部屋には透明な壁があるんだ)



「護衛は必要だろうから、白狼をつけておくよ。もしも動けるようになったら、自由に歩き回ってもいい。ただ、外に出るなら言って。ククはモノノケに好かれすぎるから、何かあってからだと遅い」



 シシの言葉は、ククを自由にすると言っているようなものだった。

 本当に宮殿に縛りつけないのだと分かったククは、宮殿の外に行ってみるかと少しだけ考えたが、すぐに首を横に振る。



「シシの仕事が終わるまで、宮殿の外には行かない。暇だったら、宮殿の中は歩き回ると思うけど、それでも僕は自分の部屋よりシシの部屋にいたい。でも、僕が出入りすると邪魔になるなら、部屋に戻る」



「クク……あぁ、本当に俺のツガイは可愛い。寂しいの?」



「うん、寂しい」



 シシはククの頬を撫でていたかと思いきや、ククをキツく抱きしめて「可愛い!」と叫ぶ。

 好きな人に可愛いと言われ、喜ばないはずもなく、ククは尻尾を揺らして水の中に潜り、スイスイと泳ぎ回る。

 ひとしきり泳いだ後は、シシとともに部屋に入り、ククはシシの仕事をずっと見ていた。



 シシの部屋の中心には、この冥界を模したようなジオラマがあり、そこには水がたまっていて、宮殿や背の高い木々以外は水没している。

 その水をひと掬いして空中に集め、粒状の光となった水をゆっくりと回す。

 すると、冥界の下にある下界のジオラマと、上にある天界のジオラマに光の粒を移動させていく。



 もう何度も見てきた綺麗な光景だが、ククはそれと同時に外に広がる光の玉が好きで、これまでは外の様子ばかり見てきた。

 外に出て見れば、更に綺麗なのだろうと思いながらも、今までのように宮殿の外に出たいとは思わず、今のククはシシがどのように魂と向き合っているのか観察していた。



(丁寧で、途中で止まる魂にも優しい。急かさないし、背中を押してあげてる感じがする。僕も、こうやって案内されてから産まれたのかな)



「シシは魂を愛してるの?」



「今はククだけだよ」



 今まで、怒っている時以外で循環中にシシが喋ったことなどなく、ククの方を見ていないとはいえ、ククを優先したのは初めてのことだった。

 ククは自分から話しかけたとはいえ、シシが反応した事に驚いて固まってしまい、そのまま邪魔をしないよう反応しないでいると、シシは循環をしながらチラリとククの方を見た。



「シシ……なんで」



「俺は、ククの為ならなんでもするよ。これは……正直大変だけどね」



 シシは眉を寄せ、よく見ると手が震えていた。

 本当に大変なのだと分かり、ククは邪魔をしないようそれ以上は喋らず、何日もシシの部屋から出ずに、たまっていた分の循環が終わるまで待っていた。

 ククが自分の意思で部屋から出なかったことに、シシは驚きと喜びで胸が熱くなり、循環が終わった翌日、ククを宮殿の外に連れ出したのだ。


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