第11話 愛する者へ(sideシシ)
無知は罪か。
罪に気づかない者は愚か者か。
そんな事を誰が決めたのかと、シシは思う。
これまで、多くのものを無にしてきたシシは、その無から生み出されるものを、愛してきた。
シシにとって、無は愛の源であり、それこそが世界の宝だと思っていた。
そんなシシが、無知なククを愚か者だと思うだろうか。
無知が罪だと思うだろうか。
そんな事は、あるはずがない。
無知を罪だと言うのなら、人もモノノケも神ですら罪深い存在であり、愚か者だという事になる。
「クク、無知は罪じゃない。無知の何がいけないの?迷惑をかける事?人を傷つける事?あのね……迷惑をかけない奴なんていないし、誰も傷つけない奴なんていないんだよ。そんな奴がいるなら見てみたいよ。創造神ですら、見た事がないって言うだろうね。その創造神が、第二の性をつくりだして、人々の争いの種になるとも知らずに放り込んだ。結果、人々は衰退していってる。神ですら完璧じゃないのに、ククにそんな事を教えた奴は、何様なんだろう」
(正直、そんな奴を許せない。けど、この世には善も悪も必要で、均衡を保たなければいけない。許せなくても、そいつらの考えが悪だと決めつけられないしね)
シシはククの背中を撫で、酷く傷ついてしまったククを愛しいと思う。
かわいそうだが、ククが成長する事が嬉しいと同時に、自分がククを育てている現状と、自分を傷つけたと泣いているククが、自分のことだけを考えていると思うと、シシは喜びが溢れそうになる。
「クク、無知は宝だよ。そこから新しいものが増えていくのだから、それが宝でなくて何になる?無知故に失敗や争いがあったとしても、その経験は活かされてるでしょ?神と人とでは、考え方が違うのは分かる。でも、生ある者は全て、自分が望んで経験してるものなんだよ。その経験がどんなものであれ、その者にとって唯一の宝であるべきだ。辛くても、苦しくても、それは宝だよ。自分しか経験できないもので、自分しか感じる事ができないものなんだから。それって素敵な事だと思わない?」
シシは、自分の考え方が理解されないのを知っている。
だが、それでもククに伝えてあげたかった。
自分がどんな考えを持っていて、どう感じているのかを知ってもらいたかった。
シシが伝えることで、ククがどう感じるのかはシシでも知らない。
それこそがククだけしか知る事のできない、唯一の宝であり感情というものだからだ。
そして、その感情の一部でも、相手にも分けてあげたいと思うのなら、それは愛である。
怒りも憎しみも、喜びも悲しみも、好きも嫌いも、ぶつけられる感情は全て、シシにとっては愛となる。
だからこそ、シシはどんなククでも愛しているのだ。
「……シシ」
「なに?ゆっくりでいいよ。言いたい事があるなら、遠慮なく言って」
(正直、ククが何を言うのか分からなすぎて怖い。けど、傷つくのが怖くてククを愛する事なんかできない。自分を守って何になる?なんの徳にもならない。それは、俺も学んだ。ククに教えてもらった。この学びは俺だけの宝だ)
シシはククの言葉を待ち、自分を見上げてきたククの表情に驚いた。
ずっと見たかったもので、シシがククに恋をするきっかけとなったもの。
「僕はシシが好き」
ククは涙を流してはいるものの、儚げな笑顔で『好き』だと言ったのだ。
すぐに散ってしまう花のように儚げで、それでもこちらまで幸せを得られる、可愛らしくも美しい笑顔。
「傷つけてごめんなさい。僕は何も知らなかった。だから教えて。僕の知らない事、シシのこと……それと、愛を教えてください。僕は恋をしてみたい。人を愛してみたい。シシを愛してみたい。僕の好きは恋なの?シシと同じ恋をしてみたい」
シシは死から目覚めた時、死神からククの魂の願いを聞いていた。
それは、今聞いたものと同じものだ。
恋をしたい。
人を愛したい。
多くの愛を知りたい。
その望みを、ククの口からシシに対して告げられれば、シシにとってこれ以上もない幸福である事は確かで、初めて経験する喜びだった。
涙を流すのは早すぎると思いながらも、シシはその感情をどうしていいのか分からず、恐る恐るククを抱きしめた。
すると、ククもシシを抱きしめてきた事で、シシの腕に力が入り、ククの腰が反れるほどキツく抱きしめ、ククの名を何度も呼ぶ。
その度に、ククはシシの名を呼び、名を呼び合うだけで愛しさが増していく。
(愛してる。クク、本当に愛してるんだ。ごめん……重いよね。恨んでるよね。それでも俺は、ククを愛してる)
「クク、俺の全部をあげる。他はもう愛さない。誓うよ。霊冥ノシシはククだけを愛してる」
「ふふっ、重すぎる。答えになってないよ」
「俺の全部で、愛を教えるよ。俺と恋をしよう。もう急いだりしない。ククを宮殿に縛りつけたりしない。俺がククを守る。俺の愛は全部ククのもので、ククを狙う奴には容赦しない。ククが俺の全てだ」
発情期であるシシは、匂いも想いも何もかもククにぶつけ、白狼を部屋から追い出すと、狂ったようにククを求め続けた。
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