第9話 傷



 ククが目覚めると、そこは見慣れた部屋で、ククの隣には運命ではないツガイが、真剣な表情で仕事をしていた。



(シシの部屋だ。僕、またシシに殺された。シシの愛情表現って死だったりするのかな)



 ククは、自分でも冷静すぎると思ったが、今回はシシの手、詳しくは尻尾だが、シシによって殺されたため内心ホッとしていた。

 だが、自分の現状には納得がいかず、ククは無表情でシシを見つめる。

 そんなククの視線に気づいたシシは、仕事中にも関わらず、ククに声をかけてきた。



「クク、おはよう。体の調子はどう?」



「……最悪だ」



「ふふっ、そうだろうね。男らしい口調も可愛いけど、慣れない口調は疲れるんじゃない?」



(大きなお世話だ。別に疲れないし、こうしてベッドに縛りつけられてる方が疲れる)



 ククは不機嫌な様子で尻尾を叩きつけるが、シシは微笑むだけでククを自由にしようとはしない。

 それどころか、ククになぜ約束を破ったのかと訊いてきたのだから、ククは遅れてきた反抗期の子どものように、顔を背けて口を閉ざした。

 ある意味、ククにここまでの態度をとらせるというのは、距離が縮んだと言ってもいいのだが、シシはククの無表情に眉をひそめた。



「じゃあ、ククは自由になりたくて、俺を運命から除外したの?」



(……違う。そんな事で、真名まで使うわけないじゃん。僕はシシを縛らない。好きだから縛らない。なのに、なんでシシは僕を縛るのかが分からない)



 ククは恋愛どころか、好きという感情すら初めてで、自分があの時嫉妬した事や、本当は嫉妬も縛る事になる事など知らなかった。

 それでも、シシよりは何倍も可愛い縛りであり、嫉妬だったが、ククは嫉妬という初めての経験に、自分の心が醜いのではないかと思っていた。

 そして恋を覚えたばかりのククにとって、シシの重すぎる愛を今までのように、何も考えずに受け入れる事はできず、理解しようと思ってしまう自分と、理解できない自分に腹が立っていたため、尚の事自分を責めるようにシシを受け入れなかった。



「はぁ……」



 何も答えないでいると、シシのため息が聞こえてしまい、ククはビクリと肩を振るわせる。

 嫌われたか呆れられたかと思ったククだったが、シシからしてみれば、ククがシシを恐れていると思ったようで、シシはククを撫でようとした手を止めて、部屋を出て行った。



(嫌われた。シシに嫌われた。僕にはシシしかいないのは分かってたのに……苦しい。恋ってこんなに苦しい。やっと分かった。いっぱい言いたい事はあるのに、嫌われるのも捨てられるのも怖くて言えない。あの人を選ぶかもしれないと思うと、確認もできないし、あの人を選ぶシシを見たくない)



 好きだからこそ不安になる気持ちにククは涙を流し、「キュキュ」という声が漏れてしまう。

 しかし、シシがククの元へ来る事はなく、シシの代わりのように白狼がやって来て、声を押し殺して泣くククを優しく包み込んだ。



 白狼は主であるシシの味方ではあるが、死神としてはククの願いを叶えてほしいと思っていた。

 ほとんどの者が生きていれば経験する事だが、運命のオメガであるククには難しく、更にククの望んでいるものは人と違っていた。

 だからこそ、いまだにククは願いを叶えられていない。



「クク、泣かないで」



 シシが部屋に戻ってきてククを抱きしめると、またしてもククの知らない、例の匂いが漂ってきて、ククは咄嗟にシシを拒絶した。



「やだ!その匂い、知らない人の匂い!近づかないで!またあの人といたんでしょ!仕事を中断してまで会う人で、僕との約束を破るくらい愛してるんだ!」



 その時、シシは酷く傷ついた表情をし、顔を手で覆いそうになったが、ククがまた勘違いする事の方が怖くなり、自分がどんなに情けない顔をしていようと、隠す事はしなかった。

 そして、ククはシシの傷ついた顔を見た途端、知らない匂いが消えた事に気づき、眉を寄せた。



(匂いが消えた。あの知らない匂いが……でも、こんな一瞬で消えるものなの?)



「ごめんね、クク。俺が隠したから……ククにはかっこいいところを見せたくて隠し続けたから、ククを傷つけた」



「シシ……どういう事」



 シシはまたしても隠そうとした。

 それはククを傷つけたくなくて黙ったのだが、ククはそんなシシに詰め寄ろうと、ガシャンガシャンと鎖を響かせながら暴れた。



「クク、傷がつく。暴れないで」



「じゃあ僕を自由にして。ちゃんと説明して。僕がシシの傷ついた顔に気づかないと思った?僕はそこまでシシに無関心じゃない!」



「ッ……ごめん。説明もするし、鎖も外すから……お願いだから、どこにも行かないで」



 ククが暴れた事により傷ついた手足に、シシは慎重に触れ、鎖を外していく。

 自由になったククは、今なら逃げることもできるだろうが、真っ先にシシに抱きついて匂いを確認する。



(やっぱり消えてる。どうやって消したの。消せるなら、どうして今まで消そうとしなかったの)



 ククはシシの赤い瞳を見つめ、その内に棲む燃えるような炎の龍を思い出す。

 あの龍はシシの冥王としての本質であり、シシがククには見せたくないと思っていた一面であった事を、シシは一番に説明した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る