第8話 二度目



 シシが面倒そうに部屋を出て行ったところで、ククは白狼をどうしたものかと考える。



(白狼は僕を良く思ってないはず。言葉が分からないから確証はないけど、いつも僕を注意したり、呆れたようにため息を吐くから、希望はある)



 白狼はククに見つめられて目を逸らし、息を吐く。

 モノノケに好かれている自覚のないククにとって、白狼が息を吐くとため息に思えるのだが、実際の白狼は緊張していた。

 ククは可愛らしいと思われる事が多いが、モノノケにとっては美しいものであり、白狼もククの美しさに息が止まる事が殆どだった。

 ククに魅了されて呼吸を忘れるモノノケは多く、ククを攫いにやって来るモノノケは、皆ククを見て動けなくなり、その隙にシシや眷属達によって捕まり、ククの見ていないところで消される。



 そんな事など知らないククは、白狼に部屋を出るよう言った。

 だが、白狼は首を横に振るため、ククは一人になりたいのだと言うが、それでも白狼は首を横に振り、ククが寂しそうに見えたのか、ククを包むようにベッドに上がった。



(もしかして、僕が逃げようとしてる事がバレた?でも、僕は自由になりたいだけで、シシのツガイなのは変わらないのに。シシは自由なのに、僕だけ不自由なのは納得できない)



 そこで、シシが約束を破った事を思い出したククは、窓際へ行ってカーテンを開けた。

 ククがシシとの約束を破った事はなかったため、白狼は油断していたのだ。

 そして白狼は急いでククを窓際から離そうとするが、その時には既に遅く、窓が割れると同時にククは漆黒の竜に連れ出されたのだ。



「クク!」



 竜に咥えられているククは、シシの宮殿を初めて外から見た。

 宮殿の外に出ているシシも、勿論だが初めて見る。

 しかし、そんなシシの腕には美しい男性が絡みつき、シシは男性を払い退ける事なくククの名前を呼ぶ。



(あの人が、シシの愛人かな。綺麗な人。僕とは大違いだ。僕はどっちかと言えば可愛い方だよね?)



 こんな状況でも相変わらずのナルシストだが、ククの心は僅かに痛む。

 だが、ククはその痛みを無視し、表情は明らかに抜け落ちていた。



「シシ……僕はシシのツガイだけど、シシは僕の運命じゃない」



 離れていてもククの声だけは聞き取れてしまうシシは、怒りを露わにし、姿を変えた。

 シシの白髪は燃えるように赤く染まり、人の形はモノノケのような姿へと変貌していく。

 ククを咥えているモノノケが竜であれば、シシは龍の方だ。

 飛竜に似たツノは、実際には龍のツノであり、ククは龍へと姿を変えたシシを見て、思わず「早く逃げて!」と、自分を咥えている竜に叫んだ。



(まずい、まずい!あんなシシは知らない。あれは、怒らせたら駄目だった)



 ククはオメガであってもシャチであり、本能的に自分には敵はいないと思っていた。

 実際、ククに敵はいなかったし、今も敵がいるわけではない。

 だが、シシの怒りはククの本能に恐怖を与え、機能していない心臓を鷲掴みにされている感覚になる。



 それから、竜とシシの激しい戦いが始まるが、竜もククを決して離さず、シシに向かって何かを言っていた。

 だが、モノノケの言葉はククには理解できず、理解できたのはシシの言葉のみで、竜が古竜だという事と、古竜がククをツガイにしようとしている事だけだった。

 決着がつかないまま、ついにシシはククの真名を使ってククに命じた。



「黒白、今すぐ戻れ」 



(ッ……苦しい。やだ、戻りたくない。僕だって自由になりたい。シシだって自由にしてるのに)



「絶対に……戻らない!僕は……僕はシシを……」



 『愛していない』と言いたかったが、言えずに苦しんでいるククに、シシはもう一度ククの真名を呼ぶ。



「黒白」



「ッ……やめて」



「黒白、愛してる。帰ろう」



 その時、ククの心は傷ついた。

 真名で愛を囁かれた事で、自分がシシを好きなのだと分かってしまい、それと同時にシシについていた匂いが、ククを傷つけたのだ。



「霊冥は……」



「ッ……クク、やめろ」



 ククがシシの真名を呼べば、次はシシが焦った様子でククがいる事もお構いなしに古竜を水に叩きつけ、ククは水の中へ沈み、シシは元の姿となってシシを抱きしめた。

 だが、傷ついた心は戻る事はなく、どれだけ愛を与えられてもククは止まらなかった。



「霊冥は僕の運命じゃない!」



 悲痛な叫びととも言い放たれた言葉は、シシを冷静にさせるどころか、ククの体をシシの龍の尻尾が貫き、シシは自らをも貫いていた。

 シシはククを決して離さず、「愛してる」と囁くと、そのまま深く深く水に沈んでいき、死神に迎えられた。



「――冥王、あなたは馬鹿か」



 それに応える声はなく、死神は次にククを見る。

 シシに二度も殺されるククを見て、死神はククだけでも天界へ連れ去ろうとしたが、シシの執着は死後も変わらず、ククを抱きしめて離さない。



「はあ……冥王は不死身。そのツガイも不死身というわけか。祝福すらしてやれない」



 シシは死そのもので、死神は冥王を支える神であり、冥王を主とする神だ。

 そしてその体は三体あり、神の姿と獣人の姿、それとモノノケの姿で存在し、どれも狼が元となっている。



「主はクク様を手放さない。こうして死を迎えても、また宮殿で目覚めて、同じ事を繰り返すだろう」



「……上手くいったと思ったのにな」



 三人の死神に見守られているなか、酷く冷静なシシの声が部屋に響いた。



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