「何って決まってんだろ。大スクープだよ」

 帰り道、さすがに足が限界を迎えると、どこからか槙島が車椅子を調達してきてくれた(邪魔くさい電動車椅子は家に置いてきた)。


 初めは夏目がおぶっていこうとしたのだが、さすがに公衆の面前では恥ずかしかったので全力で拒否をした。

 こういうことに無頓着なあたり、やはり夏目はどこかずれている。


 膝の上に載せられたビリケツのトロフィーが痛かった。

 ビリといっても決勝ではというだけで、全体としては二十七組中七位入賞という結果ではあるが、途中で逃げたマリたちはほとんどおまけのような形でもらっただけだ。

 仏頂面でトロフィーを睨んでいると、横から伸びてきた手がつまみあげた。


「捨てるか」


 夏目が無感情に言い捨てて、通りかかったごみ箱へ投げ入れようとしたので「あーっ」と叫んで手を伸ばす。

 夏目からびっくりした顔を向けられてこっちがびっくりした。


「何してるのよっ」

「何って、ごみだし」

「それは見ればわかるってば。なんで捨てようとするのかって訊いてるの!」

「七位とかいらないだろ。俺こんな低いの取ったことないし」


 ナチュラルに自慢を挟まれ(そしておそらく本人は素でやっており自慢とも思っていない)ぞんざいな手つきでトロフィーを放ってはキャッチする。

 もともと安っぽい作りのトロフィーなので、そのうち持ち手が取れそうだ。


「夏目さんにとってはそうかもしれないけどっ」


 車椅子からめいっぱい手を伸ばして奪い返そうとするが、長身が取り柄の夏目に敵うはずがない。


「お前だって気に食わないんだろ」

「それはそうだけど捨てるかどうかは別問題じゃん」

「同じだろ」

「ちょっと二人ともいい加減にしなよ。マリちゃんが欲しいって言うんだからあげなって」


 槙島がトロフィーを奪い返してマリの膝に戻した。

 戻ってきたトロフィーはどこも壊れていなくてほっとする。

 奪われた夏目は不機嫌を一切隠さずに仏頂面だ。


 あの無頓着男を何がそこまで駆り立てるのか。

 もしかして夏目も負けて悔しかった、とか?


 シャッター音が背後から聞こえて反射的に振り返った。

 よれよれのスーツを着た四十代くらいの男が、タブレットのカメラをこちらに向けてにやついている。

 写真を撮られる覚えはないので周囲を見渡して被写体を探すが、あたりはなんの変哲もない駐車場だ。


「大隈さん! 何撮ってるんですか!」


 と声をあげたのは槙島だ。


「何って決まってんだろ。大スクープだよ」


 大隈と呼ばれた男はタブレットの画面をこちらに見せた。

 トロフィーを高々と持ちあげてうんざり顔を浮かべる夏目と、その足に飛びついているマリがばっちりと映っている。

 大隈が自慢げに画面をスワイプすると、踊っているマリと夏目の写真も何枚か現れた。


 ……これがスクープ?

 被写体はもっと別のものだと思っていた。


 飲みこめずにきょとんとしているマリの隣で、夏目はというと鋭い舌打ちをして――ひどく冷たい灰色の瞳を向けていた。

 夏目の温度差にはだいぶ慣れてきたと思ったのに、久しぶりにぞっとして息を飲む。

 しかし大隈は写真に夢中で気づかず、芝居がかったような口調で言葉を続けた。


「見出しは『大事故から奇跡の復活! 夏目・市川ペアの今!』どうだ、いい感じだろ?」


 大事故?

 夏目……市川ペア?

 なんのことを言っているのかさっぱりわからない。


 夏目がマリの頭へと乱暴に手を置いて、ぽんぽんと叩いた。


「こいつは月島マリで、俺の大学の研究につきあってるだけです」

「月島……? あれ、別人?」


 マリ同様にきょとんとした顔を大隈が浮かべ、歩み寄ってきたかと思うと無遠慮にマリを凝視して「確かに別人だ。そうか、そういえば彼女は」とぶつくさ言っている。


「あーごめんね、マリちゃん! この人はダンス雑誌の記者さんでさあ」


 大隈をマリから引っぺがしながら槙島が紹介してくれたが、なんだかその声は取り繕っているようにも聞こえた。


「たとえ別人でも夏目くんがもう一度踊ったってだけでスクープなんだ! 取材させてくれ」


 剥がされた大隈が食い下がったが、夏目は完全に無視をして「行くぞ」と短く告げて歩きだす。

 例の如く車椅子を押してくれる気はないらしく、仕方なく手で車輪を回してついていく。

 背後を振り返ると、槙島があの手この手で大隈とやらを引き留めていた。


「ねえ、夏目さん。さっきの――」

「腹減ったな」


 夏目が最も言わなそうな言葉を言ったので、さすがのマリでも変な空気を感じ取っていた。

 駐車場の雑踏が遠い。

 それ以上何も言えなくなって、マリは暗闇にぼんやりと浮かぶ白いシャツの背中を眺めた。

 燕尾服から着替えたのであちこちに石膏がこびりついている。


 さっきの、市川って誰?――言いかけた問いは結局途切れたまま、赤銅色のトロフィーに映る自分の顔を眺めることしかできなかった。

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