02.学校入学編

第4話

 目覚めの良い朝、カーテンの隙間から溢れる光は晴天を表していた。今日は4月7日。入学式だ。


 「お主、財布を忘れておるぞ!」

 「え? それ中身入ってない財布だから大丈夫」

 「それに、携帯も置きっぱではないか。筆箱はあるんじゃろう?」

 「あ、忘れてた」

 「早よせんか! 遅れてしまうじゃろ!」


 まるでやり取りが親子のようで、少し懐かしい気持ちにならずにはいられなかった。そんな事を感じながら、時間丁度に着けば良い、遅刻しなければ良いという考え方で育ってきた加藤はギリギリの時間で家を出た。玄関を出れば一台の黒い車が停まっている。


 「待ちくたびれたぞ、人間」

 「誰ですか」

 「迎えに行くって言葉、忘れたのか? とりあえず時間がねぇ。早く乗れ」


 後部座席を指差し、彼は運転席へと移動した。彼の姿を見て、加藤はイーリスに初めて会った日、彼女が彼の事を言っていたのを思い出した。


 『ちょっと怖い人ですけど……多分加藤くんなら大丈夫です! でも、礼儀として当たり前のことはしてくださいね?』


 加藤は運転手に緊張したような面持ちで喋りかけた。


 「運転よろしくお願いします。俺、加藤貴志です。お名前聞いてもいいですか」

 「ヘルメースだ。お前は礼儀正しいな。俺の好きなタイプだ」


 鋭かった目付きがとても柔らかなものになった。表情も豊かであり、先程までとは別人に見えた。


 「ヘルメースは色んな人間を見てきておるからのう。短気ということも相まって、礼儀がなってない者には喋らんのじゃよ」

 「こんな当たり前の事も言えない人間がいるんですね…」

 「居るんだよなぁ。あぁ、そういえば加藤はイーリスからどこまで聞いた?」


 彼はこれまでの事を話した。詳しくは学校で教えてもらえと言われたところまで。


 「じゃあまだ何も知らないんだな」

 「何か隠してるってことぐらい、とっくに知ってますからね。レアーも分かりやすいし」

 「なっ! お主に隠し事などしておらぬ!」

 「嘘ついたら目、泳ぐよな」

 「目!? 塞いでおるから見えぬぞ、戯け」


 両手で目を塞ぐ自分の守護神に少し呆れた様子で宥める。そのままヘルメースと会話しながら学校に到着した。かなり彼が飛ばしてくれたお陰で余裕を持って学校へ入ることができたらしい。


 「ありがとうございました、ヘルメースさん。またお会いできたら嬉しいです」

 「お前は本当に良い奴だな。また暇な時は送ってやるよ。じゃ、気を付けてな」


 ヘルメースと別れ、学校の中をレアーと歩きながら加藤は不思議そうに呟いた。


 「静かすぎる。それに、学校自体は大きいのに教室が少なすぎる」

 「推理中?」

 「いや、学生が少ないのかと思っただけだ」

 「そうじゃな。此処におる人間は皆、元々この世界の住人ではないからのう」

 「は? みんな、俺みたいに突然?」

 「そんなに睨み付けるでない。ワタシもお主を不快にさせたいわけではないんじゃ」


 加藤は脚を止めた。レアーは振り返り加藤の顔を見る。その顔はとても苦しそうで、レアーは思わず背を向けてしまった。脚を進めながらレアーは動かない加藤に投げかける。


 「皆、元の世界では幸せになれなかったんじゃ。ワタシ達は主達を幸せにすることだけはできぬ」

 「何を、知ってんだよ。お前ら(かみたち)は」


 険悪なムードの中、雰囲気を破ったのは加藤も良く知る人物。


 「加藤、だよね?」

 「佐藤? 何でお前が此処に……」


 元の世界ではただのクラスメイトだった。だが、良く席は隣になり、委員会も毎年何故か同じ。特別仲が良い訳ではないが、お互いが知る人物。


 「私もよくわかんないの。起きたら別の世界にいて……」


 二人が戸惑っている中、守護神たちは業務上の挨拶を行っていた。


 「ヒュプノス、久しいのう」

 「お前こそ次に行くの早くねぇか?」

 「大体必要な守護神は決まっておるからのう。お互い期限は知らぬが、これからよろしく」

 「あぁ。まだお前で良かった。煩ぇやつだったら怠かったからな」


 挨拶が終わればお互い自分の主に急かすよう問いかける。


 「時間、大丈夫かのう?」

 「あ……まだ、ギリギリ間に合う……かも」


 四人で廊下を走っている光景はとてもシュールではあるが、幸いな事に誰も見てはいない。スパーンと音を立てて開けられた職員室の扉は勢いを抑えることなく全開になった。


 「セーフですか。加藤です」

 「アウトだ」

 「ありがとうございます、セーフなんですね先生! 私は佐藤です」

 「お前ら、共犯?」


 気だるげに振り向きながら顔を見た教師。担任の田崎だ。


 「あー、どっちも記憶なしか。で、レアーがそっちでヒュプノスがそっちか」


 指を指しながら守護神に確認を行うと、田崎は眠そうに欠伸をしながら自己紹介をした。

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