第2話




 見たこともない、スマホよりも小さな物体から彼女の友人らしき人の声が漏れる。


 「レアー! 加藤くんと会えた? イーリス今暇だから一通り挨拶終わったらこっち来て!」

 「そうじゃのう、手続きが必要じゃったな」

 「待ってるよ!」


 ブチッと無造作に切られた通信をしまうと、レアーは聞いていただろうとでも言うような目で加藤に問いかける。


 「準備はいいかのう?」

 「いや、待て。誰だあれ。どこに連れてかれるんだ、俺」

 「住人登録じゃよ」

 「ゲームキャラか、俺は」


 加藤の言葉を無視して、レアーは先程の小さな端末を床にかざす。応答したような音が響くと、そこは既に加藤の部屋ではなかった。


 「え、何それ。異世界パワー?」

 「神は何時(なんどき)も皆を護れるよう移動や連携が必要だからのう。このくらい、容易いことよ」

 「俺もやりたい」

 「神しか使えぬわ」


 レアーが取られまいと高く掲げている端末を必死に取ろうとジャンプしている男子高校生。親子にしか見えないこの状況で、あの声の主である神は元気良く入って来た。


 「やっほー! 久しぶりと初めまして! お邪魔でないなら、失礼するよ!」

 「誰ですか」

 「私はイーリス! そして此処は神界。神の居る世界だよ!」

 「貴方、神なんですか」

 「そうだよ!」

 「何か……小さいですね」


 沈黙が生まれた。そして、イーリスは踵を帰した。


 「帰ります……」

 「嘘じゃ! 加藤は冗談を言っておるのじゃ! 主と仲良うしたい為にの!」

 「加藤くん、本当?」

 「いや、ちっこい神って居るんだと思って」

 「主は黙っておれ!」

 「帰ります……」

 「待つんじゃ!」


 一度落ち着きを取り戻した三人は椅子に座り直した。イーリスは持っていた資料を広げ、記入欄に丸を付けていく。そして、何も知らない加藤に対して、丁寧に一つずつ伝えていく。


 「まず、此処は神界。君達が生きていた世界は地球。此処で君達が生きる世界は人間界と呼ばれるところ」


 イーリスは加藤に在留証明書を記入するよう指で指示する。


 「人間界では能力を持った人間しかいない。そして、守護神は目的を達成するとその人間の守護神ではなく別の人間の守護神、またはただの神となる」


 続けて差し出された能力説明書と神界契約書にサインをした。


 「この世界で生きていく為の大切な鍵は、自分の事をよく知ること」


 分厚い紙が加藤の目の前に置かれる。


 「君達は、人生をやり直す権利が与えられている。それを護るのが私達、神の役目。幸せと思えるように生きることが人間(きみ)達の役目」


 その冊子は開かれることなく、イーリスはパンとその紙の上に手を置く。


 「これは、君の人生の全て。どうやって生きていたか、君にとっての過去。そして、君の記憶」

 「記憶?」

 「難しい話は全て分かったその時に、説明してあげるよ。君が話してほしいと望んだその時にね」


 意味深な言葉を残して彼女は資料を確認していた。手際よくチェックを付けていき、レアーに要所確認を取りながら全てまとめた。


 「よし! これで契約書関係は終了! 能力については直接学校で教えられるから今度聞いてみて!」

 「あの、良いですか」

 「いいよ!」

 「学校っていつ始まるんですか? それに場所も何も分かってないですけど……」

 「一日目は流石に分からないから、こっちから神を一人派遣するよ! こっちには道に詳しい運転手がいるからね!」


 神にも色々役割があるのかと、来たばかりの世界だが意外にしっかりしている神達を見て、加藤は少し安堵していた。


 「じゃあお家に戻すね! レアーお願い!」

 「御安いご用じゃ」

 「イーリスさん。手続きありがとうございました」

 「やだ! 礼儀正しい子! 好き! レアー、頑張ってねー!」

 「お主もな。世話になったのう。ではまた」


 だが、この世界に対して不安なことには変わり無い。幸い、戻って来た家を見渡せば前の世界の部屋と何ら変わりはない。全く同じよう設計されていて、服や本も揃ってはいる。

 益々この世界が何なのか、自分は何故この世界へ飛ばされたのか何も分かっていない加藤には、諦めきれない思いを少なからず持ち合わせていた。


 「……レアー、学校って楽しいかな」


 問われた守護神は驚き目を見開く。そして落ち着いた声で彼に安心を与える。


 「お主にはもう、ワタシがついておる。残念じゃが、ワタシが居る限りこの世界でお主が不幸になることはないからのう」

 「何言ってんだよ。本当……レアーは俺のこと大好きじゃんか」


 誰しも一人は不安だから。一人じゃない、それだけできっと救われる瞬間なんていくらでもある。


 「仕方ない。元の世界に帰れるまではこっちで過ごせるよう頑張るよ」



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