Re-start

來巳 日咲

01.転移編

第1話




 「今日はやけに静かだな……」


 いつもであれば騒がしい朝。今日はあまりにも静かだった。それは嵐の前の静けさという言葉がしっくりとくるような。設定していたアラームも、直射日光を避けるためのカーテンも、口煩く起こす家族も全て消えている。

 戸惑い。この感情が心の面積を占めていた。


 「いや、冗談だろ? てか、どこだよここは……」


 笑っていないと、口角だけでも上げていないと彼の心は絶望へと下がっていく。そんな雰囲気をぶち壊すように彼女は後ろの椅子に座っていた。


 「お主が加藤かとう貴志たかしじゃな」

 「…………誰ですか」

 「お主の守護神、大地の女神レアーじゃ」

 「守護神? 神が何でこんなとこに居るんだよ」

 「気付いてはおらぬか……まぁ、よい。本日からお主の生きる世界は此処じゃ」

 「はぁ!? 待てよ、何も聞いてないぞ、俺!」

 「だから今ゆうておるじゃろう。俗に言う異世界転移というやつかのう?」

 「いや、俺死んでねぇし。てか、元居た世界じゃ混乱してんだろ! 俺が急に居なくなったんだぞ!!」

 「お主は……そうじゃな。また、いつか元の世界を見せてやろうぞ」


 彼女は一瞬だが、彼を哀しそうな目で見つめた。それは意味があるとでも言うように揺れ、逸らした。


 「意味分かんねぇ、返せよ。俺を元居た場所へ返せよ! 何がしてぇんだよ、お前らは!」

 「お主は、もう戻れぬ。戻れぬが為に、此処で生きるしかないのじゃ」

 「だから、理由を聞いてんだろ」

 「いつか、必ずお主を護り幸せへ導く。それが主の望みでないとしても、もう此処しか生きる道は無いんじゃ!」


 初めから気付いていた。レアーは自分に何か隠していて、それは俺に話せないことだなんて。

 これは序盤に過ぎない。まだ彼女は彼に沢山の隠し事を抱えている。彼に、嘘をついている。それは、彼の為なのかなんて今は分からない。

 それでも彼女は責務を果たすまでは彼の傍を離れることはない。導くと言ったことも、護ると誓った約束も、決して裏切るつもりは無かった。

 彼女のその意志は彼にも伝わっていた。伝わった上で、もう戻れないことも感じ取っていた。あの幸せな日常、取り戻せる可能性なんてほぼない。どうやって此処に来たのかも知らない。悲しみが押し寄せないわけも無い。

 加藤はただ夢だと、嘘だと言いたかった。自分に言い聞かせれば、それが現実になると夢見ていたから。


 夢を見て、絶望した。


 「……俺は、一人なんだな。向こうに家族も友人も全部置いてきた。弱音を吐かないなんて、そんな出来た人間でもない」


 ──本当は、あの世界で生きていたかった。


 「主を一人にはさせぬ。ワタシはずっと主の味方じゃ」

 「知らない奴の守護神なんかして、神は暇なのかよ」

 「そうじゃな。ただ、ワタシ達にはこの位しか救う術がないんじゃ」


 優しいやつ、そんなこと最初から分かってた。だけど認めたくなくて、曖昧な記憶にすがって、


 「不器用かよ」


 彼は彼女の前で初めて優しく笑った。自分も、彼女も。不器用で、本当にダメな奴。


 沢山彼女に聞きたいことはあった。まだ何も知らない世界で、この世界を生き抜く為に。だから、利用するつもりでもいい。彼女は彼を護り、そして支える。


 「よろしく、ワタシの主人よ」

 「あぁ、よろしく。それでなんだが、レアー。俺はどうやって生きていけばいいんだ」

 「普通に生きてゆけばよいではないか」

 「あのさ、人間の生活って知ってる?」


 文面だけ見れば小馬鹿にしているように見えるが、彼は突飛な現実に焦っていた。そして、一方のレアーもこの世界で生きるという事実を簡単に受け入れる彼に、戸惑いを隠せないでいた。


 「ワタシは神じゃ。人間の生活など知らぬ。だが、主は他の者より受け入れが早いのだな」

 「まぁ、ここで嘆いてもなんも変わんないでしょ。だったら適応力身に付ける方が効率良くないか」

 「ワタシが元の世界へ返すよう脅しでもしたら良いではないか」

 「出来ないから護ってくれてんだろ。神に出来ないことは、誰がやってもできねーよ」

 「……お主は、優しいのう」

 「別に。てか、金どーすんの。俺まだ学生だし。あ、学校ってあんの?」

 「此処では学校は無料じゃ。学生のうちは神からお小遣いの支給もあるからのう」

 「大人になったらお小遣いは無くなりますか」

 「無いに決まっておるであろう」

 「うげぇ……結局働くのかよ……」


 働きたくねぇ、と愚痴を溢す加藤を見ながらレアーは呼び出し音に反応した。


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