文字織りのフレデリカ

あかもち

第1話 出張

 カルシュエ王立博物館は、今日も人が多い。特に、博物館の目玉「ラトナス儀典録」のある展示室は、人がひっきりなしに出入りしている。それを横目に、フレデリカは早歩きで廊下を歩いていた。館長から呼び出しがあったからだ。

 廊下にある「関係者のみ」という札がかかった扉を開け、バックヤードに滑り込んだ。表とはうって変わり、バックヤードは無機質な雰囲気だ。何度か角を曲がり、何度か職員と挨拶をして、ようやくたどり着いた先。一気に開けた空間が広がった。

 カルシュエ王立博物に併設されているバックヤードこと、カルシュエ資料研究所。10階建てとなる建物は吹き抜け構造で、各階を繋ぐ階段が見える。その中でも2階へ向かう階段は、研究所随一の大きさと段数を誇る。職員からは「大階段」と呼ばれていた。

 館長室へ向かうには、この大階段を使う必要がある。館長室がある2階のみ、各バックヤードと繋がっていないからだ。

 小さく息を吐き、フレデリカは階段を上がっていく。館長に会ったら、絶対に文句を言ってやる。そんなことを考えながら足を動かした。

「……フレデリカ・ワーグナー。少し休みなさい。話はそれからです」

 階段を上り始めてからしばらく。フレデリカは無事に館長室に辿り着いていた。しかし、整えきれない息と、疲れ切った表情に、館長は休息を促した。

「ええ、ええ……」

 満足に返事すらできないフレデリカは、よろよろと近くのソファーに座る。じっとりとした疲れが、体に重さを与える。今すぐにでもソファーに横たわりたいのを我慢し、フレデリカは息を整えた。

 ちらりと館長の方を見ると、窓際近くで茶の準備をしていた。伸びた背筋に、均整の取れた体つき。高く結われた長い髪は手入れが行き届いており、揺れる度にさらさらとした衣擦れの音をさせている。整った横顔は中性的で、しかし甘すぎない表情。まるで磨かれた玉のようだ。

 こうやって黙っていれば美しいのに。フレデリカは内心そう思う。その気持ちに気付いたのか、館長がふと視線を寄こした。そしてフレデリカが見ていることに気付くと、小さく微笑んで準備を続ける。

「あなたくらいですよ、いつも息を切らして入ってくるのは。毎度毎度、心配になるくらいにね」

 そう言うと、館長は盆を持ち、ゆっくりとした足取りでこちらに近付いてきた。そう、こういう言い方さえしなければいいのだ。息を吐きたい気持ちを抑え、フレデリカは口の端を少し上げた。

「みなさん、随分と鍛えているんですね。わたしも見習わなきゃ」

 適当にこう言っておく。館長は「ぜひそうしてください」といい、机に2名分のティーカップを置いた。

「さて、ワーグナー。本題に入りましょうか」

 向かい側のソファーに座ると、館長はフレデリカを真っ直ぐ見た。深い緑色の瞳は、フレデリカが口を開くのを待っていた。

「モースリンの遺物、ですか」

 呼び出された要件は、これしか思い浮かばない。館長の方を見れば、満足そうに笑みを浮かべていた。

 一週間前、王国の辺境・モースリンから一つの知らせが届いた。それは、古くに滅びたとされる国の遺物が出てきたという内容だった。遺物は3点。ひとつは耳飾り、ひとつは髪結い紐、そして首飾り。すべて女性もので、傷ひとつ付いておらず、とても美しい状態で見つかったようだ。

 その知らせを研究所にもたらしたのは、発掘調査を取り仕切っていたアマリド伯爵家だった。遺物は現在、アマリド伯の邸宅にて保管されている。

「ただ、妙な話を聞きまして。なんでも遺物の発掘後、街で故人の姿をみたという話が出たようです。何件も」

 館長はフレデリカを見た。彼の中で、何かを確信しているような顔をして。

「遺物が関わっている可能性は高いでしょう」

 ティーカップを持ち、彼は茶を一口飲んだ。

「古代技術と呼ばれる遺物は、この世界の謎です。故人を動かすくらいのことはできるかもしれません……だからこそ、当研究所で収集しなければなりません。お分かりですね、ワーグナー」

 館長の言葉に、フレデリカは頷いた。そして、目の前に置かれたティーカップを持ち上げ、唇をつけて勢いよく飲み干した。カチャン、とソーサーにカップを置き、顔を上げて館長を見る。

「行きます」

 フレデリカの言葉に館長は頷いた。そして右の人差し指を軽く動かすと、館長室の机の上から、ひとつの紙束が宙を漂ってきた。フレデリカが手を伸ばせば、ゆっくりとそこに収まってくる。

「発掘から現在までの情報をまとめたものです。道中確認を。いつ頃、出発できそうですか」

「明日にでも。仕事は他に任せます」

 フレデリカの言葉に、館長は微笑んだ。揺れた長い髪がさらさら鳴っていた。

「あなたの探し物も、見つかることを祈っています」

館長の言葉に、今度はフレデリカが微笑んだ。どこか、期待はできないと言いたげな目をしながら。

 

 

 

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