最終回 これでおしまい!

 9月17日、水吏高等学校学祭当日。


 シンスケたちの尽力のおかげで、一週間前の事件は人々の夢として留まった。記憶の残留具合は個人差あるが、事態を正しく認識できる人間は一人もいない。


 一般客の入場が開放されると本田ママはバスター除いた王之鎧4人と一緒に入場した。水吏高校はこれといった特徴がないけど、美術部の実績だけは全国レベルなのでそういう界隈の訪問客が非常に多い。


「ねぇ、カスミのとこの出し物はなに?」


「地図全然わかんね!」


 ジェネシスはジェットからパンフレットを取り上げて広げた。


「じゃなんでパンフ取ったの……え〜〜と、あった! メイドたこ焼きですって!」


「えぇ……なんでたこ焼き? おばさん若い子の感性全然わからん……あれ? カムイちゃんは?」


 さっきまでコアの横に居たはずのカムイの姿が見えない。校門付近で騒いてる声が聞こえるので振り向くと、カムイは大量の女子生徒とスカウトらしき人たちに囲まれている。


「何だか大人気みたいですね。ちょっと助けに行ってきますね」


「カムイ姉ちゃん、無駄に顔面良いからな!」


「言い方! 間違ってないけどストレートすぎる」


 本田ママがジェットとジェネシスを連れて校舎に入っていくと、廊下はすでにお客さんと仮装した生徒たちで溢れていた。カスミたちの教室は3階の一番端っこにある、3人は人海を掻き分けながら階段を上がっていく。


「あっ」


「あっ……ぷっ、ハハハハ! 何その格好!」


 3階に着いたジェネシスと本田ママは彼を見て思わず噴き出してしまった。

 左への矢印に「メイドたこ焼き!!」と書かれた可愛らしい看板を持つメイド姿のシンスケ。


「シンスケ兄ちゃんかわいい!」


「ごめん、あんまうれしくないかも」


「メイドたこ焼きって、男子もメイド服着るのかよ! あ、写真撮ってカスミさんに送ろっと」


「もう散々撮られたよ……」


「まぁ〜 あれだねっ、ご愁傷様です」


 と言いながら本田ママとジェネシスはシンスケに何度もポーズを取らせて、それをスマホの写真フォルダに収めるからカスミの教室へ向かった。

 手描きで学生にしか出せない味たっぷりの看板の下通って中に入ると、奥の窓際の席でバスターと丸メガネをかけた藍沢が座っていた。藍沢がジェネシスたちに気づくとすぐに立ち上がって調理スペースに戻って行った。


「あらっ、あらあら! バスターちゃんあの子とお熱い感じですか〜?」


「や、やめてくださいっす! ママさん」


 バスターに勧められて3人は同じテーブルを囲って座ることにした。ジェネシスがメニュー手に取って本田ママと一緒に読んでいると、一人のメイドさんが恥ずかしそうに話しかけてきた。


「い、ぃらっしゃいませ……ご、ごご注文は?」


「カスミさん!! かっわいい〜〜」


「案外似合ってんじゃん」


 ジェネシスは目を輝かせてカスミに抱きついたと思いきや、今度はピンクで女の子らしいカバーが付いたスマホを取り出してツーショットを撮り始めた。


「もう〜」


「うへへ、シンスケに送ってあげるね!」


「は? ダメ!」


 いつも家にいる時と同じようにジェネシスからスマホを奪い取ろうとするも、カスミは着慣れないメイド服のせいで上手く動けない。


「もう送りました〜 どうせアイツ撮らせてって言えないんだからさ……ねぇねぇ! 私も着てみたい〜 メイド服!」


「無茶言うなし」


「予備あるよ! ジェネシスさん着てみる〜?」


 会話を聞いていた藍沢はカウンター奥で予備のメイド服を持ち上げて見せた、するとジェネシスは目を輝かせて藍沢のいる着替えスペースに走って入っていく。


「……はぁ、カオス」


「まぁまぁ、良いんじゃないの〜 楽しけりゃさ」


「あとで怒られるのウチらなんすけど…………もう、知ーらねっ」









 昼過ぎ頃。


 当番と着替えを終えたシンスケが教室を出ると、同じく楽な格好に着替えたカスミが廊下の壁にもたれかかって休んでいた。出てくるシンスケを見つけると、あたかも偶然のような雰囲気を醸し出して話しかけてきた。


「おつかれ!」


「カスミさんもおつかれ〜」


「あのさ、パンフを見てたら気づいたんだけど……どこのクラスもアイス売ってないんだよね……」


「あ……えっと……コンビニいく? 学校抜け出しちゃうけど」


「校則違反、ウチらの特技じゃん」


 規則上学校から出てはいけないが、訪問客の多さでそんな細かいことを気にしている職員は誰もいない。堂々と校門から出て坂を下っていく。いつも利用している通学路なのになぜか胸の鼓動が激しい。


 歩いて5分ぐらいで近所のコンビニ前の交差点前に着く。普段の通行人は水吏高校の学生ぐらいしか居ないけど、学祭の影響でこの通りまでも人がいっぱいで通りにくい。

 カスミがふと車道に視線を向けると、スマホをいじっている小学生の男の子が横から曲がってくるトラックに気づかずに横断歩道を渡ろうとしている。


「あの子! あぶ──」


 瞬きした次の瞬間、男の子は視界から消えて横にいるシンスケに抱っこされていた。

 シンスケの足元を見ると鎧らしき何かが一瞬だけ光って消えて、スニーカーの靴底が少し焦げて煙を出している。


 シンスケは男の子を降ろして優しく話しかけた。


「あれ?」


「キミ、歩道を渡る時は気をつけてね! 車とか危ないからさ」


「は、はい……?」


 男の子が走り去ると、カスミは小声でシンスケにさっきのことを聞いてみた。


「(シンスケくんが助けたの)」


「(うん。騒ぎになってもあれだし、みんなが認識できないスピードで連れてきた)」


「(バスターさんたちと合体しなくても力使えるの!?)」


「(多少は)」


 最初は色んなお菓子も一緒に買おうとしたけど、コンビニに入るなり二人は人の多さにやられてしまい結局互いにアイスクリームを一つずつだけ買うことにした。会計を済ますと二人は店前のベンチに座って休む。


「シンスケくん、アイスはモナカなんだ」


「サクサクしててなんかお得感ない?」


「ん〜〜 何となくわかる、かも?」


「……本当は?」


「全然わかんないっす」


「ハハ、なんだよそれ」


 シンスケは何となく足元が気になって見てみると、ベンチの足の近くの割れ目に一輪の小さな花が瑞々しく咲いている。

 あの日、初めて彼女を意識した日にカスミが水を買ってかけてあげた花だ。


「あのさ、カスミさん」


「ん〜?」


「……好きです。俺、カスミさんのことが好き」


「…………」


「付き合ってください」


「……はぃ……」


「えっと……つ、付き合うって言ってもな、なんか、なにをすれば良いかわかんない、よね……アハハ……」


「……じゃあ……もう少し近くに座って、みます?」


「は、はい……」


 互いに反対方向に顔を向けたまま少しずつ近寄ると、左右の手が自然と触れる。花火大会の時も一応手を繋いだけど、今回はそれ比べものにならないぐらい恥ずかしい。

 カスミは思い切ってシンスケの指とクロスするように繋ぐと、二人は同時にゆっくりと視線を合わせる。


「あの……わたくしたち付き合った……付き合いましたし、さん付けやめ、ましょう!」


「わかった! えっと……お先にどうぞ」


「え!? いやいや……ど、同時にとか?」


「……カスミ」

「……シンスケ」


 あまりの気まずさに二人は再び顔を逸らし、空いてる手で真っ赤に染まった顔を隠す。


(なにこれ)

(恥っず)

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