第51話 初めての友達

 悪惑あくまと名付けられる前、ディリュードには善悪の概念がなかった。

 そんなある日、彼はある冒険家と契約を結んだことで「善」の概念を付与された。善を知り、心を知ったことで彼は自分の生態が人類にとってどこまでも「悪」であると悟った。


 そして、悪はいつだって独りで消える運命にある。


「私は決して消えやしない、独りのまま──ッ!!」


 3万年ぶりに見た完全体の王之鎧に向かって砕いた大岩を投げつけるも、シンスケの前では何の意味もない。

 一歩ずつ確実に迫り来る少年に初めて恐怖を感じた。


「クソ、クソクソ!!」


 自分を奮い立たせながら飛び込んだ瞬間、シンスケ全身の装甲が一斉に弾け飛んだ。50パーツ近くまで細分化した装甲はそれぞれ独立した動きで飛行し、向かってくるディリュードを包み込むように無理矢理装着させる。


「なっ、何ですかこれ!?」


『強制装着……完了』


「もうこれで自爆できねぇだろ」


 顔以外の全身がシンスケの鎧に包まれてびくともしない。彼の鎧の強靭さは己を守るためだけのものではない、変身者は無防備になるが代わりに解除不可な拘束を強制することができる。


 シンスケがディリュードの上に乗ってその顔を掴むと、両眼から青い光線を放出してディリュードの両眼と直結する。


「精神を司るこの私の頭に侵入するつもりですか!? ナメた真似を……!!」


 今ディリュードを倒してしまうと、取り込まれた少女二人も死ぬことになる。だからシンスケはこうして悪惑から人質を救い出そうとしている。

 

「さぁ……私の支配下に……」


 二人の双眼を繋ぐ青い光線は少しずつ赤く蝕まれ、ディリュードを包み込む装甲たちが徐々に赤く点滅し始めた。そして、シンスケが纏っているインナーアーマーのボディーライトも段々と赤く染まっていく。


「ハッ、ハハハハハッ……良いですよ! 微睡みにおち──」


「二度言わすな、俺はもう眠らない!」


 悪惑の囁きを振り払って、両眼を見開く。

 体を侵食する赤き光は消えて、二人は王之鎧が放つ虹色の光に包まれる。


「やめろぉおおおおお! 私の中から出てけーーーー!! 私は決して────」


「もう独りじゃないから……ソウルリンク」


 鎧のかつての所有者の王は天下無双の強さを誇っていたが、それはあくまでも肉体だけの話。どれほど強い力を持ったところで、仲間の心を救うことはできなかった。

 だが、シンスケにしか使えないソウルリンクは────







 ???

 

 シンスケが降り立つその空間は周囲360°全てが真っ白で、鎧の継承者の着地と共に白い空間は点火されて崩れ始める。

 

「まったく……夢の中に連れ込んだのは失敗でしたよ、グドロでもできなかった精神制御能力を手に入れるとは……ハァ、ズルいですよ」


 声のする方に振り向くと、見たことのない民族の服装を着たディリュードが地面に座っていた。

 そのそばにはカスミと藍沢が倒れている。シンスケが近づいて二人に触れると、彼女たちはパッと目を開いて目を覚ます。


「シンスケ……くん?」


「立花くん……ディリュード?」


「さっさと現実に帰ってくださいよ……悪の親玉はいつも通り独りで消えますよ」


 シンスケは女子二人の腕を握って背後に押す、帰るように促すが自分は一緒に着いていく気はないらしい。少し疲れた感じでディリュードの横に座る。


「何のつもりですか」


「お前が望めば一緒に残ってやる」


「ハァ……キミは無事でいられるでしょうけど、私はもうすぐ消えるんですよ」


「だけど、もう独りじゃないだろ」


「……独り、ですよ。私たち友達ではありませんから」


「本当素直じゃないな」


 二人が鼻で小さく笑うと、予想外の足音が聞こえて顔を上げる。すると、ディリュードの目の前には藍沢が立っていた。

 ディリュードは自分の宿主から目を逸らして、少し呆れた口調で話す。


「何ですか、養分ちゃん……まだ感情を抜かれ足りないんですか? それとも私が無様に消えるところを見たいんですか?」


「ディリュード! あなた、私を利用してたんだよね? 感情を抜くために色々騙して……」


「だったら何です?」


「……私ね、感謝してるんだ」


「は?」


 あまりの間抜けさに驚いて彼女の顔を見つめると、藍沢は本気で嬉しそうに笑っていた。


「理由はどうあれ、私はディリュードのおかげで友達を作るための一歩を踏み出せた……」


「どこまでバカなんですか?」


「私のそばに居てくれて……嬉しかった! だからさ、友達になって欲しい……嘘じゃない、本当の友達」


 藍沢は右手をディリュードに差し出した。


「………………私……オレ」


 生まれて初めての経験にディリュードはまるで少年のように戸惑った。

 差し出された手を小さく叩くと、ディリュードは立ち上がってシンスケと藍沢を追い返した。


「何が友達だよ、お前なんて……ただのエサなんだよ! 立花シンスケもボロボロのくせに格好つけやがって、早く失せろよ」


「どこまでも素直じゃねぇんだよ、お前。つーか、その胡散臭い敬語はどうした?」


「もう死ぬからいいだろ…………ずっとこうしたかった。グドロみたいに友達と対等に、砕けた口調で……飾らない本当の自分で話してみたかった」


「うん」


「名前と顔を忘れても良いから……変な友達がいたことだけは覚えてくれよ」


「忘れないよ! ディリュード、私の初めての友達!」


 悪惑の内面世界は炎に包まれていくが身を焦がすような熱さはなく、凍りついた彼の心を解かす温いもの。

 カスミと藍沢が消えると、ディリュードの体も燃え始める。残り少ない時間を噛み締めて、ディリュードはシンスケの胸に拳を当てた。


「キミは死ぬまで繋ぐ者であれば、オレは死ぬまで断ち切る者……長年ため続けたオレの命で「消えない傷」を残してやる」


「消えない、傷?」


「ああ……この奇跡を持って謝礼とする────本当にありがとう、オレの友達」






 現実世界。


 悪惑と王之鎧を包んでいた虹色の光が消えると、二人がいた場所の近くには救出されたカスミと藍沢が横たわっていた。

 

 かの大悪惑は跡形なく消え去って、彼を拘束していた装甲は再び分解してシンスケの体に戻っていく。


『エラー……エラー……適応完了。を実行』

 

 いかなる攻撃であろうと傷つくことのない王之鎧、その胸甲の中心には赤い十字型の損傷が残っており、鎧はそれを友人の贈り物として適応させた。

 十字傷は不可逆だった合体用のシーケンスに障害を残して奇跡を起こす。


 シンスケの合体変身が解除されると、体から五つの光が弾き出される。

 その光たちはゆっくりと見覚えのある姿を形作る、もう二度と会えないはずの彼らが大地に降り立つ。


「おつかれーっ! 大将!」

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