第45話 独りと群れ

 ディリュードがシンスケに一歩近づいた瞬間、カムイとバスターは即座に駆け寄って蹴りと拳を同時に放つが、ディリュードは顔色ひとつ変えずに突っ込んでくる二人の首を掴んで床に押さえつける。


「友達ごっこして群がってもこの程度ですか? 所詮はグドロありきのクズどもですね」


 声を上げて嘲笑っていると、カスミはシンスケを庇うようにディリュードとの間に割り込む。


「……」


「恐怖、を感じてるんですね。安心してください、私はあなたを殺すつもりなんてありませんよ……、大樹でね」


「3万年経っても……ぐっ……進歩しねぇなぁ……どんだけ、構ってちゃんンーだよてめぇーは!?」


 その挑発は図星だったのか、ディリュードはバスターの首を絞める手の力を強めた。


「……自分が置かれている状況を理解したほうがいいですよ。どちらにせよキミたちはもうじき死に、一つの文明が滅ぶ……絶望に飲み込まれて虚無の獣に成り果ててくださいね」


 そう言うとディリュードはバスターたちを放して病室から出て行った。

 バスターは起き上がってすぐに追いかけようとしたその時、窓の外の大樹の方向から肉が剥がれるような不快の音が伝わってくる。


「クソ、今度はなんだ!?」


 慌てて窓を開けて外を確認すると、虚無の大樹の表皮を包む無数の仮面が次々と地上に落ちていく。

 そしてそれらの仮面は落下中に肉体を形作って、着地する頃には新たな悪窓として活動し始める。


「バスター兄様……あれって」


「ああ……一体一体がさっき戦った恐竜型の悪窓と同じスペックだ……本当にマズイぞ、3万年前と全く同じだ」


「バスターさんたち、昔あのディリュードってやつに勝ったことあるんだよね? なんか、対策とかない?」


 カムイは虚無の大樹を見つめたまま戻ったばかりの記憶を探ってカスミに説明する。


「感情を喰らって分身を作り出す、それが悪惑ディリュードです。ヤツの能力はいわば人類文明に対しての抑止力アンチボディ、文明が発展すればするほどディリュードの能力範囲も拡大していきます……3万年前は王様が世界を繋いだが故にディリュードの能力は拡大して虚無の大樹の繁殖を成功させたのですが、現代の人類同士を繋ぐネットワーク……」


 カムイはカスミのそばに近づいて、彼女のスマホを指さして続けた。


「電子機器が世界の壁を無くした、星を覆うネットワークと同じようにディリュードの能力もまた星を脅かすレベルまで成長しました……生きている限りがん細胞は生まれ続けるように、知性がある限り虚無という誘惑からは逃げられません──」


「つまり……私たちがあの木の土壌を作り上げたってこと?」


「残念ながら、そうです…………不幸中の幸いと言いますか、あの木は3万年前に対峙した時よりは小さい。まだ成長途中ですよね、お兄様」


「あぁ……だけど、今はシンスケが──」


「ゴホゴホッ、おれ……俺は、まだいけるよ」


 体の熱が抜けて、痛々しい火傷も目立たなくなったシンスケは何とか体を起こした。カスミはすぐに近づいてその背中を支えてあげた。


「シンスケくん! まだ傷が……」


「大丈夫! ……バスターさん、あの木を消す方法はないの?」


「……方法なら二つある。一つは実践済みで外側から物理的にぶった斬る、3万年前王様は「カロンレイドの戦斧」という兵器で大樹を両断したけど……問題はそのカロンレイドの戦斧の行方がわかんねぇ……」


「じゃ、もう一つの方法は?」


「内側から崩壊させるんだよ」


 バスターはカーテンを閉めて、近くにあったパイプ椅子を持ってシンスケの病床前に座って続けた。


「ディリュードああ見えて実は寄生生物なんだ。宿主の感情を少しずつ喰らって、仕舞いには宿主を母体に据えて大樹を宿らせる……つまりどういうことか、わかるだろ?」


「……宿主を救い出せば、大樹は消える?」


「そういうこと。3万年前は発見が遅かったせいでもう宿主が完全に自我を失ったけど、今回はまだ間に合うかもしんねぇ、大樹ん中に飛び込んで宿主の目を覚ます」


 ここでふと、シンスケはある疑問が浮かぶ。


「ディリュードの宿主の正体、心当たりある?」


「ああ……宿主の特徴なんだが、感情を抜かれたせいで外見も性格も激変する──」


「もしかして、藍沢さん?」

「トモミちゃんだ!」


 カスミとシンスケは藍沢の激変っぷりを思い出す。屋上で初めて会ってから、彼女と遭遇するたびに別人にように変わっていたあの違和感。思い返せばバスターが言った宿主の特徴にピッタリ当てはまる。

 

「そういうことだ。ひとまず、シンスケとコアが回復したらすぐに大樹へ向かうぞ。姫様はジェットとここに残って──」


「何言ってんの、私も行くに決まってんじゃん! 知り合ってそんなに経ってないけど、トモミちゃんもちゃんとした友達で……」


 一緒に美術室へ向かった時の、彼女が心底嬉しそうに話していた笑顔を思い出す。


「彼女を起こす係は私がやる」


「でも姫様、それは危なすぎるっす!」


「危険なのはあんたたちもそうでしょ! ……トモミちゃん、あんなに嬉しそうに頑張ってたんだよ……絶対、助け出してみんなで学祭を成功させるんだから!!」

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