第44話 ただの前菜

「死なせないって……どういう──」


 カスミは目の前で一瞬にして別人のように変わったシンスケに驚くが、どうやら彼には説明をするつもりはないらしい。

 咆哮を上げながら戻ってくる恐竜の悪惑を指差し、シンスケはジェネシスとサンダーブリンガーに指示を出す。

 タイムトラベル中は僅か6歩しか進んでなかったが、シンスケの体感では一歩進むごとに5分以上も掛かっている。そして、その間に話し合った作戦を実行する気だ。


「ジェネシスくん、サンダーブリンガー! 悪惑あくまを空から落としてくれ!」


 ジェネシスたちも一瞬だけ戸惑ったが、コアの損傷を目の当たりにして即座に察した。彼らは不完全な状態で時を超えた、それが意味することは……


「アイツに負けたんだ……」


 消耗具合的にもうこれ以上の時空超越は不可能、再び次元壁を破った瞬間間違いなく重力に押し潰されて塵すら残らないだろう。だとすればここはもう迷ってる余裕がない。


 ジェネシスは翼を広げると雷龍と共に飛び出した。

 噛みつかれてしまうと厄介なので、稲妻で悪惑の下顎を先制で砕いた雷竜はその体に巻きつく。放電をし続けて痺れさせることで、ジェネシスはその腹下に潜り込んで空中に押し上げる。


「バスターさん、カムイ、ジェットくん! 今の隙に合体を!」


 巨剣バスター龍雷カムイ狂獣ジェットの力の集合体、使用者の蘇生と防御を全て切り捨てた形態。3人が合体したソレは鎧と呼ぶのには凶々しすぎる、シンスケの身長の5倍以上の長さを持つ単発の超大型追尾


「モード: ブレイジングスピア!!」

 

 黒い銃身の光穹のトリガーに指をかけて、スコープ越しで上空にいる悪惑を捕捉。銃身のレバーを引くと、エネルギー炉が起動してチャージを始める。


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……


 エネルギー炉から発する聞いたことのない不調和音と共に、周囲の光・闇・冷熱・空気の振動・電子の信号・時と空間への感覚……その全てを吸い込まれ始める。

 様々な概念を僅か数秒で圧縮すると、バスター・カムイ・ジェットの3人で複合した機械音声がシンスケに知らせる。


『時空間アンカー及び反動軽減トリガー、設置完了……メジャー・スケール・アイオーン、測定完了……概念変換砲火の装填率100%、殲滅準備……完了』

 

 地上のチャージを確認したジェネシスと雷龍は捕捉していた悪惑を雲の上から突き落とす。

 王之鎧以上の怪力を持とうと、翼がない限り星の重力には抗えない。


「一撃で……ッ!!」


 トリガーを引いた瞬間、光穹レールガンは内包した膨大なエネルギーを一本の糸の細さまで収束させて光の槍として射出する。その弱々しい見た目の光線とは裏腹に発生した反動は近辺のアスファルトの地面を一瞬で液状化させて、排熱管から排出された熱風は近くにいたカスミとシンスケの服を燃やしながら吹き飛ばす。

 

 発射された白い光線槍に直撃した恐竜の悪惑の肉体は即座に細かいブロック状にバラされて、内部に注入されたエネルギーが肉片たちを切り刻みながら膨張する。悪惑の肉片が元の10倍の大きさまで膨らむと、今度は包みきれなくなったエネルギーを一斉に放出して大爆発する。

 

 もう立ち上がる力も残ってないシンスケは強敵の消滅を確認して、ブレイジングスピアの反動に体を焼かれながらその重たい目蓋を閉じた。


「…………ぁスミ……無事で……よかっぁ……」







 30分後、水吏中央総合病院。


 虚無の大樹から放出された胞子の霧の影響で病院はすでに機能してなかった。こんな状況だから逆に都合が良いかもしれない、バスターたちは勝手に空いてる病室に侵入して重症人のシンスケとコアをベッドに寝かせた。

 ジェネシスはその二人の間に座って彼らの手を握って治療をする。


「お兄ちゃんとカムイ姉、無茶させ過ぎなんだよ! わかってるんでしょ、普通のケガと違ってタイムトラベルで負った傷は簡単に治せないんだから……」


「そうなの? てか……タイムトラベルって」


 負った傷の痛みは言うまでもないが、急速に回復するのも相当な苦行。特に一般人のシンスケは気を失っているにも関わらず、苦しそうな表情を浮かべて呼吸を荒くしている。


「時間ってのは一方通行なの、それは宇宙──いや、世界のことわりとして存在してる束縛の一つ……講義する余裕ないから要点だけ言うと、治療するアタシが大変ってこと!!」


「シンスケ、くん……なんでこんな無茶──」


 カスミはシンスケの手を握って、その熱い頬に優しく触れた。


「アナタ様が……シンスケ様の目の前で惨殺されたのです」


「わ、たしが……」


 カスミたちの邪魔にならないようにバスターは窓側に移動したが、その表情はどこか焦りを隠しきれないものだった。


「トモミ、どこに居んだよ……無事でいてくれ」


 カーテンをゆっくり開けると、ある懐かしいモノが目に映り込む。


「あれは?!」


 思わず大声を出してしまったので、カムイとジェットが慌てて駆け寄る。そして彼らの目にもソレが見えるようだ。


「お姉ちゃん、あのでっかい木……──うっ」


「ぐっ、頭が割れる……でも、あの木見覚え…………虚無の大樹!」


 虚無の大樹を目撃したことで王之鎧一式ケイゼル・シリーズの全員が激しい頭痛に襲われる、そして同時に封印されていた記憶が氾濫した川水のように押し寄せてくる。


 コンコン。

 病室にいる全員が無防備になったその時、誰かが病室のドアにノックして入ってきた。


「お邪魔します、ちょっとご挨拶に……どうですか、鎧のみなさん。私の能力をちゃんと思い出せましたか?」


「あぁ……王様を裏切った罪人、大悪惑のディリュードッ!!」


 頭痛で倒れるジェットとジェネシスと違って、バスターとカムイの年長組二人は激痛に耐えて立ち上がると臨戦体勢に入る。


「よくも私たちの記憶を……いや、待て……んですか?」


「流石、生粋の武人は痛みに強いんですね。理由なんて簡単ですよ…………もう記憶が戻っていようと、キミたちは私に勝てません」



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