第43話 超越と代償

「ひ……め、さまぁ……」


 痛みと冷や汗が止まらず、薄れる意識に抵抗してまぶたをこじ開けるバスター。

 勝利を確信した恐竜の悪惑はカスミから尻尾を引き抜いた。駅の反対側にいるまだ正気を保っている住民たちを感知して、彼らを撲殺するために悠々と建物を飛び越えていく。


「カスミーー!!」


 シンスケはジェネシスの手を振り切ってカスミの元に駆け寄って彼女を抱き上げる。


「……カスミ、さ──」


 カスミの両目は見開いて眼前のシンスケを見つめたままだが、首に触れても脈動を感じられない。そして、体の温度はゆっくりかつ確実に失われていく。


「…………俺の……せいで」


「いや、俺たちのせいだ……」


 ジェネシスに治療された王之鎧たちがシンスケの元に集まる。

 これは誰のせいでもない、ここにいる全員が全力を尽くした。流した血と負った傷がそう証明している。


「ジェネシス! なんとか……なんとか、カスミさんを治せないのか?」


「……ごめんなさい……死んだ人はもう、私でも無理……です」


「…………」


 無慈悲だがジェネシスの返答は紛れのない事実、シンスケはもう動かないカスミを静かに抱きしめた。彼女を包み込む両腕は傷口から溢れる血で真っ赤に染まっていた。


「シンスケ様、酷ですがあの悪惑を止めなければ……この先他の住民も同じように──」


「まだ……終わりじゃない」


「シンスケ様?」


「この先、じゃない……俺たちが向かうべき方向はだ!」


 泣き出した気持ちと震える肩を抑えて、シンスケは仲間に力強く告げた。

 みんなが戸惑う中、シンスケはカスミを優しく地面に降ろしてそのまぶたを閉じてあげた。

 そして、再び立ち上がって覚悟を決めた。


「シンスケ、どういうことなんだよ?」


「アクセラレーターで過去に飛ぶ」


 獣との戦いでコアの言葉はタイムトラベルを示唆していた、もちろんリスクについても話したがもうなりふり構ってられない。

 ジェネシスはその提案を止めようとするも、バスターは彼女の言葉を遮って前に出た。


「いいんだな? シンスケ」


「ああ」


「死ぬほどつらいし、戻ったところでまた負けるかもしんねぇ……いいんだな?」


「ああ!」


 シンスケは拳をバスターの胸に当てて、その熱い決意を話す。


「初めてバスターさんと合体した日、あの言葉で……俺はとっくに覚悟なんてできていた」


「兄上、本当にいいんですか?」


「大将がそう言ってんだ……だったらッ、やるしかねぇだろ!」


「……カムイも良いんですね?」


「当たり前です。シンスケ様とお兄様の決断であれば」


 アクセラレーターに合体すると、バスターは全てのブレーキとリミッターを解除した。ブースターは装甲に変形して全ての出力をエンジンに回すことでタキオン粒子を生成し始める。

 一方でコアの第二装甲はシンスケの呼吸を補助するマスクに変化して、第一装甲は反重力のフィールドを生み出す。


「シンスケさん、振り向かないで前だけを見てください。手足、首、油断すると一瞬でもげるので」


「わかった……行くぞ!」


 右足を上げて地面から離れた瞬間、鎧から黒の稲妻が放たれてアスファルトを溶かす。電気とタキオン粒子が全身を駆け巡って、世界の1秒が遅くなるのと比例してシンスケは爆発的に加速していく。

 そばにいるジェネシスとジェットの動きが徐々にスローモーションになったと思ったら、次の瞬間には完全に静止した。目の前の街はトンネルにでも入ったかのように引き伸ばされて、一歩めを踏み出す頃の景色はもう認識できない光の直線に引き延ばされていた。


「風景も……音も……光も……全部消え──」


 そして、二歩目で目の前の空間がガラスのようにパリンと破れた。その奥には宇宙にも似た星空が広がっている。

 それはまさに次元外に踏み込んだ証拠、光速を超えた証。もはやシンスケの走りは一歩だけで空間を飛んでるレベルの速さまで達した。


 三歩目、シンスケは宇宙のビッグバンを目撃する。

 四歩目、星々が生まれ、地球が生まれる。

 五歩目、地球から生命体が生まれて、その螺旋の果てで恐竜は絶滅した。

 六歩目、彼女カスミを見つけた。


「着いたぜ……死ぬほど痛でぇから覚悟しろよ、シンスケぇええ!!」


「死なないんなら問題ねぇええ!!」


 空間が再び割れてレイジビーストに合体する寸前の時間軸に飛び込む。

 タクシーの上で死にかけていたカムイとバスターとコアが轟音と共に消えて代わりに、アクセラレーター形態シンスケが出現する。 

 時空間の壁が破壊された衝撃で恐竜の悪惑は遠くに吹き飛ばされる。


『エラー……エラー……』


 バスターたちは弾かれて合体を解除すると、シンスケは跪いて大量の血を吐き出す。時期はまだ夏なのに全身から湯気が出るほど体が熱く、手足と顔が痛々しい火傷だらけ。

 一方でシンスケのために負荷を一身で受けたコアは倒れたまま動けない、体の大部分が炭のように焦げてしまった。


「すみません……ちょっと戦いに参加……できそうに、ありません」


「し、シンスケくん!? コアさん!? え、なに!?」


「なっ、お兄ちゃんどうしたの!?」


「……死ぬほど……ゴホゴホ……痛でぇ……」


 驚いているジェネシスの手を握ると、シンスケは回復されながら立ち上がった。


「今度こそ、死なせない……」


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