第42話 花は散る
口は開いてるのに、もう声を発することはない。
目は見開いているのに、もう閉じることはない。
血は滴るのに、もう心臓の鼓動はない。
その5分前。
合体を終えたカムイは下敷きになったぺちゃんこのタクシーを蹴っ飛ばして、咆哮を上げる恐竜の悪惑にぶつけて爆破する。
シンスケはすかさず追撃を行おうと走り出す、四足歩行だけあって今まで体験したことのない加速力に戸惑う。
しかし、悪惑は爆破の炎を物ともせずに大きく口を開いてシンスケを噛み砕こうとする。
『兄ちゃん、前足を引いてッ!』
ジェットの指示に従って前足だけ急ブレーキすると、体がスピードを維持したまま前回転して尻尾の蛇腹剣を振り下ろす。
点火した蛇腹剣は炎を噴きながら斬撃を繰り出すが、悪惑はその軌道を冷静に見極めて躱す。そして、勢いよくシンスケの後ろ足に噛み付いて振り回す。
「マズイよ!」
『尻尾をコイツの首元に刺せ! 俺の熱で溶かすぞ!』
「私もお手伝いします」
雷撃と共にカムイがその太刀を悪惑の右目に突き刺して稲妻を流すが、悪惑はますます興奮して暴れ始める。左右に揺れるその激しい動きは駅の建物を容赦なく破壊していく。
「喰らえーー!」
尻尾を悪惑の首に刺すと、蛇腹剣のエンジンが唸り声を上げて周辺の光を吸収し圧縮する。
周辺が真っ暗になった次の瞬間、剣身が起爆して悪惑の頭を吹き飛ばす。それだけでなく、衝撃で周囲のすべての建物のガラスを巻き沿いで粉砕した。
「よし、これで反撃す──」
「シンスケ様ッ──」
頭が爆破で消えたのに悪惑はそんな状態でも動き続ける、攻撃を受ける前と同じ速さでシンスケに蹴りを入れる。一番高速に動けるカムイでも反応しきれず、何とかシンスケを押し退けるも逃げる時間が足りなくて蹴りを身代わりに受ける。
「カムイ!」
ビルの硬い壁に叩きつけられたカムイは意識こそ失ってないものの、蓄積したダメージで強制的に合体解除させられてしまう。
「クソ、助けないと」
『シンスケ、よそ見すんな!』
シンスケが動揺している隙に恐竜の悪惑はもう頭を完全に再生させただけでなく、まっすぐに硬直させた尻尾を剣の代わりにシンスケの脇腹に突き刺す。
「うああああああ!!」
『くそ、再生早すぎるだろ! 一撃でふっ飛ばさねぇといけねぇのか!?』
「がぁっ……そんな、ゴホゴホっ……余裕ねぇぇ」
脇腹に悪惑の尻尾が刺さったままシンスケは空中に投げられる。体勢を持ち直す隙も与えずに、悪惑は同じ高さまでジャンプして頭でシンスケを地面に叩きつける。
『エラー……オーバーダメージ……』
バスターたちもカムイと同様、合体が強制解除してシンスケの体から弾かれる。
「ゴホゴホっゴホ……うゔぇ……息、できねぇ……」
折れた肋骨が肺に刺さってるのか、それとも肺が潰れたのか、シンスケは呼吸困難になって倒れたまま口から大量の鮮血を吐き出す。
視界がドンドンぼやけていくのに不思議なことに苦しさが少しずつ抜けていく。
「ダメ……死んじゃ……シンスケぇ!! ジェネシス助けてあげて」
ジェネシスの背後でこの惨劇を目撃したカスミは悲痛の叫びを上げてしまった。
「カスミさん……ここは……逃げるべき──」
「ダメ! 逃げたら……逃げたら本当にここでおしまいだから!!」
ずっと戦いを嫌ってきたけど、どうしても逃げられない……逃げてはいけない時は勇気を振り絞るしかない。
今がその時だと、カスミの直感がそう告げる。
「早く、行って!!」
ジェネシスの背を押すと、カスミは崩れた瓦礫の小さい破片を手にとって投げた。破片は見事悪惑に命中したことで、悪惑はカスミと足元で倒れる王之鎧たちを交互に見始めた。
王之鎧はもういつでも殺せると判断したのか、悪惑は方向転換してカスミに向かって走り出す。
「もーー! ヤケクソだ!」
ジェネシスはその翼を振って土埃の煙幕を起こすと、悪惑が視界を奪われた隙にダウンしたメンバーの元へ向かった。
カスミが走って逃げ出すのと同時にシンスケのそばにたどり着けたが、回復してもらっているシンスケの表情はますます険しくなった。
「……ダメだジェネシス……カスミ、が……ゴホゴホ、あぶない……」
彼の言う通り、カスミの走るスピードもジェネシスが起こした煙幕も大したことのない小細工。
今回の敵には通用しない。
シンスケが血を吐きながら慌てて体を起こすと、想像していた最悪のビジョンが現実になってしまった。
「……ぁ……あぁ……カスミーーーーー!!」
一瞬で煙幕を抜け出した悪惑がその鋭利な尻尾で背後からカスミの腹部を貫通させた。
初めて体験する痛みにカスミは全く声を出せなかった。
せめて自分が命を懸けて助けようとした男の子の顔を見るために振り向こうとした次の瞬間、悪惑は尻尾を引き抜いてカスミの心臓に目がけてもう一度突き刺した。
「シンス──────」
彼の顔を見られないまま、カスミの瞳から光が永久に消えた。
口は開いてるのに、もう声を発することはない。
目は見開いているのに、もう閉じることはない。
血は滴るのに、もう心臓の鼓動はない。
シンスケは地面に倒れる彼女を抱き止めることもできず、ただ死にゆく様を見つめるしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます