第40話 沈んで、落ちて、消えて

 水吏の市役所、その本館の屋上で目を覚ます。

 藍沢は瞬きを何度もしてみたけど眠気が一向に消えないので、手で目を擦ろうとするも掴まれて動かせない。

 なんとか首を動かして自分の体を確認すると、両手と下半身が白い樹木に取り込まれている。白い樹木はい今もゆっくりと蠢いて藍沢の体を少しずつ蝕む。


「おはようございます、トモミちゃん」


「……? ディリュード……私、どうなって──」


「キミには感謝してますよ、たくさんの養分かんじょうをくれて。ですが、あと一度だけキミが必要なんです」


「待って……私、今すごく……上手く行ってる、から……もう消さなくても大丈夫」


「許可は求めてませんよ、キミに挨拶だけはしておこうと思いましてね。それに今回は感情を消すのではありません……


 ディリュードは自分の力を凝縮させた光体を体から取り出すと、今度は光体を藍沢の胸の中に無理矢理突っ込んで入れた。

 次の瞬間、白い樹木は急速に成長をし始めて一瞬で藍沢の首元まで包み込む。


「キミを母体にした虚無の大樹は大きく育ちます。山より高く、雲を突き抜ける……やがて大樹の枝葉は星を包み込んで、その土壌で生きる人類を養分として食べ尽くす──」


 ディリュードの言葉を待たずに虚無の大樹は藍沢の全てを取り込んだ、同時に生み出したエネルギーを主人のディリュードに送る。


「また独りぼっちになっちゃいましたね……ですが、もう大樹を伐採する戦斧も……私を止めてくれる王──グドロもいません」 


 虚無の大樹は高さを少しずつ伸ばして枝を生やす、その枝先から霧にも近い胞子を放出して拡散させる。


「どうせ、独りなら…………もう何もいりません」







 翌日の朝、9月9日の水吏高校。


 カスミたちのクラスメイトはせいぜい7割しか出席してない。昨日までの熱気は綺麗さっぱりと消えてどこか閑散とした雰囲気が漂う。

 シンスケとカスミはこの異様な空気に既視感を覚えた、ついこの間閉じ込められた夢の中と何となく似ている気がする。しかし、王之鎧のみんなは消えてないので現実にいることだけは確実。


 朝のショートホームルームになると、担任はいつものように点呼を始める。

 欠席した子は全員体調不良で休んでいるらしいが、担任は何故か最後まで藍沢の名を口にせずに点呼を終わらせた。


「先生、点呼漏れてますけど……トモミちゃんは?」


「……」


 そう言われて担任は名簿をもう一度確認した。名簿には藍沢と確かに書かれているがなぜか認識できない。


「これで全員なんだが?」


「え……」


 その反応を見たシンスケは即座に立ち上がって、カスミの席まで行って彼女の手を引いた。


「すみません先生、立花と本田は今日休みます」


「…………」


 教室から出ていく二人、目立つ行動のはずだが誰も気にしない。担任も止めたりせずただ静かに名簿を見つめているだけ。

 廊下に出ても他の教室からまったく話し声が聞こえない、まるで学校から生気が消えたような、虚無に包まれているような……


「ちょっと、バスターさんたちに電話するね」


「うん。俺ほかのクラスの様子ちょっと確認してくる」


 そう言いながら、シンスケはすでに他クラスの扉を開けていた。

 しかし、そこも自分のクラスと同じく誰もシンスケに反応しない。みんな無表情で何も書かれてない黒板をただ見つめているだけ。


「もしもし、バスターさん! ちょっとこれからトモミちゃんの家に行って様子かくに──」


「もう確認したっす。朝からなんか街の様子がおかしかったんす、心配で見に来たら玄関先にはコンビニで買ったものが袋ごと落ちてて……これじゃまるで」


「あの時の私たち……でも今度は現実でも夢の世界みたいになっちゃってるよ」


「……一度全員で合流するっす、危ないんで」


「うん、今からシンスケくんと一緒に学校を出るから」


 電話を切ってシンスケと目を合わせると、二人は同時に走り出した。

 廊下の途中で規律に厳しい教頭とも遭遇したが、掲示板の前に立って何かを呟いているだけだった。


 しかし、異変はそれだけではなかった。

 校舎から出た瞬間、シンスケだけがソレに気づく。


「なに、あの白い木……」


「え、どこ?」


 ビル群の峰々の背後に聳え立つ巨大な白い大樹。

 シンスケだけが見える大樹はカスミと王之鎧でも認識できない。


 力を象徴する王之鎧に対して、シンスケの体内の擬似合体の力は反対に精神攻撃に対して極めて強い耐性を持つ。本来カスミも大樹の胞子を吸っていて無気力に堕ちいていくはずだが、シンスケの近くにいて無意識でその加護を受けているから正気を保っていられる。


 シンスケが目を凝らして見ると、白い大樹の表皮が無数の仮面に包まれていることに気づく。


「ウソ……悪惑、なのか」



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