第39話 成功させたいんだ、学祭
9月8日。
出し物が決まったカスミのクラスは放課後の教室で装飾を作っている。
シンスケとカスミは絵の具ついた平たいブラシで飾りの看板を塗っていた。
「藍沢さん〜、袖こんな感じでどう?」
「……もう少し短くした方が動きやすいんじゃないんかな?」
縁を塗り終えると、カスミはさり気なく話し声のする方を見た。
真面目に頑張る藍沢がみんなと打ち解けているようで、手芸部員たちと一緒に学祭で使う衣装の打ち合わせをしている。
「……シンスケくんさ、どっちに投票したの? メイドたこ焼きとお化け屋敷」
「メイドたこ焼き」
「やっぱ組み合わせが変だよ、メイドとたこ焼きってなに? …………やっぱ男子って好きなの? メイド」
「いや、お化けよりもたこ焼きを食べたかった。好きだからさ」
「あ、私も好きぃ〜 …………にしてもさぁ、藍沢さんみんなと仲良くなれたみたいで良かった〜」
二人の会話に割り込むように、ショーゴは興奮気味でシンスケに近づいてその背中をバシっと叩く。
シンスケが痛がっていると、ショーゴはそんな親友の肩を掴んで手芸部の方に向かせた。
「見ろよ! メイド服だぜ!! 票入れて良かった〜」
「ショーゴってメイド好きなの?」
「当たり前じゃん、男のロマンだろうが! クラス女子全員だぜ、全員! ほら、お前も見たいんだろ?」
「お、俺は別にぃ……」
そう言いながらもシンスケは横目でわかりやすくカスミをチラチラと見ていた。そんな男子たちにカスミは呆れて溜め息を吐いて立ち上がる。
「視線がキモい!」
「ご、ごめん!」
「いや、そんな本気で謝んないでよ…………シンスケくんは見たいの?」
「……はい」
「へ、へぇー……」
二人の距離感が夏休み前より明らかに縮んでいるようで、ショーゴは二人の顔を交互に見て察した。
打ち合わせ終わった藍沢は嬉しそうにカスミのそばに駆け寄る。
「藍沢さんおつかれー、いい感じ?」
「おつかれさま! 色々と頑張って予定詰めたから衣装を調整する余裕があるって」
「さすがだね…………あ、絵の具きれたから美術室で補充してくる」
「私も行くよ!」
そういうと、藍沢は他にも作業してるグループの絵具の減り具合を確認してメモを取ってから教室から出た。
廊下に出て二人きりになった所でカスミはさりげなく質問した。藍沢が積極的で以前とあまりにも違いすぎるから気にせずにはいられなかった。
「なんか、すごいね?」
「あり、がとう?」
「藍沢さん自分から積極的に動いてさ、みんなを繋いでるじゃん……すごいなぁって」
「本田さんのおかげだよ! 立候補の時助けてくれたから」
「助けたつーか……私、うちのママと似てさ、そういう賑やかなの好きなんすよ」
一緒に階段を降りながら藍沢は嬉しそうに微笑んで続けた。
「積極的に動いてるの、理由があるんだ。中学までの学祭は職業体験型でね、こういうアニメみたいな学祭は初めてなんだよね。話せる人も増えてさ……成功させたいんだ、学祭」
「いいね、そういうの……ね、トモミちゃんって呼んでいい?」
「へへ、も、もちろん! 私もか、カスミちゃんで呼んでいいですか?」
「うん」
「あ、そうだ。カスミちゃんのメイド服めっちゃ可愛くする予定だから」
「……マジか」
一階廊下の美術室に着いて教室扉の窓から中を覗くと、教室の半分以上スペースが絵を描いている部員で埋め尽くされていた。
いわゆる陽のグループに属するカスミですら入るのを躊躇ったが、恐怖の感覚がない藍沢は扉を勢いよく開けた。
「失礼します!」
「ん? あぁ、藍沢ちゃん」
入り口近くの席で作品集のチェックをしていた赤ジャージの女子生徒が藍沢を見ると、手早く作品集のファイルたちを片付け始める。
「青井先輩! クラスの絵具切れちゃったんで補充をしに来ました」
「あぁ、ちょっと待って」
待っている隙に藍沢はカスミに先輩のことを軽く説明してあげた。
「3年生の青井ケイト先輩、美術部の部長だよ。クラスで絵具いっぱい使うから前もって挨拶しといたんだ」
「偉っ」
青井先輩が片付けを終えると、そのまま二人を絵具棚に連れて行った。
学祭用の絵具はクラスごとに分けられており、それらは便利上すべて美術室で保管をしている。
青井先輩は慣れた手つきで絵具のチューブをプラスチックの小箱に入れて渡す。
「ハイ、9700円ね」
「え、お金いるの!?」
「フッ、ウソに決まってんじゃん」
「先輩〜 そういうのやめてくださいよ!」
「でも代金払いたかったら全然受け取るよ」
「センパイ!」
青井は小さく笑うと、二人を美術室外まで押した。
「コンクールの時期的にピリピリしてる先輩も多いからさ、早く戻りな」
「ありがとうございました!」
「学祭、頑張ってね」
翌日、藍沢は行方不明になった。
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