第36話 加速する者

「みんなの力を貸してくれ──王之鎧合体ケイゼル・コンバインッ!」


 ジェネシスは意識がまだはっきりしないカスミを抱えて後退すると、獣の悪惑は瞬時に傷を回復させて突撃してきた。その隙にディリュードはこっそりと姿を消す。


『モード:アクセラレーター』


 合体時に発せられた光と地面を蹴った爆発音を置き去りにして、シンスケは瞬間移動にも近い速度で悪惑を反対側の土手に蹴り飛ばした。

 両足で着地すると、腿甲の排熱機関から蒸気がプシューと噴き出される。


 カムイは彼女自身の単独合体と似た高速走行用の腿甲に変身をし、バスターは剣ではなくコアと同じように加速用のスラスターとジェットパックパーツとして腿甲にジョイントされている。

 今までの剣を用いた戦士らしい戦い方とは全く異なる戦闘スタイルになる。


『兄上、制限掛けるのを忘れてますよ。うっかりするとすぐに光速を超えてしまいます、3人だけでは衝撃に耐えられません』


『そうだった、すまんすまん!』


 注意されたバスターは出力を下げてからいくつかのスラスターに蓋をした。


「あの、制限しないとマズイの?」


『はい、時空超越……いわゆる想定外のタイムトラベルをしてしまう可能性があります。タイムトラベルの最中とした後の世界の修正力で凄まじい負荷が掛かるので、ジェネシスなしの状態ではとても危険です』

 

 一方で、これでは相手に敵わないと悟った獣の悪惑は20m超えの体を半分以下に縮小させた。より速度に適応したスリムな体型になり、シンスケたちを真似て余った肉塊を背骨に沿ったブースターに変形させる。


 ブースターは女性の甲高い悲鳴に近い駆動音を発しながら爆炎を噴射する。


『シンスケ様、来ます!』


「あっちもスピード特化してくるみたい!」


 悪惑とシンスケは同時に走り出す、その走行の衝撃だけでも土手の地面は粉砕される。相手を切り裂こうと悪惑は前足を振り下ろすも、炎と雷が混じったシンスケの膝蹴りによって前足の関節ごと外されて消し炭と化す。

 火力を担当するバスターとカムイを揃えたこの形態の攻撃を防げるものはそうそうない、回復ができない分ステータスは瞬発力と破壊力に全振りしている。


 しかしこれまでの悪惑と違って獣の悪惑はなぜか戦闘に慣れているようで、消された右前足を派手に再生させてその様子をシンスケに見せる。


「コイツ、再生速すぎないか!?」


 気を逸らした隙に反対側の前足でシンスケの死角から殴る。

 その鋭い爪がシンスケの脇腹に触れた瞬間、腿甲から流れる稲妻が合体者の全身を走る。


 すると川の跳ね上がった水滴が空中で減速して、それに合わせて獣の悪惑の動きも静止に近いゆっくりとしたものになる。

 空を見上げると、飛んでいた小鳥と風に乗った木の葉もスローモーションになっている。


「世界が……遅くなった?」


『ちげぇよ、大将がむちゃくちゃ速くなったんだぜ! カムイの稲妻のおかげでな』


 歩いて悪惑の爪から離れると、シンスケはその左前足に向かって軽いローキックを当てた。次の瞬間、シンスケの加速が終了したのと同時に悪惑の左前足も一瞬で焼かれて消える。

 何が起こったのかも理解できないまま、上半身を支えられなくなった悪惑は情けない姿で地面に倒れる。


『コイツ、また再生をし始めたぜ……しつこいな』


 悪惑は再生するための時間稼ぎをするために背中のブースターを皮膚の硬化に回した。そのしぶとさと臨機応変できる柔軟さは明らかにこれまでの悪惑と一線を記す。


『シンスケ様、お兄様、一撃で決めるしかありません』


「分かった!」


『来い! サンダーブリンガー!!』


 カムイと単独合体をした龍は落雷と共に姿を現すと、シンスケを足で掴んで飛び上がった。シンスケにも負けない速さで一気に雨雲を突き抜けて穴を開ける。

 ほんの数秒で大気圏まで到達すると、今度は大きく円を描くように回転してシンスケを地上に向けて思いっきり放り投げた。


「ほ、本当に大丈夫なの!? これ!!」


『はい! 私たちを──』


『仲間を信じろ!!』


「……ああ!!」


 スラスターとブースターは全て上向きに噴射することでシンスケの落下速度は爆発的に上がっていき、左足の腿甲は右足に移動して大地を穿つ鋭い刃に変形する。


『お前ぇらぁ!! いっくぜぇえええーーー!!』


 着地寸前でコアの第二装甲は自動でシンスケの体から離れて、悪惑を中心とした半径10mの範囲を囲うバリアを生成する。


『「メテオ──インパクトッ!!」』

 

 隕石の如く落下してきたシンスケの腿甲、悪惑が防御のために硬化した皮膚は風船のようにいとも容易く砕かれた。その圧倒的な破壊力と爆炎を前にして悪惑は成す術なく打ち倒された。

 コアが貼ったバリアのお陰で爆風や衝撃波は住宅地に一切届くことはなかった。


 悪惑の肉骨が塵の一粒すら残らずに消えたことで、戦闘センスと適応力の源だった男の子は拘束を解かれて地面に倒れる。その首に付けられていたチョーカーは跡形なく焼かれて消えた。

 男の子を見つけると、カムイは即座に合体を解除して駆け寄った。


「ジェット!!」


「…………ん……お姉ちゃん?」


「なんだよ、あの犬っころん中にジェットが入ってたのか……無駄にしぶとかった理由はそういうことか」


「やっと5人揃いましたね、兄上……と言っても3人までしか合体できませんが」


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