第33話 影が薄かったアイツ

 朝のショートホームルーム前、1年A組の教室の窓際席で立花シンスケは大きく溜め息を吐いた。落ち込んでいる理由は初夏の暑さではなく、昨日の夕方意中の人に放置されたこと。

 人生で最上級の勇気を出してチャットを送ったのに、結局本田カスミは約束の公園に現れることはなかった。


「おい、シンスケ! 昨日はどうだった?」


 チャット文のチェックをしてあげたショーゴはシンスケの背中をパシッと叩いてみたが、友人は困惑した顔で見つめ返してくる。


「花火大会は、あれ?……この会話前にも……」


「ん〜 そっか……何となくそんな気ぃしてた」


「会話が変だ! なんだこれ、王之ケイ⬛︎⬛︎⬛︎のみんなはど────」


 彼らの名前を口にした瞬間、ノイズが発生して強制的に修正される。

 それなのにショーゴは会話の文脈を無視して会話の再生を続ける。


「どうだろう、お前存在感無さすぎて忘れられたんじゃね?」


「ショーゴ、お前変だy──俺なんか変なこと言ってる?」


 立花シンスケという男は基本的に影が薄い。

 平均的、普通、そんなヤツいたっけ……中学時代までの人生はそういう風に言われ続けてきた。可もなく不可もない、ブサイクではないがイケメンでもない。

 そんな存在感がモブに等しい男でも初恋はする、その相手で高嶺の花の本田カスミ。


 失意の中、教室の後方扉から彼女たちが現れる。

 本田カスミと背後にいるスーツ姿の男。


「ディリュードさんさ、なんか忘れてる気するんだよね……」


「忘れ物ですか? 私取りに行きますよ」


「いや、そうじゃなくて。なんか……違和感が……てかどこまで付いてくんの? …………あ」


 教室に入って顔をあげた瞬間カスミはシンスケと目が合った、そして昨日忘れていたモノをようやく思い出した。

 後ろにいるディリュードとの出会いが強烈過ぎて、自分が呼び出されていたことを綺麗さっぱり忘れていた。


「シンスケくんだ!」


 カスミはすぐさまシンスケの机前まで駆け寄って両手を合わせた。


「昨日はごめん! 色々あって本気でシンスケくん? ……立花くんだよね?」


「う、ううん。本田さん無事でよかったよ。事故にでも遭ったんじゃないかって心配してたんだ (違う、そうじゃない! 会話がおかしい!) …………カスm──」


「やあ! キミはカスミさんの知り合いかい?」 


「え、誰」


 突如カスミの背後から現れたスーツ姿のキザ男に驚いて、シンスケとショーゴは一瞬腰が抜けそうになった。

 体格だけでなく、その表情の成熟さはどう見ても高校生じゃない。


「ちょっと! 話ややこしくなるからディリュードさんは外で待っててよ」


「あ、あの……お二人はどういったご関係で……?」


「関係と言われてもよくわかんないけど……ウチにいる、居候?」


 その言葉を聞いたショーゴはシンスケに耳打ちをした。


「(なぁ、居候ってことは同居だよな)」


「…………」


「どうしたんですか? シンスケくん、神妙な顔もちで私を見つめて」


 彼氏と勘違いしてないシンスケはもう一度改めてディリュードを観察してみたが、脳がその行為に拒絶反応を引き起こす。


「頭いでぇ……」


「は? 何の話? てか立花くん、昨日はなんか私と話したいことが──」


「やっぱ、会話がチグハグだ……」


 ドゴォーーーーーーン。


 外から突然の轟音に反応して振り向くが、割れるはずの窓ガラスは無事で爆破が起きた病院は炎上していない。

 それどころか周りの誰もが轟音に気づかないまま朝のショートホームルームを迎えようとしている。


「どうしたんですか? シンスケ、くん。狼狽えてますが、具合でも悪いんでしょうか?」


「変だこれ、夢の中にいるみたいで! これ悪⬛︎の仕業かもしれない…………み、みんなに会わなくちゃ……⬛︎⬛︎⬛︎のみ、んな……」


 苦しそうにディリュードを見つめていると、断片のような映像が過ってこの男の正体を思い出す。


「お前! 花火大会の──」


「しーー」


 ディリュードはシンスケに軽くデコピンして彼を再び眠りに堕とす。

 教室内の誰もがそれに気づかず、再生を止められない映像の如く日常生活を送り続ける。


「合体で体内に残った鎧の力が夢に抗っているようですが、それもいつまで続くでしょうか。ここでは誰も助けに来れません、ただの人間のアナタでは何もできませんよ」

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