第30話 花火はまだ上がらない

 8月28日、花火大会当日の夕方。


 地元だけでなく市外からも訪問客が多く来ているため、花火の打ち上げまでまだ早い時刻なのだが水吏街の大通りはすでに人で埋め尽くされている。彼らの話し声や笑い声は離れた住宅街からでも聞こえる。

 

「ねっ、ディリュードとストライカーくん! どうかな?」


 藍沢は自宅で浴衣に着替えて、嬉しそうにくるりと一回転してディリュードたちに見せてあげた。


「お姉ちゃんきれー!」 


「えぇ、とてもお似合いですが……いいのですか? お返事はまだわからないのにこんなにオシャレをされて」


 バスターとの約束では、今日合流した後に告白の返事をしてくれるはず。藍沢とバスターの生きた背景が違いすぎるので、ディリュードの言う通りどういう返事が返ってくるか全く予想がつかない。


「なんなら、私がお手伝いしましょうか?」


「……ううん、大丈夫。告白は自分でしたことだから、断られる覚悟はしてるんだ」


「ですが──」


「もう、時間みたい。行ってきます! 二人も花火大会楽しんできて!」


 笑顔で手を振って家から出る藍沢、またしても断られたディリュードはストライカーの頭を撫で始める。


「……鎧どもと関わったせいで心の隙が無くなってきましたね。肉体だけでなく心までも守るとは……そろそろ捕食範囲を広げるべきですね」


「でも邪魔者はどうするの?」


「フフ、鎧どもは確かに強力ですが……生身でも怪物だった王様と違って、はただの子供ですからね…………」







 水吏街商店街入口の付近。


 藍沢が待ち合わせ場所に着くと、すでに到着していたバスターはガードレールの上に座って待っていた。

 

「おまたせ!」


「藍沢! 浴衣、すげぇ似合ってんじゃん!」


「本当? 嬉しい……てか、商店街んなか人居すぎぃ」


「おいしそうな屋台ばっかだもんな。俺らも行こうぜ」


 商店街に入ろうとするバスターの腕を握って止める。


「ごめん、人多すぎてちょっと……隣の通りを抜けて土手のほうに行かない? そのほうが花火よく見えるし」


「おう! じゃあ、そっち行こっか。もし腹が減ったり喉乾いたりしたら俺買ってくるから」


「うん」


 バスターは自然に藍沢の手を握って繋ぐと、彼女に合わせた歩幅で歩き始める。

 告白の返事をまだ聞いてないが、藍沢はすでにその答えをなんとなく察して小さく微笑んだ。先導するバスターの顔を見られないが、平然を装った彼の耳は赤く染まっていた。


っ!」


「ん? どうした?」


「ふふ、何でもない。呼んでみただけ」


「お、おう」


 商店街から溢れた人々を避けながら歩くこと10分ほどで二人は土手に着いた。まだ真夏なので夜になっても暗くならない、そのおかげで街灯が設置されてない土手でも安全に歩ける。

 二人と同じ考えの人が多いのか、土手の周辺も案外人が多くて落ち着かない。


「みんな考えること一緒か」


「疲れてない?」


「うん」


「じゃあ、少し川の上流のほうに向かって進んでみようぜ。多分もう少し人が減って落ち着けると思う」


「そだね」


 人の密集度が下がったのに二人はまだ手を繋いだまま、今度はバスターが先導するのではなく横に並んで一緒に歩く。

 藍沢はゆっくりと沈んでいく夕日をぼんやりと眺めながら質問した。


「そういえば、本田さんとバスターの兄妹のみなさんも来てるの?」


「あぁ、来てるよ。みんな商店街の中にいるはず」


「そっか、いいね………バスターってさ、ずっとここに居ない?」


「わかんねぇ。やるべきことを終えたら、俺はまた眠りについちまうかもしれねぇ」


 なんとなくそんな気がしてたけど、いざ実際にそれを言葉にされると堪える。バスターから聞いた古代の話、悪惑あくまから人間を守っている話、どれも信じがたい内容だったけど実際に目撃したから信じるしかなかった。


「だけど、できることなら俺は…………このまま普通の人としてこの時代を生きて、もっとたくさんのものを見て、知って……」


 バスターは歩みを止めると、藍沢の手を少し強く握りしめた。


「バスター……」


「使命とか約束とかのためじゃなくて、俺自身が藍沢の笑顔を守りたい──」


 陽は落ち、赤く照らされていた街は影に覆われていく。

 顔を逸らす藍沢の表情がよく見えなくなったが、繋いだ手から変わらぬ温もりが伝わってくる。


「藍沢の好きに応えられる気持ちかどうかはわからないけど、俺はこれからもっと藍沢のことを知って好きになりたい」


「──だから……重いっつうの。へ、返事は一言でいいんだよ」


「す、すまん」


「うん……とりあえず、よ、よろしくお願いします…………あっ! あとさ」


 話す声がどんどん小さくなっていく藍沢、最終的に空いてる左手で顔を隠した。


「……もみがいい、です」


「悪ぃ、聞こえなかった。藍沢、なんて?」


「もう! 聴力いいんじゃなかったの!! あ、藍沢じゃなくて、トモミがいいの!」


「おう、トモミ」


「もーー! なんで私だけ恥ずかしがってんだし!」

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