第29.5話 王とは、人とは
角笛の低く響く音色と共に、当代の王であるグレマは臣下を怒鳴りながら城壁の階段を上がっていく。最上階に着くと、城外には信じがたい光景が広がっていた。
世界の中心と謳われるゲイドゥ王国の首都を囲うおびただしい数の兵隊、それが城門前から地平線の向こうまで続いている。
多種多様な国の人間の他には魔族や精霊も軍隊に参加している。対して、グレマの率いる城内の兵隊はたったの5万人。
グレマが城壁の上で顔を見せると、包囲してる軍隊の長らしき男が前に出て大声で話しかける。
「愚王グレマ! 我が兄上! 直ちに降伏せよー!」
「くそ……グドロ、何のつもりだ? 国家を転覆する気か!」
「酒池肉林に溺れ、権力を振りかざして民を苦しめるだけでなく、親交のある他国への侵略行為……貴様こそ、国家を転覆させている張本人だ!!」
弟の一言一句が全て図星だったようで、グレマは顔が真っ赤になるほど激怒して声を張り上げる。
「旅で遊んでただけのクソガキが! その薄汚い口を閉じていろ!」
城壁上で構えている兵士たちのほとんどは形だけ、全世界の連合軍を目の前にして誰もが敗北を確信していた。
「その結果、俺にはたくさんの仲間ができた!」
「預言師様が言っていた世界の滅びはもうすぐやってくる! もうどうしようもないんだ、だったら今を愉しんで何が悪い!?」
「たとえ滅びは避けられなくとも、魂と心は受け継がれる。恐怖を直面しても自身に誇れる自分に成れる、それこそが人と獣の最大の違い」
グドロが両手を広げると、その背後の遠く離れた空中庭園から五つの光が飛来して鎧として彼を守る。旅の果てに出会った愛する女が作ってくれた武具、鎧の着用は初めてだが違和感なく体に馴染む。
「ただ悦に浸るだけの獣で居たいのなら玉座から降りろ! 俺は仲間と共に最期の一瞬まで避けられない滅びと向き合う……俺なら国のために、自由も幸せも日常も命も全て捨ててやれる」
グドロという男は生まれつき体が弱く、お世辞にも王の器と言えるような人物ではなかった。それゆえ、彼は追放にも近い形で国から追い出されて世界中を旅した。せっかく手に入れた自由と人を惹きつける優しい性格を武器に、気が付けば世界中の人々と同盟を結んでいた。
そして今日グドロは仲間への恩返しとして、ありったけの自由を捨てる代わりに責任を手に入れることにした。
「昔から……グドロ、貴様は昔からそうだ……いつだって俺の大切な物を奪っていく……クソ! お前ら、遠慮すんな! 敵を殺せ!!」
「違うよ……兄上はいつだって自分で大切なものを手放してるだけ」
血の繋がった親族を討つ覚悟なんてとっくにできていたと思ったが、旅でグドロを助けてきた優しさが邪魔をする。
もう一度覚悟を決めようと振り返って仲間たちの顔を確認する。
心魔から助けてくれた異種族の取引相手、霊洞の大悪惑ディリュード。
護身術と剣術を教えてくれた青年、東洋で出会った隻腕の黒大俠。
天空庭園を守る雷鳴の古き龍。
ゲイドゥ王国の侵攻で故郷を滅ぼされたミレヅ族。
「……さようなら、兄上」
世界中で繋いだ縁、数え切れないほどの仲間たちがグドロの号令を待つ。
「────ッ!! ゲイドゥ国王グレマを討て!!」
グドロという人間は地上から消え、代わりに新しいゲイドゥ国王が就任した。
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