第29話 未来を見てきたその瞳で、

「俺のことが……」


 真っすぐと見つめて藍沢の瞳が直視できなかった。過ぎた言葉と約束が頭を巡ってバスターを迷わせる。

 かつて王之鎧ケイゼルの所有者は優れていたがゆえに公正を徹底し、人として必要な恋・愛・憎の感情を自ら捨てた。それは側近のバスターもそうしようとした。力を持つ人間はその才能を社会に貢献しなければいけない、上の立場に上がれば上がるほど普通の人間として生きられなくなる。


「……わりぃ、考えたことなかった」


「…………な、何マジになっちゃってんの? 冗談だから今まで通りに──」


 涙を見せないように藍沢は立ち上がったが、バスターはすかさず彼女の腕を掴んで引き留めた。


「考える時間をくれないか?」


「……」


「藍沢には話したけど、俺本当は現代の人じゃないって。昔は本当に毎日が戦いで、いつも見てた風景も考えてた事も戦争のことばかりだから……女の子に好きって言われたことなんて一度もなかったし…………ただの人として生きていいのかどうかが、わからねぇ」


「バスターさん……」


「藍沢の言葉は冗談じゃないってことぐらいはわかる、だから俺も中途半端に返事できねぇ……悪りぃ、少し考える時間がほしい」


 数秒の沈黙が流れた後、藍沢は再びバスターの横に座って残りのチュロスを食べ始めた。


「じゃあさ、明後日の花火大会いく約束だったでしょ? その時に返事聞かせてよ」


「あぁ……ありがとう」


 自分のチュロスを完食した藍沢はバスターの手を握って寄せると、強引に一口パクっと食べた。


「フフっ、結婚じゃないんだからさ、空気重すぎぃなんすけどー」


「すまん」






 同日の深夜、本田家。

 喉が渇いて起きてしまったカスミはある違和感に気づく。


「バスターさんのイビキ聞こえない? ……どうでもいっか」


 目を擦りながら1階に降りるとリビングの照明がまだついていて、ソファにはバスターが深刻そうな顔で横たわってる。

 カスミは冷蔵庫を開けながら悩める居候に声をかける。


「最近藍沢さんとよく遊んでるっぽいけど、なんかあったの?」


「告白されたっす」


 予想外すぎる返答にカスミは口に含んだ麦茶を噴き出してせき込む。

 身近過ぎたせいで全く意識してなかったが、改めてバスターを見てみると高身長かつイケメンだからモテないほうがおかしい。

 バスターの分のコップを持って横に座ると、カスミは麦茶を注ぎながら質問を続けた。


「良かったじゃん、なんでそんな深刻そうな顔すんの? 嫌いなの?」


「嫌いじゃないっす! ただ…………」


「ただ?」


 バスターは仕舞い込んだ思い出をゆっくりと引き出しながら自分の心情を語った。


「昔って、特別な力と才能を持った人が率先して国を統治してたから色々乗り越えられてたんっすけど、それと引き換えに前に立つ者は人として必要なモノを自ら捨ててたんっす。誰かと恋愛して幸せになるとか、心を通じ合った友を放棄するとか……色々……」


「バスターさんもそうだったの?」


「はい! 戦いに喜びを感じ、ただの王の兵器として生活するように命令されて……もちろん、それはとても名誉のあることだったから、俺もそれでいいと思ってたっす。でも…………いざ藍沢の笑顔を前にしてっと、断るべきなのに言葉が詰まっちまって」


 バスターは顔を上げると、テレビの真っ黒の画面に反射して映るカスミの顔であの人との約束を思い出す。ポケットに仕舞ったサングラスを取り出して懐かしそうに見つめる。


「それに、俺は姫様に……あ、俺の母親のほうの姫様っすけど。彼女とは約束を交わしたんす」


「約束?」


「俺たちのように長生きできない彼女の代わりに、たくさんの未来をこの手で守りこの目で見て来いって……俺、そんな大事な約束をほったらかしにしてただの人として生きるなんて、勝手すぎるっすよね?」


 そう聞いたカスミはバスターの肩を軽く叩いて笑って返した。


「姫様はアンタたちのお母さんなんでしょ? だったらアンタたちを束縛なんてするはずがないもん」


「な、なんでそんなこと言えるんっすか!?」


「本当にあなた達兄妹に武器として造ったのなら、わざわざ心を与える必要はなかったはずだし、自分の代わりに未来を見させるよりも長生きの研究をしたほうが効率いいじゃん」


「確かに……」


 バスターに向かってニカッと笑うカスミはあの頃の、思い出の中の彼女ははおやとそっくり。もう嗅げるはずがないのに、あの懐かしい洗髪香油の匂いを思い出してしまう。


「シンスケくんがさ、言ってたんだよ。日常って貴重なモノだって……私もそう思うようになったんだ」


「はい……」


「お姫様もきっと、そんな日常の貴重さを知っていて憧れてたんじゃないかな」


「たくさんの未来を守って……たくさんの未来にちじょうを代わりに見ろ」


「うん。最後には未来を見てきたその瞳で、どう生きるべきかを自分で考えて選べって意味だと思うよ」


 幼い頃、空中庭園で母親に抱っこしてもらったときの柔らかくすべてを包み込むような優しい声、3万年が経っても変わってなかった。

 彼女から渡された麦茶を豪快に一口で飲み干すと、バスターは力強く立ち上がった。


「貴重なモノは大切にしなくちゃ、っすよね! ……ありがとうございました、姫様」


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