第28話 キミは笑っていた

 水吏すいり街の中心に位置するショッピングモールの3階にある映画館の前。

 博物館見学の日に助けてもらったお礼ということで、バスターは藍沢に言われるがままここまで連れてこられた。


「おい、ここ演劇場なのか? なんか薄暗いし、どちらかというと預言師様の館っぽく見えるけど?」


「バスターさん、映画館来たことないの? こういうもんだよ! ほら、早く入ろう」


 背中を押されて建物内に入るとバスターが想像していたお香の臭いで充満する怪しげな雰囲気はなく、むしろ家族連れや恋人の来客が多くて意外と賑やか。

 藍沢は勇気を振り絞ってバスターの手を握って一緒に上映スケジュールのパネルまで歩いていくと、今度は嬉しそうに微笑んで質問する。


「バスターさん! 見たいやつある?」


「悪りぃ、ウチの妹はよく季節の演劇を観てたけど……俺そういうの全然詳しくねぇや。藍沢が観たいやつで良いぜ!」


「わ、私が観たいヤツか……」


 二人はペアセットのポップコーンと映画「ストロベリーメモリー」のチケットを握りしめてシアターに入場した。

 毎年の夏に公開されるよくある青春恋愛映画なので、藍沢は上映前広告が終了するまでずっとバスターが楽しめるかどうか不安だった。


「も、もし面白くなかったら全然言っても大丈夫だからね」


「おう、わかった」


 1時間半後。

 シアターから出る藍沢の横に歩くバスターは大号泣していた。これほど涙脆いだったのかと驚いたが、自分の選んだ映画をここまで楽しんでくれたって考えるとなぜか嬉しくなる。


「ひっぐ……あの苺、二人の絆の象徴だったよな……!」


「なんか考察までしてる……大丈夫?」


 藍沢から受け取ったポケットティッシュで鼻を拭くと、バスターは無邪気な子供のように感謝を述べた。


「劇ってこんなに面白かったんだな! ジェネシスの奴、もっと早く教えてくれても良かったのに。藍沢、今日は連れてきてくれて本当にありがとう!」


「良かった、楽しんでくれて! ……あのさ、お礼じゃないけど……また、こ、こういう風に一緒に出かけない?」


「ああ、いいぜ! つーか、俺たちもうダチなんだからお礼とかそういうの気にしなくていいんだよ」


 この日以降、藍沢は話した通りほぼ毎日に近い頻度でバスターを遊びに誘うようになった。

 

 買い物の付き合い、初めてのゲームセンター、美味しい料理店を巡る散歩、徹夜のカラオケ……

 時を重ね、言葉を重ねることで二人の距離は少しずつ縮まっていく。それと同時に夏休みの終わりもゆっくりと迫ってきた。







 8月26日。


 藍沢はこの快晴の日に意中の人を「りょくのランド」のプールエリアに連れてきた。更衣室で気合いを入れまくった水着に着替えて出ると、バスターは先に着替えを終えて通路で待っていた。

 身長190cm超えかつギリシャ彫刻のような美しい筋肉を持つバスターは、ただ立っているだけで男女問わず他の客たちの注目を奪う。


「お、お待たせ! 水着、どうかなっ?」


「藍沢に似合っててすごく美麗だぜ!」


「ふふ、美麗って。相変わらずちょっと変な褒め方するの、面白いんだけど」


「へ、変か?」


「そんなことより、はい!」


 映画館の時と違って今度は堂々と手を出すと、バスターは自然と藍沢の手に自分の手を乗せて繋ぐ。


「早く! あのスライダー楽しそう! 早く乗ろっ!」


「あぁ! 手繋ぐ必要あるか?」


「あるの! 人いっぱいいるじゃん、バスターさんが逸れたら迷子放送しなきゃいけないじゃん」


「ま、迷子になんねぇし!」


「えへへ、本当かな〜?」


 階段を登りきるとバスターたちは二人乗りのゴムボードに案内される。藍沢は先に座ったバスターに密着するようにその前に座ると、今度は自分の腰を抱きしめるように彼の両手を掴む。


「楽しそう〜 離さないでね!」


「お、おうよ!」


 準備を終えると、係員は二人を乗せたボードを押し出す。

 曲がりくねったスライダーを滑って落ちていく。体が左右に激しく揺さぶられながらバスターは大声で悲鳴をあげるが、そんなバスターの情けない声が面白くて藍沢は楽しそうに両腕を上げて爆笑する。


 二人を乗せたゴムボードがどんどん加速していくと、最終的に他の客も集うメインエリアのプールダイブする。


「な、なんだこれは!? 最新の拷問器具か!?」


「アハハハハ!! バスターさん、顔面白すぎ!」


「ちょっと休憩しねぇか?」


「ダ〜メ! ほら次行くよ!」


「マジっすか……」


 ビビり散らかすバスターの腕に抱きついて、藍沢は施設のあちこちにバスターを連れ回す。

 昼を過ぎてやっとスライダー系を全制覇した二人は休憩スペースまでやってきた。元気いっぱいの藍沢と違ってバスターは疲労で顔が十歳ぐらい老けてしまった、そんな彼に藍沢は買ってきたチュロスを分けてあげた。


「ごめんごめん、楽しくてついつい回っちゃった!」


「ぜ、全然っ、余裕……」


「じゃあ、もっかい行く?」


「すんません、勘弁してください」


「アハハっ」


 年相応に笑う藍沢を見て、バスターは夏休みの最初に出会ったあの余裕のない彼女を思い出して小さく微笑んだ。


「……藍沢が笑顔になって良かった」


「へ?」


「ほら、前はもっと……今にも消えちゃいそうな雰囲気があったから」


「そう見えてたんだ……今は? どう見える?」


「健康的で可愛らしい普通の女の子」


 藍沢はチュロスを一口食べてからさりげなくバスターとの座る距離を詰めた。


「バスターさんはそういう健康的で可愛らしい普通の女の子って好き?」


「好きだよ」


「じゃあ、私は?」


「あぁ、藍沢も好きだぜ!」


 「好き」という言葉を聞いた瞬間、藍沢の両肩がビクッと震えた。しかし、彼女は即座に理解した。

 バスターの語る好きは区別された好きではない。「チュロスが好き」と「藍沢が好き」のように差がない。だから藍沢は避けてきた核心に触れることにした。


「女として?」

 

「え!? ……あ、えっと……あ、藍沢は?」


「男として、好きだよ」


 藍沢は火照った顔でバスターを見つめ返す。


「バスターさんのこと……好き」



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