第27話 彼女たちの気持ち

 8月10日、藍沢のアパートにディリュードとその助手のストライカーが来ていた。今日の藍沢は普段と違ってベッドの上で寝転がりながらスマホを見てニヤニヤしてる。

 負の感情がいくつも抜き取られたのに、いまだにこれほどの人間らしさが残されていることにディリュードは驚きを隠せない。


「お姉ちゃん、なんか今日楽しそうじゃん! 何見てんの?」


「ほら、ストライカーくん失礼ですよ……と言いつづ、私も気になります」


「えへへ〜 気になっちゃう〜?」


 宿主の笑みに苛つきを覚えるがそこは何とか堪えて話を続けた。


「何か面白い動画でも見てるんですか?」


「写真だよ、これ」


 藍沢が見せた写真は先日の博物館登山前の集合写真、藍沢とその隣に立つバスターがツーショットに見えるようにズームされている。

 彼女のテンションと写真でディリュードは全てを察した。


「好きなんですね、彼のことが」


「…………う、うん! でも……」


「でも?」


 藍沢はスマホをストライカーに渡すと、枕を恥ずかしそうに抱っこして続けた。


「バスターさんって言う名前の人なんだけど……バスターさんハーフで休みの間だけこの街に来てるらしいの。だから……もし、つ、付き合えることになっても……」


「彼が遠くに行ってしまう、のが嫌なんですか?」


「……うん。もしそうなったら、きっとつらいから」


 人という生き物はその気になればどこへだって行けるが、その事実を知っているのは大人だけ。まだ子供の彼女は旅を知らない、世界の広さを知らない、例え遠く離れていても会いに行けることを知らない。

 ディリュードはそんな彼女に甘い言葉を投げかける。


「消しましょうか? そのつらさ。そうすればそのバスターさんとは楽しい時間だけを過ごせて、楽しい記憶だけが残りますよ」


「え、本当!?」


「私今まで嘘ついたことありませんよね? それに私はトモミちゃんの頼れる友人です、アナタの幸せを願っての提案です」


「う、うん。嬉しい……」


「では」


 ディリュードが手を伸ばしたその時、藍沢はふと視線を落としてストライカーと目が合った。藍沢を見つめるストライカーの目は虚ろだが表情は苦しそうでもがいているように見える。

 その瞬間、藍沢の脳裏にあの日のバスターの言葉が過ぎった。


「私は、ただいるだけで……正しい…………ごめん!」


 ディリュードの手を払った藍沢は立ち上がった。


「何でもかんでもディリュードに頼っちゃダメだよね! 私の事なんだから、自分で決めなくちゃ!」


 そう言うと藍沢は上着を羽織って家から駆け出した。

 残されたディリュードはただ無言で拒絶された右手を見つめる。


「トモミちゃんまで……私を拒絶するのですね」


 胸の内で暴れるよくわからない感情に駆られて、ディリュードは思いっきりストライカーの腹に蹴りを入れたと思いきや、今度は痛がってる彼を優しく抱きしめた。


「……すみません、そんなつもりはなかったんです。痛くありませんか?」


 ディリュードは3万年前に王から言われた言葉を思い出す。まさに彼の言う通り、このような生き方をしてるからずっと独りぼっちなんだって。

 人の感情を喰らい支配するくせに独りであることを耐えられない、人を傷つけるくせに友情に憧れる、まさに矛盾の化身そのものである。







 本田家。

 アルバイトでコアが不在の中、バスターは昼食の食器の片付けをしていた。一方でジェネシスはカスミの膝枕でテレビを観ているが、当のカスミはスマホを弄っているので全く気にしてない様子。


「カスミさん、見て見て!」


「今ムリ」


「花火大会だって! 今月末に花火大会やるって!! 行きたい行きたい行きたい〜 連れてって〜」


 ジェネシスは足をバタバタさせておねだりするが、カスミはスマホに注視したままで気づかない。


「ん〜…………」


「聞いてます?」


「…………」


 スマホ画面を見つめて何か煮詰めたような表情を浮かべるカスミ、バスターは食器の泡を流しながら妹に注意する。


「姫様は忙しいんだよ、ジェネシス邪魔すんな」


「うっさいし無職」


「お前だってバイトサボって──」


「……! 花火大会なんだけど、ジェネシスたちはママと一緒に行って。私、一緒に行けない」


「なんでよ?」


 スマホの用事が終わったのかカスミはぶっきらぼうに会話に割り込むが、一緒に行けないという返事にジェネシスは不機嫌になった。

 膝枕したまま仰向けになってカスミのスマホをスッと奪ってその内容を確認した。


「ちょっ──」


「ん? 『カスミさん、今度の花火大会行かない?』……シンスケじゃん!? 『いく』だって!!」


「バカ音読すんな!!」


「『みんな、祭り初めてだよね?』『みんな、じゃなくて。二人で行きたいかも』……へぇ〜〜〜〜」


 そこまで読んだジェネシスは新しいおもちゃを見つけた時の子供のようにカスミを見つめる。当の本人は両手でも隠しきれないほど頬が赤く染まっていく。


「うへへ、そういうことでしたか、カスミさん〜! 男と一緒に遊ぶから一緒に行けないと、ねぇ〜」


「……何とでも言えし……もう、返せ!」


 スマホを奪い返すと、カスミはスマホを握ったまま真っ赤になった顔を隠す。


「もぉーー! 勝手に見んなぁ……」


 ピーンポン。


 女子二人は戯れ合っていてインターホンに気づかないので、バスターは慌ててエプロンで手を拭いて玄関に出る。

 ガチャリと扉を開くと、そこに立っていたのは先日身を挺して助けた藍沢トモミ。


「あ、バスターさん……」


「ん? 藍沢じゃねぇか! 今姫さ──じゃなくて、カスミさんを呼んでくるぜ」


「待って! 今日用があるのは本田さんじゃなくて、ですね……」


 藍沢はモジモジしながらバスターの顔を見上げる。


「用があるのはバスターさん、です」 




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