第19話 今を生きる人間

「カスミィ……さぁ……んッ……やばい、足場が崩れてうまく力が入らない!」


 シンスケと繋ぐカスミの右手が少しずつ体重につられて下がっていく。ただでさえ一人の人間を引き上げることは困難なのに、テラスの床が刻一刻と崩れていく。

 

 一方で博物館内は戦闘の影響で天井を支える柱が崩壊しており、ジェネシスは人柱となって出口までの通路の天井を広げた翼でなんとか支えている。

 逃げ遅れた見学客の大半が高齢者で、彼らは揺れ動く通路を進めずに上手く脱出できずにいる。カスミたちを助けに行きたいのに身動きが取れないどころか、少しずつ建物の重さに押しつぶされていく。


「コア兄さんッ!! ここで戦わないで! アタシもう余裕がないから!」


「俺もッ! そうしたい所ですが…………カムイ、ちょっと痛みますので先に謝っておきます」


 カムイの蹴りの受け流すとコアは手加減をやめて彼女の顔面にパンチを思いっきり喰らわせる、怯んだ一瞬の隙で妹の細い首を掴んで崖下の湖に投げ入れる。

 そしてそのままくるりと方向転換して、逃げ遅れた見学客たちを抱えて山道側に連れ出す。博物館が無人になったおかげでジェネシスは即座に建物から飛び出て、カスミとシンスケを持ち上げて山道側に下ろした。


「た、助かった……ありがとうシンスケくん、ジェネシスさん」


「ごめん、アタシがちゃんとしなきゃいけなかったのに……」


「タイミング悪いのは重々承知ですが、落ち込んでる暇はありません──」


 コアは自分の服のホコリをはたき落としながら三人に近づく。カムイの攻撃をあれだけ喰らったのに目立った外傷は一つもない。


「カムイはまだ暴走したままなので、私はこれから下に行って交戦を続けます。それに兄上バスターも落下に巻き込まれてますので彼の捜索も行う予定です。ジェネシスはみなさんの安全確保をしてください」


 返事も聞かずにコアは走り出して下緑湖に向かって飛び降りた。

 それを見たカスミはすぐに立ち上がってシンスケとジェネシスの背中を押す。


「さっきの人、王之鎧ケイゼルの人でしょ? ほら、二人も手伝ってあげて」


「そ、そうですけど……カスミさんは?」


「私はシンスケくんみたいに戦えない、だから私は自分のできることを精一杯する! ここの避難の手伝いは任せて!」


「で、でも……」


「わかった、行こうジェネシスさん!」


 シンスケはジェネシスの手を引いて歩き出す。

 自分たちは王之鎧のような超人ではない、スーパーヒーローのようになんでもできるわけでもない。ならばカスミの言う通り自分のできること、自分にしかできないことを精一杯するだけ。


「この時代の人間を、信じてみろ……ってか」


「ジェネシスさん?」 


 自分の前を歩く少年の両脇を抱えて、白銀の翼を広げて飛び立つ。


「────顔を上げろ、いくぞ! シンスケッ!!」


「はいッ!!」






 緑ノ博物館崖下。


 藍沢は暗闇の中で目を覚ます。

 ハッキリしていく意識と共に男の吐息が鮮明に聞こえるようになる。


「はぁ……ハァ……うっぐっ…………やっと、目ぇ覚めたか……」


「……? ……え、バスターさん!?」


 バスターはその筋肉隆々の両手を藍沢の顔の左右に置き、二人は暗闇の中で壁ドンならぬ床ドンの体勢をキープしている。

 動揺して周囲を見渡す藍沢にバスターは苦しそうな声で現状を伝えた。


「な、なんですか!? こ、この……体勢?」


「悪りぃ、俺もそんな余裕ねぇ……岩とか、瓦礫がドンドン……落ちてきて」


 バスターの背中の上には崩落した大量の岩とコンクリートが積んでおり、真夏の日差しが一切届かない程の重圧で生き埋めされている二人。

 いかなる超人でも耐えられる限度というものがある。


「ごめんなさい! 私のせいで──」


「言ったろ! お前は生きているだけで正しいって……うぐ……俺ぇ、俺たちは……未来に生きるお前らの……ハァハァ……謝罪を聞くために体を張ってんじゃねぇ!」


 上から瓦礫が落ちてくるゴツゴツの音が響いて、バスターの表情の苦しさが徐々に増していくが、藍沢のために作ったスペースは少しも狭くならない。

 もう恐怖は感じないのに胸の鼓動が加速していく。不思議と感じていたが、目の前のバスターの瞳を直視して藍沢は何となくその理由がわかった。


「謝罪じゃなくて…………ありがとう、ございます」


 言い慣れた言葉のはずが、バスター相手に一文字ずつ口に出すと顔が熱くなっていく。


「あぁ、それで良い! …………もう持たないから抜け出すぞ……俺の……肩をちゃんと掴んでろよ…………せーので行くぞ!」


「うん……」


 藍沢は体をバスターに密着させて両肩をしっかりと掴んだ。


「よし……せーーのっ!!」


 掛け声に合わせて、バスターは前に向かって全力で跳ねた。

 邪魔な岩石を吹き飛ばして外に飛び出す。瓦礫の山から抜け出た途端バスターは片手で藍沢を抱えて、もう片手で地面に突き刺してそれを軸に受け身をとってみせた。


「自力で抜け出ましたか、兄上」


「バスターさん!! 無事で良かった!!」


 藍沢を降ろすと、湖の岸でシンスケたちとコアが集まってカムイと対峙していた。


「悪い、藍沢……ここから先は一人で逃げてくれ」


「藍沢さん、ですね? 湖の右奥に川があります。川沿いで進んでいくとアクティビティの準備施設とスタッフがいますので、そちらに向かってください」


 顔の熱さを隠すように走って去る藍沢を見送ると、王之鎧ケイゼルの三人はシンスケを囲うように並んだ。


「お兄ちゃん、遅い」


「主役は遅れて登場するもんだろ……コア、久々だぜ」


「えぇ、兄上。相手は手加減なしのカムイです、油断しないように」


 復帰したカムイは地球の磁場に乗って浮き上がって、まるで湖の水面の上を優雅かつ迅速に走って接近してくる。

 そして、光に包まれたシンスケたちは高々と叫びをあげて迎撃する。


「『王之鎧合体ケイゼル・コンバイン、モード: スカイバーストソルジャー!』」

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