第18話 絶体絶命

 緑野山は標高が極めて低い山で、僅か30分足らずで山の中間地点に位置する博物館に着ける。到着したカスミたちは休憩がてらテラスで博物館の反対側の風景を眺めていた。

 登ってきた山道の反対側には大きな湖・下緑湖しもりょくことその奥に続く天然の川があって、今の時期では川下りやカヌーといったアクティビティも運営されている。


「本田さん、立花くん、風気持ちぃー!」


「みんなおつかれ。俺、なんかジュース買ってこようか?」


「うん、シンスケくんお願い……あれ? バスターさんたちは?」


「なんか、先に展示見てくるって」


「えぇ〜 こういうのって普通一緒に見るもんじゃないの?」


 バスターとジェネシスは見学なんかのためについて来たわけではない。覚醒してから各々の活動が始まるまで、まだ意識がハッキリしてなかったので確認できてないことがあったのだ。


 二人は館内を足早に一周して合流すると、互いに小声で報告し始めた。


「お兄ちゃんのほうはあった?」


「ない……姫様が作った悪惑あくま封印用の牢とその破片がない、俺たちのすぐ近くに埋めてあったはずなのに……」


「そのくせ、取扱説明文が書かれた石碑は発見されてんすよね」


 目の前に展示されている巨大な石碑の紹介コーナーによると、書かれている古代文字は現在も解析中なのだが、これらの発掘品自体が未発見の古代文明を証明する証拠だと。


「……となると俺たちが目覚めるよりも前に、何者かが悪惑あくまの封印を解いたんだ」


「うん。それで先に目覚めた悪惑あくまが眠っていたアタシたちの記憶に細工して、その後自分の情報に結びつく遺物を持ち去ったんだ。予想が当たっていれば、その悪惑あくまは自分の封印を解いた人間に取り憑いてる可能性が高い」


「……だいぶ先手をとられたな、これ」






 同時刻、博物館が見える下緑湖の向こう岸。


 ここでは博物館を訪れる見学客が豆粒サイズにしか見えないのに、彼らが確認できない崖造りの柱がよく見える。

 そんな人類の築き上げた文明の歴史を嘲笑うようにディリュードは革手袋をつけたまま拍手した。


「壊し甲斐ありそうですね……時に、は吊り橋効果というものをご存じですか?」


「…………どうでも、いい」


「ふふ、頭を少々キツく縛りすぎて上手く話せなくなっちゃいましたか」


「…………」


 ディリュードはライトニングに見せつけるようにストライカーの頭を撫でながら説明を始めた。


「不安や恐怖を強く感じる場面で出会った人物に対して、恋愛感情を抱きやすくなる現象です。それをサービスとしてトモミちゃんに体験させるのです……フフフンッ、もう彼女にそんな感情は残ってませんが面白いのでやりましょう。お願いできますか? ライトニングちゃん」


「…………あぁ」


「中に着いたらコレを解き放ってくださいね」 


 ディリュードはライトニングにキューブ型のカプセルを投げ渡したその時、彼らの背後からある男が柔らかく重厚な声色で話しかけた。


「すみませーん」


「どちら様ですか?」


 声掛けた男は真っ白なTシャツにジャージという極めてラフな格好だが、ディリュードはそんな全く気づかれることなく気配を消して近づいてきた不審者を警戒した。


「最近、近くの川でレスキューのお手伝いを始めた者ですが……ハハ、今ちょっと迷子を探してまして〜」


「そうですか。私は見てませんね、この辺で迷子と──」


「何と呆けてんだ、てめぇのことだよ」


 瞬きした次の瞬間、男はすでにディリュードの真後ろに回り込んでその左腕を掴んで捻っていた。それを阻止しようとライトニングは蹴りを放ったが、男は容易く彼女の足首を掴んで受け止める。


「俺の弟妹きょうだいはてめぇなんかのオモチャじゃねぇんだよ、クソ悪惑あくま


「アナタ、君護コアですね……」


 コアはディリュードの背を踏みつけて、耳障りな粉砕音と共に彼の左腕の骨を捻って砕いた。


「ゔぁぁあ……ストライカーくんはこちらに……ライトニングちゃん、ヤツを処分しなさい……」


 ディリュードを逃がさまいと追いかけようとするも、ライトニングは命令に従って雷を込めたハイキックでコアを博物館まで蹴り飛ばす。

 両手で妹の蹴りを防いだおかげで負傷こそしなかったが、不可抗力で博物館とテラスを支える柱を破壊してしまう。


 博物館内はこの時点で大騒ぎになったが、ライトニングがすかさず高速移動して博物館内の壁に叩きつけられたコアにもう一度膝蹴りを喰らわせたせいで、博物館とテラスは土台の崖と共に少しずつ崩落し始める。

 

 その場にはもちろん彼ら5人もいる。


「お兄ちゃん、あれ見て! コア兄さんとカムイ姉様だ!」


「ジェネシス、避難を頼むッ!!」


 ジェネシスに腕を引っ張られるバスターはこの時、真逆の方向を注視していた。そして次の瞬間には崩落に巻き込まれた藍沢に向かって崖からダイブした。


「バスターさんッ!」


「動くと死ぬぞ!!」


 常人である藍沢が怪我しないように抱きしめると、バスターは崖上に視線を向けた。


 山道側に向かって走る見学客たち、翼を広げて逃げ遅れた人間を助けるジェネシス、兄妹喧嘩を繰り広げるコアとカムイ。

 そして同じくてテラスに居たのであろうシンスケは、今にも落ちてしまうそうなカスミの手を掴んで引き上げようとしているが、足場がどんどん崩れていくのでカスミの重さにつられてシンスケも少しずつ体勢を崩していく。


 尖った岩肌に打ち付けられながら、バスターは改めて今回迫った危機の大きさを実感して落ちていった。


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