第12話 バイト、クビになっちゃいました
「よっと……ひーめ様! ここに居たのか」
カスミを見つけたジェネシスは翼をスッと仕舞い込んで着地した。
「えっと、ジェネシス、さんだっけ……バスターさんで麻痺しかけたけど、やっぱ外で姫様呼びされると死ぬほど恥ずい」
「そうか、ん〜じゃあ、何で呼べばいいですか?」
「普通にカスミって呼び捨てでいいよ」
「わかりました、カスミさんね。お母様の転生体に呼び捨ては流石に畏れ多いから」
「え、姫様って人……ジェネシスさんたちのお母さんなの?」
「ヒヒ、そうだよ〜」
無邪気に笑うジェネシスはどこか幼くて、戦闘中の雰囲気と違って母性をくすぐるような可愛さを持ち合わせていた。
ちょっとだけ打ち解けたところでジェネシスは自然にカスミの両手を握った。
「モードチェンジ」
「え」
次の瞬間ジェネシスはシンスケのときと同じように兜と翼に変身した。
しかしシンスケと違う兜のデザインはより開放的で女性らしくなり、2羽だった翼は6羽に増えていてより天使に近い外見になった。
カスミは何が起こったのかもわからず、されるがまま翼に持ち上げられて西三番通りを飛んでいく。
破壊された建物や車、負傷した被害者たち。ジェネシスが起こした風に触れられるとたちまち元の姿に修復されていく。
「す、すごい! 街がどんどん直っていく……」
『へへ、すごいっしょ! これも戦いが嫌いなカスミさんにしかできないこと』
「私にしか……できないこと」
『うん! 飛ぶの初めてですか? 気持ちいいでしょ?』
「めちゃ気持ちいい〜」
シンスケの気持ちを初めて体験できたかもしれない。
先週初めてバスターと一緒に戦ったあの日のシンスケもきっと、必要とされて嬉しかったはず。
だが、それでもカスミはシンスケに戦ってほしくないと考えてしまう。今回はたまたまジェネシスが助けに来たから命拾いしたが、もしそうでなかったらシンスケは両足折れたまま体を貫かれて死んでいたはず。
修復されていく街を眺めながらカスミは頭のモヤモヤを胸の奥に押し込んだ。
同日の夜9時、本田家。
疲れたと言ってバスターはシャワーに入って速攻で爆睡した。
食器の片付けを終えて一息吐こうとカスミがエプロンを畳んだところ、もう鳴るような時間帯ではないのに本田家のチャイムは来客を知らせた。
「はぁ、誰? こんな夜中にぃ……」
面倒くさそうにインターホンの受話器を取ると、来客は元気よく挨拶してきた。
「ジェネシスですっ♡ カスミさぁ〜ん、しばらく泊めてください〜」
「バスター一族はなんで皆こうも図々しいわけ?」
「バイト、クビになっちゃいました」
「あの、ウチ民泊じゃないんですけど」
「ぜ、贅沢は言わないんで……最悪広めのお風呂と着替えと3食と温かい布団と柔らかい枕があればいいので、お願いします! カスミさんに見放されたらホームレスになっちゃうんですぅ……」
「…………絶対イヤ」
「見捨てないでぇーー!! お母様ぁ!!」
結局、カスミは玄関前で30分も長々と泣き喚いたジェネシスを家に入れてあげた。
贅沢は言わないと宣言しておきながら、いざ兄の部屋に案内されたジェネシスは男臭いと嫌って最終的にカスミの寝室で寝ることになった。
ジェネシスのために床の空いたスペースに布団を敷いたが、消灯した次の瞬間ジェネシスは即座に布団を抜け出してカスミのベッドに潜り込む。
「……あのぉ、ジェネシスの寝る場所は下ですけど」
「いいじゃん、暖かいし」
「今、夏なんですけど」
「じゃあ、視床下部イジって寒くするから一緒に寝よ」
「こわ」
拒絶されながらもジェネシスはカスミの背後から抱きついてくる。
その様子は正しく母親に甘える子供のようで、カスミは昼間の会話を思い出す。
「……(姫様ってバスターさんたちのお母さん、なんだよね)」
言ってしまえば後ろで寝るジェネシスはもう3万年も親と触れ合えなかったから、こういう風に無意識で甘えてきてるのかもしれない。
とはいえ今のカスミはどこにでもいる普通の高校生、そういう風に母親として見られても困る。
「もう…………今日だけだから」
「やったぁ……」
「……ジェネシスさ、合体する時って相手の気持ちもわかったりする?」
「う〜〜ん、多少は」
カスミは彼の顔を朧げに思い浮かべてながら質問を続けた。
「シンスケくんが、あの……私のことをどう思ってるかってわかったりする?」
「そこまではわかりませんよ……あれ、シンスケのことが気になっちゃってるぅ?」
「違うから、そういうことじゃないから」
ジェネシスは誤魔化そうとするカスミを逃がさないようにギュッと抱きしめた。
「フヒヒ、なになに〜 好きなの!? そうなの?? お姉さんに恋バナ聞かせて聞かせて」
「家から叩き出すよ!!」
「キャァ〜〜〜! かわいいかわいいかわいい〜」
「うぜぇ」
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