第7話 この未来、見てますか?

 空に浮かぶ巨大な白銀宮殿、世界中から集められた植物で彩られた庭に囲まれたそれは決して王が住まう宮殿ではない。

 王がいる王宮はここから遠く離れた地上にあり、空に浮かぶ白銀宮殿は王の婚約者の姫様が所持する別荘のひとつに過ぎない。


 その中央の噴水で見た目8歳前後の男の子が一人寂しく水面を見つめていた。

 しばらくして外庭から入ってきた派手な衣装を着た女が男の子を見つけると、嬉しそうに駆け寄って男の子を抱っこして膝に乗せた。


「バーースターっ! もう、探したんだよ! ここで何してんの?」


「わっわぁ! ひ、姫様! ご、ご機嫌う、うるらしゅ?」


「へへ、敬語はいいよ。誰もいないし」


 抱っこしてる男の子の頭にアゴの乗せると、同じ洗髪香油のにおいがして安心する。公務中の姫様は笑顔を滅多に見せないが男の子の前では本来の自分でいられる。


「どうしたんだよ、小僧? 一番のヤンチャ坊主が元気ないじゃん?」


「俺聞いたんだけど……ママは俺たち王之鎧一式ケイゼルシリーズと違って…………いつかは死んじゃうんでしょ?」


「そっか、それ聞いちゃったのか。ジェネシスあたりが言ってたんでしょ?」


「…………うん。俺そんなの嫌だよ、ママと王様たちが死んだら俺ひとりぼっちだ」


 他の四人もこの事実を知ってかなりショックを受けたがここまでへこむほどではなかった。バスターは兄弟の中でも一番母親に甘えていたので、生命の差を知ってからは食事が全く喉を通らなくなった。


「ひとりぼっちじゃないよ」


「ひとりぼっちだよ! 何百年何千年生きられても……ママがそばにいてくれなきゃ意味ないよ」


「ハハハハ、バスターあんたそんなに私のこと好きだったんだ? 意外とかわいいじゃん、このこの!」


「…………」


 一通り大笑いしたあと、姫様はバスターを包み込むように深く抱きしめた。

 あまりの近さにバスターは彼女の鼓動すら聞こえた。


「私もさ、自分の母上様に同じこと言ったことあるんだ〜 なんで先に死んじゃうんだってさ…………ねっ、バスター。お願いがあるんだけど、バスターにしか頼めないお願い! 聞いてくれる?」


「お願い?」


「あんたの知ってるように、私は姫である前に変人な発明家だって。興味があるのはいつだって未来の出来事…………だからさ、私の代わりに未来を見てきてよ」


「ママの代わり? いつまで?」


「ずっと。私が見られない綺麗な景色をたくさん見て、私が守れない未来をたくさん守って…………バスターが生きている限り、それは私が生きていた証拠になるから」


 姫様はバスターの両脇を抱えて膝から下ろすと、今度は自分のサングラスを取ってバスターにかけてあげた。


「はい、あげる! これなら私の転生体を見つけ出せるでしょ」


「え、いいの!? このサングラス、ママの色弱を補助するやつでしょ?」


「スペアはいくらでもあんの! だけど、手作り第一号はそれだけ。私はその眼鏡がんきょうと同じ、何千年何万年経ってもバスターを見守り続けるから……未来をよろしくね」


「……」


 サングラスの位置を両手で直すと、姫様はイタズラっぽく笑いながら唇に人差し指を当てた。


「みんなには内緒だよ! この約束はバスターとママの秘密!」


「……うん! うん!! 未来は俺が守ってみせる!」










「…………ター! 起きて」


「……マァ…………ハッ! ママ!!」


 夢から目覚めたバスターは勢いよくジャンプして転んだ。

 両目を擦ると、本田ママが食器を片付けながら心配そうにこちらを見ていた。


「バスターちゃんも「ママ」っていうんだねぇ〜 ハハハ」


「あ、あれ? 俺焼き肉食ってたら……いつの間にか寝ちゃってたんすか?」


「あ〜 バスターちゃん間違えて私のビールを飲んじゃってさぁ、そんで一口だけでぶっ倒れたわけ」


「申し訳ないっす! 片付け手伝うっす!」


 本田ママは蛇口を止めながら食洗機のスイッチをポチッと押す。


「大丈夫よ、もうこれでお〜しまい! バスターちゃんなんか良い夢見たの? ずっとにやけてたよ?」


「はい! 俺の母親が生きていた時の夢を見てたっす」


「母親? じゃあ、すごく良い人だったんだ」


「はい! 姫様と同じぐらい、超超ちょーーやさしい人っす!」


「超超ちょーーやさしいっか……良いねぇそれ」

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