第6話 日常の守護者

 夜、本田家の食卓はいつもに増して賑やかだ。

 本田ママは絶妙なトングさばきでお肉を次々と焼いては男子二人の取り皿に入れていく。息子が一人暮らしで家を出てからはずっとカスミと二人で暮らしてきたので、陽気な彼女にとってこうして騒げることこそ至高の癒しである。


「ママ、焼くの早すぎってば」


「いいのいいの! 男の子はこれぐらい食べるの! ほれほれ、じゃんじゃん食べな!」


「うわ、立花くん口の中肉を詰めすぎてほっぺたがリスみたいになってるんですけど」


「それにしてもさぁ、まさかニュースになってた発掘品ってバスターちゃんのことだったのねぇ〜 しかも剣に変身できるんでしょ? 宴会芸で天下取れるわよ!」


 どうやらカスミは昨日の出来事を包み隠さずに全部話したらしい。驚いたシンスケは慌てて肉を飲み込んで質問した。


「ほ、本田さん! お母さんに全部話しちゃったの!? こ、こういうのって正体隠した方が良いんじゃ?」


「え、そうなの? だってさ、ママ。全部忘れて」


「なに無茶なこと言ってんの」


「ば、バスターさんも! 大丈夫なの、正体バレていいの?」


 バスターはそのままご飯をかき込みながら少年の質問に答える。


「もぐもぐ……いいんじゃね? もぐもぐ……山賊じゃねぇんだからコソコソする必要ねぇだろ」


「山賊って、えぇ……」


 本田ママはジュワッと焼き上がったカルビをシンスケの取り皿に置いて、優しい眼差しで子供3人を一周眺めると諭すように言葉を続いた。


「いいんじゃないの、悪いことは何もしてないんだからさ。私は心からキミたちに感謝してるし、打ち上げで食べる焼肉は最高にうまいっ……それで充分でしょ、ねぇ〜?」


「は、はい……」


 ママの言葉を聞いたバスターは力強くお皿を置いたと思いきや、今度は大粒の涙と鼻水を零して泣き出した。


「うわッ! バスターちゃんの鼻水、汚ねっ!」


「その通りっす! ママさんの言う通りっす! ひっく……俺、感動しましたっす!!」


「ちょっと泣きすぎでしょ……はい、ハンカチ」


 カスミはバスターのおびただしい涙の量にドン引きしながらも、自分のポケットに入っていたハンカチを差し出す。


「ありがとっす、やっぱどんな時代でも姫様は優しいっす! ズルズル、ズビーーッ……鼻スッキリした〜 あっ、これちゃんと川で洗って返します!!」


「げぇ! 絶対いらないから…………ごめん、ちょっと食欲無くなったから散歩してくる」


「ま、待って! 本田さん、俺もいく!」


 家から出ていくカスミたちを追おうとしたが、本田ママはさりげなくバスターの肩に手を置いて止めた。

 シンスケの今までの言動で全てを察したようで、お礼も兼ねてサポートしてあげた。


 玄関を出た二人は近所の川に向かってぶらぶらと歩き出す。

 夜の街はすでに日中の熱気が残っておらず、ふんわりと額を撫でる夜風はひんやりしていて気持ちが良い。

 

 カスミはシンスケを見ずに前向いたまま話しかける。


「ごめんね、ウチのママああいう感じだからさ、うるさかったでしょ?」


「ううん、全然! 俺んちの親、いつも出張でいないからさ……なんていうか、こういうの憧れてたってか……」


「そっか、なら良かった〜 風、気持ち良いよね…… 立花くんは好き?」


「う、うん……好き」


 カスミは突然立ち止まってくるりと振り返ると、びっくりしたシンスケは彼女を見つめたまま赤面した。


「立花くんってさ、いつも顔赤いよね?」


「へ? い、いや! そんなことないけど」


「アハハ、今もそうだよ…………」


「…………えっと」


「…………」


 カスミの表情から笑みが徐々に消えて、シンスケが戸惑っても彼を無言で見つめ続けた。

 しばらくすると、カスミは突然一歩近づいてシンスケの左腕をそっと触れた。


「昼休みさ、ウソついたんでしょ? 本当に痛くない?」


 シンスケが左腕を動かすたびに一瞬だけ眉を顰めていたが、カスミはそれを見逃さなかったようだ。

 正直言ってカスミにとって、シンスケはそこまで仲の良い友人ではない。だが、それほど仲の良い相手じゃなくても彼女の心は痛んでしまう。彼女はそういうどうしようもないぐらい弱くて優しい普通の人間だから。


「ごめん……本当は動かす時擦れてちょっとだけ痛い」


「ごめんは私が言うべきだよ……もうさ、戦わない方がいいよ……もしかしたら死ぬかもだし」


「死ぬかもか、確かにそうだね。でもまた同じことが目の前で起きたら、俺は絶対戦うと思う」


「どうして?」


「俺は普通モブの自分が嫌だけど、他の人の普通にちじょうは好きなんだ」


 自分の左腕に触れる彼女の手を優しく下すと、シンスケは澄んだ瞳でカスミを見つめ返した。


「俺、思うんだよ。普通の日常って本当はすごく貴重で贅沢なものだって……今日の食卓だってそうでしょ? 本田さんにとっては何でもない日常だけど、俺にとっては憧れで……だからその辺に住んでる知らない人の何気ない日常だって、誰かにとってのキラキラした憧れなわけで──」


「立花くん……」


「もし俺にできるなら、俺にしかできないのなら……俺はそんな大切な日常を守りたい」


 そう話す少年の目には一片の曇りもなく、病院前で悪惑あくまと対峙していた時のバスターの目と全く同じだ。

 夜風に撫でられると、カスミはまたくるりと向きを変えて再びゆっくりと歩き出した。


「立花くんの下の名前ってなんだっけ?」


「え? シンスケだけど」


「そっか……私はカスミ。よろしくね、!」


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