第2話 影が薄いアイツ

 朝のショートホームルーム前、1年A組の教室の窓際席で立花シンスケは大きく溜め息を吐いた。落ち込んでいる理由は初夏の暑さではなく、昨日の夕方意中の人に放置されたこと。

 人生で最上級の勇気を出してチャットを送ったのに、結局本田カスミは約束の公園に現れることはなかった。


「おい、シンスケ! 昨日はどうだった?」


 チャット文のチェックをしてあげたショーゴはシンスケの背中をパシッと叩いてみたが、友人は今にも泣きそうな顔で俯いたまま。


「……放置されました」


「ん〜 そっか……何となくそんな気ぃしてた」


「チャットでは来るって言ってたのに……あ、もしかして交通事故に巻き込まれたとか!?」


「どうだろう、お前存在感無さすぎて忘れられたんじゃね?」


「そ、そんなぁ……」


 立花シンスケという男は基本的に影が薄い。

 平均的、普通、そんなヤツいたっけ……中学時代までの人生はそういう風に言われ続けてきた。可もなく不可もない、ブサイクではないがイケメンでもない。

 そんな存在感がモブに等しい男でも初恋はする、その相手で高嶺の花の本田カスミ。


 失意の中、教室の後方扉から彼女たちが現れる。

 本田カスミと背後にいる巨漢の男。


「バスターさんさ、なんか忘れてる気するんだよね……」


「忘れ物っすか!? 自分取りに行くっすよ」


「いや、そうじゃなくて。てかどこまで付いてくんの? …………あ」


 教室に入って顔をあげた瞬間カスミはシンスケと目が合った、そして昨日忘れていたモノをようやく思い出した。

 後ろにいるバスターとの出会いが強烈過ぎて、自分が呼び出されていたことを綺麗さっぱり忘れていた。


「立花くんだ!」


 カスミはすぐさまシンスケの机前まで駆け寄って両手を合わせた。


「昨日はごめん! 色々あって本気で立花くんのことを忘れてた!」


「(本当に忘れられてたんだ……)う、ううん。本田さん無事でよかったよ。事故にでも遭ったんじゃないかって心配してたんだ」


「おう! お前は姫様の知り合いか?」


「え、誰」


 突如カスミの背後から現れた身長180cm越えの大男に驚いて、シンスケとショーゴは一瞬腰が抜けそうになった。

 巨漢は一応同じ制服を着用しているが、体格的どう見ても高校生ではない。


「ちょっと! 話ややこしくなるからバスターさんは外で待っててよ」


「あ、あの……お二人はどういったご関係で……?」


「関係と言われてもよくわかんないけど……ウチにいる、居候?」


 その言葉を聞いたショーゴはシンスケに耳打ちをした。


「(なぁ、居候ってことは同居だよな)」


「(えっ!? ま、ままま、まさか…………彼氏!?!?)」


 彼氏と勘違いしたシンスケはもう一度改めてバスターを観察してみた。

 筋肉質だけど太すぎないスマートな体型、彫り深い顔に清水の如く碧瞳。ダサいサングラスを除けばパーフェクトと言えるほどのイケメンだ。


「お、お幸せにぃ……」


「は? 何の話? てか立花くん、昨日はなんか私と話したいことが──」


 ドゴォーーーーーーン。


 外から突然の轟音と共に学校中の窓ガラスが爆風で粉々に砕け散る。バスターはすかさず散った破片からカスミたちを庇った。

 1年A組のみならず在校生と教員たちは一斉に窓の外に注目し出す。水吏駅の更に奥の山道、遠く離れた学校からでも見える総合病院が炎上している。


「な、何!? ほ、本田さんとショーゴ! 大丈夫、怪我ない?」


「バスターさんのおかげで大丈夫……あ! 総合病院が燃えてる!」


 明らかな異常事態なのに周囲のクラスメイトたちは正常性バイアスでそれほど焦っていない、それどころかスマホを取り出して撮影する者も少なくない。


「な、なんだ! みんななんかちっせぇケース取り出したぞ! アレなんっすか、姫様!? ……? 姫様?」


「あ、あぁ……病院……」


 カスミは床に座ったままであまりのショックだったのか全身が小刻みで震えている。シンスケは様子がおかしいカスミの肩を掴んで心配する。


「本田さん! 大丈夫だよ! みんなが付いてるから」


「大丈夫じゃない! おじいちゃんが……おじいちゃんがあの病院に入院してるの!」


「!!」


 だからカスミはあんなに震えていた、自分ではなく入院していた祖父のことを心配していたのだ。

 その言葉を聞いてシンスケは即座に立ち上がって、カスミの手を優しく力強く握って教室から連れ出した。


「お、おい! シンスケ! どこ行くん…………もう行っちゃった」


「フッ、さすがは姫様のご友人っす! 俺も負けてらんねぇ! 王族が利用する病院を襲うなんてゆるさねぇ!」


 戸惑うショーゴを置き去りにしてバスターはシンスケたちの後を追った。







 総合病院へ向かう道中。

 シンスケはカスミの走る速さに合わせて全力でダッシュする。


「ハァ……ハァ……た、立花くん! 私たちが行っていいの!?」


「本田さんのおじいちゃんを助けなくちゃ! ハァハァ……力にならなくてもすぐに安否を確認できる! と、とにかく……本田さんは教室にいるべきじゃない!……俺、ハァハァ……できることはなんでも手伝う、から……」

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