ケイゼル

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第一章・目覚め

第1話 バスターっすよ!

 チャットの返信を終えると本田カスミは洗面台の鏡で前髪を整え始めた。

 時刻は17時40分、本田ママはもうすぐ夕飯なのに出かける準備をする娘に声掛けた。


「見てよ〜 カスミぃ、一昨日アンタが行った博物館見学、ニュースになってるよ〜」


「ん〜〜? あぁ、3万年前の発掘品のやつ?」


「そう、3万年前の兵隊さんの鎧とかがさ、盗まれたらしいよ」


「ふーん……そう」


「冷めすぎでしょ〜 思春期ねぇ」


 洗面台から離れたと思いきや今度はリュックにスマホや財布を入れ始めた。テレビ画面をチラッと見てみるもすぐさま興味なさそうにリュックを背負う。


「男の呼び出し? 入学3ヶ月でもう彼氏ぃ?」


「違いますぅ……男子だけどそんな話したことない子」


「あっそぉ〜 晩ご飯はいる?」


「うん、残して。多分すぐ戻る」


「フラれるやつだ、かっわいそう」


 入学祝いで買ってもらったお気に入りの革靴を履いて外に出る。


 分類するとしたらカスミは間違いなくモテる部類に入る。セミロングの黒髪にパッチリとしたつり目、薄赤い頬に瑞々しい唇。入学してまだ3ヶ月しか経ってないが彼女はすでにクラスの注目の的。

 彼女を呼び出した立花シンスケもまたカスミに一目惚れした男子の一人。


 と言っても二人は会話をそれほど交わしたことがない。だいだいいつもカスミが視線を感じて見渡すと、シンスケが離れた席で見つめてくるだけ。見つめ返すと逆に視線を逸らされる。

 なのでカスミはこのあとシンスケに告白されても受け入れるつもりはない。


 門扉を開けて一歩踏み出すと、いつものアスファルトの硬さではなく肉のような柔らかい感触が足裏を伝う。


「うわっ!? ひ、人が倒れてる!?」


 ボロ布一枚だけで下半身を隠している大柄の男が倒れている。ほぼ裸に近い格好なのになぜかサングラスだけはかけていて、それもピンク色で恐ろしくダサい。


「……あっ、つ、通報……いや、救急車か」


 リュックからスマホを取り出した次の瞬間、男は突如カスミの足首を掴んで何かボソボソと呟く。


「ぎゃああああああ!!」


「……はら……へった…………」


 カスミの叫びは自宅内まで届いたのか、本田ママは慌てて様子を確かに来た。

 いざ扉を開けると、ほぼ全裸の男に足首を掴まれた娘が悲鳴を上げながら踏みつけている。


「なにこれ、コント?」





 1時間後。

 本田親子は自宅玄関前に倒れていた半裸男と食卓を囲っていた。


「ママさん、モグモグ……この照り焼きモグモグ……バカ美味いっす!!」


「でっしょ〜〜 ほら、男の子はもっとお食べ」


「いや、何で不審者と一緒にご飯食べてるの!? しかもお兄ぃの制服まで貸しちゃうの!?」


 男は半裸だったので本田ママは大学生になったカスミの兄の制服を着せてあげた。幸い本田兄はかつてラグビー部に所属していたおかげで、大柄な男でもすんなりと制服を着れた。


「良いじゃん、ねぇ〜」


「いや、通報しろし」


「ほら、美味しそうにご飯を食べる人に悪い子なし、的な?」


「そっす! 自分良い子っす!」


「声デカっ、うるさっ……ご飯粒! 飛んでるから!」


 不審者であることは間違いないけど、その声の大きさとご飯をガツガツ食べる様子はどこか懐かしかった。

 思えば兄が一人暮らしする前はいつもこんな雰囲気で食事を囲っていた。そう思うとカスミは小さく笑みをこぼした。


「なんか、どうでも良い気がしてきた……ねっ、アンタ名前は?」


「?」


「いや、なんで不思議そうな顔してんの?」


「自分のこと、覚えてないっすか!? バスターっすよ!」


 バスターと名乗る男は本気だった。その曇りなき真っ直ぐな瞳が自分はカスミの知り合いであると訴えかける。

 しかし、今までの人生でこんなに濃いキャラの男と関わっていたら絶対忘れるはずがない。


「バスタッスヨ、さん?」


「違うっす、バスター!! 一昨日会ったじゃないっすか、姫様」


「ぷっ、はははははは! 少女漫画? カスミが「姫様」だって! そしたらアタシは皇后様じゃんね〜」


「ママ! 恥ずいからやめて」


「自分、約定に従って姫様を守りに来たっす! 記憶領域に破損があるっぽいけど、間違いないっす! ピンチが迫っているから俺たちは目覚めた、それだけは間違いない」


?」


 バスターは今までにないぐらい真剣な顔つきで話すのだから、笑っていたママも恥ずかしがっていたカスミも思わず真面目に彼の言葉に耳を傾けた。


「……なら、ちゃんと食べて体力つけなきゃね。あっそうだ! バスターちゃん、自分のお家はどこ?」


「ないっす!」


「露出狂にホームレスって……フルコースじゃん」


「じゃあさ、お兄ちゃんの部屋空いてるからそこで泊まちゃいなよ!」


「は!? ウチに泊めんの!?」


 バスターは箸を揃えて置き、顔についた米粒を拭いて姿勢を正した。


「流石にそれはできないっす。姫様と皇后様が住まう皇居で寝泊まりするなど言語道断────」


 その夜、バスターは本田家の風呂を1時間たっぷり楽しんだ後兄の部屋で熟睡した。





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