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◆
今でも、僕はあの時の行動を後悔している。彼女の今の振舞いを見て、後悔がよぎらないことはなかった。結局、今でもあの時にどうすればよかったのかはわからない。
それを彼女に告白することができればよかったのかもしれない。たとえ、僕の罪を明示することになっても、それでもそうすることこそが道理というものであり、僕の罪の償いというものだっただろう。
でも、僕は彼女に対して、告白をすることはなかった。
彼女に見放されてしまうかもしれない、そんな思惑が頭の中にずっとわだかまって、そうして僕は罪を重ねることにした。罪を重ねる、という意識はなくて、僕は彼女が悲しまないように、という動機を利用して、無意識のうちに罪を犯した。
そうして、僕が選んだことは、死んでしまったルニの身体を隠すこと。
ルニを庭に埋めることを考えた。
◆
彼女の家は隣にあった。隣にあったから、彼女がルニの名前を呼ぶことがいつまでも繰り返されていた。
僕も、彼女と一緒に探すという言葉を吐いたのだから、最初くらいは探すふりをすればよかった。でも、彼女がルニを探している間に隠蔽してしまえばいい、どこか不思議に冷静だった頭はそう判断して、行動を続けた。
ベランダから入れる庭、特に草木の管理がされているわけでもない。それでも除草はいつも行われていて、掘る物さえあれば、安易に隠ぺいすることができそうだった。
僕は外の物置から音を出さないように扉を開けた。そこそこに使われていない物置の戸は錆びついていて、それでも少しばかりのきしむ音が鳴った。僕はその音で汗をかいた。今となっては、それが暑さから来るものなのか、それとも焦りによって出たものなのかはわからない。。
僕は静かにシャベルを取り出した。
日が落ちそうになっていることを認識して、世界が早く暗くなることを祈った。
僕は、ベランダのすぐそばにルニを置いた。ルニの温度は冷房に少し晒されたせいで、嫌に冷たく感じた。僕はその感触を無視して、手に持ったシャベルをどこに使おうかを考えた。
適当な場所にすることにした。もしかしたら、今後両親の誰かが思い付きでガーデニングを始めるかもしれない、というどうでもいい想像が頭に過ったけれど、それを無視して、庭の隅っこの方に穴を掘り進めることにした。
すべて、僕の家の中でことが終わればいい。彼女にばれないことを願って、僕は穴を掘り続けた。
そして、彼女への言い訳を適当に考える。先ほど考えたように、猫はふらりといなくなってしまうことがある、そういった知識のような残骸をひけらかすことにした。それで彼女が納得するかはわからないけれど、それでもこの状況を落ち着かせることができればそれでよかった。寂しそうな顔をは噛み殺すことにした。僕がこの先も彼女の隣にいることができたなら、穏やかな関係を続けることができれば、きっとそれだけでよかった。
穴を掘り進めて、そうしてルニの身体が埋まりそうなくらいの形を見出すことができた。
葵の声は聞こえてこない。もしかしたら、遠くの方に探し行ったのかもしれない。
僕はそれを好機だと思うことにして、ベランダに晒していたルニの身体を、穴の方に持っていこうとした。
「──ルニ」
──そんな時に、聞こえてはいけない声がした。
彼女の声がした。葵の声が、葵がルニを呼ぶ声がした。
僕はその声に振り返った。ルニの遺体を抱えて、そうして振り返ることしかできなかった。
葵は僕に話しかけていた。内容についてはもう覚えていなかった。
嫌な記憶は頭の中から振り払ってしまった。終始、彼女は僕に声をかけていたけれど、なにか言葉を返すことはできなかった。それほどに、僕は呆然としてしまっていた。
ルニを見つけた、という言い訳は立つ気がする。でも、それならなぜ穴を掘っているのか。それならなぜ葵に声をかけなかったのか。
どんな言い訳もしようがなかった。
結局、僕は沈黙を返すことしかできなくて、そうして彼女も言葉を失った。
正直に告白をすればよかった。それでも、言葉を吐くことはできなかった。
言葉は何一つ生まれず、蝉の喧騒だけが耳元に響く。暗がりになった世界を、ベランダからのぞく居間の光だけが照らしている。
沈黙のまま、彼女は表情を凍り付かせて、今までに見たことがない顔で、葵は庭を出ていった。
◆
それから関係は死んでいった。言葉を交わすことはなく、隣同士であっても関わるということはなかった。僕はルニの死体をどうするべきか迷いに迷って、結局穴の中にルニを埋めた。そうすることしか選択肢にはなかった。
家族に告白することも、葵に告白することもできなかった。
葵の家族にはどう伝わっているのだろうか。それさえもわからない。おぼつかない。どうしようもない。知るすべはない。知りたくはない。
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