第25話 トレッキング②

「みんなぁ、少し早いけどお昼ご飯にしようやぁ~。こっちにベンチあるで~」


 山頂からの眺めを堪能していと彩の大きな声が聞こえた。見るとビニールヒートも引き準備万端な様子。


「はーい」


 今日のメインイベントの一つだ。


 山頂でのお昼ごはん。

 当然かさばる為大きなお弁当や手の凝ったものは用意できない。

 それでも、その雄大な景色を眺めながら、友達と食べるお昼ご飯が美味しくない訳がなかった。


 千草も急いでベンチの方へと向かう。


 「今日の~ ご飯は~ 何かな~♪」


 自作の歌にスキップでもしそうな(慣れないトレッキングシューズの為出来ない)テンションで千草も準備を始める。とは言っても、千草の分担は飲み物やお皿の準備くらい。

【イング】の料理担当と言えばそうこの人!


 多くは語らないが、ヤル気満々と言った風に巧が黙々と準備を進めたいた。


 みんなより大き目なバックから取り出したのは、あらかじめ下準備がされた食材や、道中コンビニで購入した食材。それにこれまた『モンベル』で購入したシェラカップ、バーナー、ガスカートリッジ。そしてホットサンドクッカー。


 まずはコンビニで買った食パンにマヨネーズと塩コショウ。そこに千切りキャベツを乗せ焼き鳥缶を贅沢にトッピング。そして味付け卵をほぐして乗せる。その間に悠里が手際よく火を付ける。ホットサンドクッカーに先程のパンを乗せプレス。火に掛ける。

 次いでシェラカップに水と顆粒ブイヨンを入れる。こちらは悠里が持って来ていたバーナーにかける。ブイヨンが溶けたら調理済みのフライドオニオン、塩コショウ。


「よしっ、完成だ! 焼き鳥と卵のホットサンドにオニオンスープだ」


 開放感溢れる調理場で巧も満足気だ。


「うわぁ、美味しそー!」

「巧君お疲れ様――早ぅ食べようや」

「やっぱり料理は山登りの醍醐味の一つだよな」


 待ち侘びていた女性陣から催促され、最低限の片付けだけ済ませて席に着いた。


「おし、それじゃ――――」


「「「「いただきます!」」」」


「んん~! 焼き鳥の塩加減がサイコー!」

「確かに、流石にマヨネーズとの相性抜群だな。汗かいたせいか塩分がスゲー旨いわ」

「スープも温まるわ。動いてたせいであんまり気付かんかったけど、結構身体冷えてたんやなぁ」

「コレが殆どコンビニの食材って言うのが信じられないね」

「外ご飯効果やなぁ」

「それな~」


「いや、俺の料理の腕も褒めろよ!」


 食事に舌鼓を打つ女性陣の発言に、巧が堪らず突っ込みを入れた。


「あははは! 分かってるって。私たちだけじゃこんなに旨くは作れないからな」

「そうやねぇ。前二人で作った時は酷かったもんなぁ」

「あははは! そんな記憶は忘れた!」

「あんなん忘れられる訳ないやろ……」


 その後も悠里と彩の思い出話を聞いたり、景色を眺めたり、蒜山高原の説明を聞いたりとワイワイして過ごした。



「さてっと。そろそろ行くか」

「そやね」

 一通り片付けを終えた一同。最後に全員で落とし物や忘れ物がないかチェックをして出発した。


 山に来たら、来た時のまま自分たちの痕跡を残すな! とは悠里の言である。


「この後は来た道を戻るんだよね?」

 

 先頭を行く悠里に聞く。


「そうだね。本当は縦走コースてのがあって、それだと蒜山三座を網羅出来るんだけど、流石に初めてのトレッキングでそれはしんどいからね」


「へぇ、じゃあ何で下蒜山にしたの?」

 

 千草が行の車内で悠里が言っていたことを思い出し首を傾げる。


「ああ、それは上蒜山の方が確かに山頂は高いけど、眺望が悪くてさ。やっぱり初めて山に登るんなら絶景を見て欲しいじゃんか」


 そう言って悠里がニカッと笑った。


「うんっ! キレイだった」


「あはは、そうだろ!」


 豪快に笑う悠里の顔は広々と広がる青空のように、どこまでも晴れやかだった。





 しかし、往路と言うのは目的が帰るというだけなので殊の外気持ちが上がらない。

五合目辺りからは再び視界が遮られるため尚更であった。更に下りというのは上りよりも足に来る訳で。


「はぁはぁはぁはぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「やかましいっ。こっちまで疲れるわ!」

 

 千草の叫びに巧が、こちらも息も荒く突っ込んだ。


「はぁはぁ。まぁまぁ巧君抑えて抑えて。怒ると余計に疲れてまうで?」

「うっ それはそうだけど……」

「ちぃちゃんも自分で頑張って歩いとるんやから応援したらんと。今こそ【イング】の絆を示す時やで」

「誰に示すんだよ……」

 

 グッと拳を握りしめて力説する彩だったが、声とは裏腹にその様子からは普段の覇気がない。


「おーい。大丈夫かお前ら~。少しペース落とすか?」

 

 先頭を行く悠里が振り返る。


 いつの間にか少し距離が離れてしまっていた。


 帰りは体力を加味して、順番を変更し悠里と巧に挟まれるようにして千草と彩が並んでいたのだが、いつの間にか二人の位置は大分巧よりになっていた。


「だ、大丈夫。これくらいへっちゃらだよ」

「そうやでぇ。ウチ等を見くびらんといてやぁ」


 言う事だけは立派である。


「こんにちは!」


 その時横を学生のグループだろう――もしかしたら部活かも知らない。同じジャージを着た一団が足早に通り過ぎていった。


「ああ、こんにちわ」


 悠里が脇に避け挨拶を返す。


「こんにちは!」


 続いて千草、彩、巧にも挨拶をしてくれた。


「あははは……こんにちは」

「こんにちは」


 彩がカラ笑いを浮かべながら、巧は普通に挨拶をしたが、千草は頭を下げる事しか出来なかった。


 そして、現在。


 一同は少し開けた場所で小休憩をとっていた。


「儂らも昔はああじゃったぁ」

「儂にあんな頃があったじゃろうか?」

「いややわぁおばあさん。昔はこんな山の一つや二つ朝飯前じゃったろぉ?」

「ああ、そうじゃったそうじゃった。で、今日の朝飯はまだかの?」


 先程の学生のグループに精神的敗北を期した約二名がこの有様の為だ。


「とうとう捏造した記憶で会話し始めたぞ」

「まぁ、好きにさせといたやりな」


 呆れ気味の巧と、どこ吹く風の悠里。


 その後どうにか下山した一同。


「本当はこの後温泉に行きたかったんだけど、近場だと鳥取の方になっちゃうからな。流石に彩がしんどいかぁ」


 まだ元気な悠里と巧が車に荷物を詰め込んでいると、悠里がぼやいた。


「あはは……。流石になぁ。温泉はまた今度にしようやぁ」


 ハンドルに突っ伏した状態で彩がから笑いをあげる。


「やっぱり俺も早めに免許取ろうかな」


 そんな様子を見て、巧も思うところがあるようだ。


 そんな中千草と言えば、


「納得いかない! 何で巧は疲れてないの? 部活辞めたタイミングは一緒じゃん! その頃は体力だってそんなに変わらなかったのにぃ」


 車の後部座席に寝転がり、不満の声を上げていた。


「当然だろう。お前がサークル室でゲームしている間に俺はコイツに付き合って動き回ってたんだから」


 しかし、その抗議の声は簡単に切って捨てられた。当然それは千草も知っているところであり、


「……」


 ぐうの音も出なかった。


「よっしゃ。積み込み終わりっと」


 悠里と巧も車に乗り込む。

 後部座席の巧は千草が寝転んでいることなど気にせずに、その上に座った。


「重い! 痛い! 酷い!」

 千草の避難に、

「ぎゃーーーー」

 更に体重を掛けて応える巧。


「ちぃちゃんはどんな時でも元気やねぇ」

 ようやく身体を起こした彩が振り向いて微笑んでいた。


「うぅぅぅ……酷い目にあった」

「やかましい」

「あうち!」


 いつも通りの二人の様子に、前席の二人の顔にも笑顔が広がる。


「まっ、この疲労感も山登りトレッキングの醍醐味だよな!」

 

「次の日休みで良かったやろ?」


「体力付けようかなぁ」


「次はもう少し凝った料理を……」



 同じ山を一緒に登っても、感じ方は人それぞれ。思うところも人それぞれ。同じじゃない四人が集まったから互いに補い、導き会える。


 四人の冒険はまだまだここから。

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