第22話  ミーティング

「では、ミィーティングを始める!」


 夏休みも残りわずかとなった九月中旬。

 今日もイングの部室には四人の姿があった。

 部長の園畑悠里そのはたゆうり。会計兼旅行プランナー兼給仕係の宗兼彩むねかねあや。抜群の美貌を誇る家事男子の八雲巧やくもたくみ。そして三海の覇王事成瀬千草なるせちぐさ


「そ、それはもう忘れて~~」


 過去の出来事黒歴史を掘り起こされて、千草が悶絶する。

「ふふふ。今日もみんな元気やなぁ。ほい、お茶の用意ができたでぇ」

「わぁ、彩ちゃんありがと〜」

 悶絶から一転、千草は満面の笑みで彩を拝んだ。

「今日の〜お菓子は〜何かな〜」

 即興で変な歌を歌い始めた。

 そんな千草を横目に巧がサッと立ち上がり、給仕の手伝いを始めた。

「コレは、マスカットか?」

 茶菓子の乗った小皿を運びながら巧が首を傾げる。

「御名答や。『陸乃宝珠』――岡山産のマスカット・オブ・アレキサンドリアを贅沢に一粒使ったお菓子や。表面にまぶされた砂糖の甘味とマスカットの爽やかな酸味がマッチして美味しいんやでぇ」

「おお……!」

 千草が巧から受け取った小皿――その上に乗せられた『陸乃宝珠』を正しく宝石のように掲げ感嘆の声を漏らした。


「いただきます」

 千草が丁寧に拝み、挨拶をして口に運ぶ。

 一口齧るとまずは砂糖の甘みが舌先を刺激する。次いで求肥中で皮が弾け瑞々しい果汁が口内に広がった。甘みと酸味がマッチしたフレッシュな味わいを暫し堪能する。その後はこちらも彩が用意してくれたグリーンルイボスティーを一口。甘さが残る口内を爽やかな風味が満たしていく。

 厳しい残暑で悲鳴を上げていた体が潤っていくの感じる。


「ふぅ~」

 特に何をしていたという事もないが、一頻りお茶と茶菓子を堪能して、人心地ついた頃。


「で、今日は何の話し合いをするんだ?」


 巧が見計らったように口を開いた。

「よくぞ聞いてくれた巧隊員! やる気があるのは非常に結構ッ。十ポイント」

「ええ! 部長私もヤル気あります! 頑張ります」

「おお、よしよし。ちぃちゃんは今日も可愛いなぁ。二十ポイント」

「やったー」

「おい、ちょっと待て」

「何だ巧? ポイントは私の独断と偏見だから苦情は受けつけないぞ」

「……さよか」

 未だに使い道が不明なポイントだが、主夫として貰えるポイントは貰っておきたい巧だったが悠里の言葉に口を閉ざした。



「今日は十月に迫った学園祭と、次回の【イング】についての話し合いだ」

「おお、待ってました!」

 悠里の言葉に千草が拍手で答えた。

「次はあんまり金がかからないといいけどな」

 千草の分の財布管理も多少請け負っている巧が切実な呟きをもらす。

「では、彩頼んだ!」

「はいな。それではここからは【イング】の旅行プランナーこと宗兼彩にお任せや」

 相変わらずの悠里からスルーパスに彩がいつの間に着替えたのか、キャリアウーマン風の衣装でキランっと眼鏡を上げて答えた。


「言うても次の【イング】はもう決まってんのやけどな」

「そうなのか?」

「なになに?」

「まぁ、待ちぃ……」

 彩はそう言ってプロジェクターを準備し始めた。

「ほないくでー。ポチッとな」

 部屋の電気が消され、代わりにスクリーンに映像が映し出された。


「えっと……山?」


 それは山の写真だった。

 見渡す限りの緑――遥か彼方の山稜。

 緑の山稜をバックに小さく可憐な白い花が咲き誇る。

 夕暮れ時の黄金に輝くススキの群生地。

 コスモスの鮮やかなピンク色で埋め尽くされた平野。

 神社を彩る黄色い銀杏に、赤い紅葉。

 白銀に染め上げられた山々。

 そして、草原に寝そべる牛・牛・牛!


「蒜山高原か?」


 牛の写真が映し出されると同時に巧が呟いた。

「ご名答! って、流石に分かるかぁ」

「そりゃ、この辺で牛って言ったら蒜山高原だからな」

 巧の横でも頷いていた。その様子に彩も苦笑する。


「今回の【イング】は蒜山にトレッキングをしに行きます!」


「おおー!―――お? トレッキング?」

 映像の最後を彩が元気よく締めくくると、千草がそのテンションに合わせて声を上げたが、尻すぼみになった。

「何だちぃちゃん知らないのか?」

「聞いた事あるような、ないような~?」

 悠里に問われて、両手の人差し指でこめかみをグリグリ。まるで一休さんだ。

「確か登山みたいなヤツだよな?」

「ん~、まぁ似たようなもんだけどな――彩!」

「ほいな!」

 悠里に言われて、彩がまたプロジェクターの準備を始めた。


「山歩言うたら、登山、ハイキング、トレッキングの三つが代表的なところや。せやけどこの三つに明確な違いはあらへん。あくまで主観的なところが大きい言いけやな」

 今度はプロジェクターに映し出されたのは講義のようなスライド。

 どうやらトレッキングについて千草や巧が知らない事を前提に準備してくれていたようだ。

「へぇ、そうなんだ?」

 千草が分かっているような、いないような中途半端な相槌を打った。

「まぁ、でもわざわざ言葉が分けられとるからにはそれなりの違いもある。一般的には、ハイキング、トレッキング、登山の順でレベルが上がっていく感じやな。ハイキングは気軽に山歩きをしながら自然を楽しむ事が目的で、道も舗装されて、高低差も少ないこと多い。登山は山頂を目指して山を登る事を目的にしとる。足だけじゃなくて鎖場やはしご、ロープやハーネス何かも使ったりすることもあるな。そんで、今回ウチ等がするんはこの二つの中間にあたるトレッキングや。一番定義があいまいなところなんやけど、強いて言うなら『山頂に拘らない山歩き』みたいなもんかな」

「それじゃあ、今回は山頂までは登らないのか?」

 彩の解説を聞いて、巧が疑問を口にした。

「いんや。細かいプランはこれからやけど、一応山頂までは登るつもりやよ」

「それだと登山になるんじゃないの?」

「そうでもないよ。トレッキングは無理して山頂を目指す必要がないってだけで、何も山頂まで登ったらあかんみたいなルールはないからな。それにどうせ山に登るんなら山頂からの景色見ときたいやん」

「ああ、それは確かに」

 千草と巧はそれぞれ彩の説明に納得して頷いた。


「じゃあ、トレッキングについてはもう少し詳細決まったら連絡するわ」

「おし、頼んだ! じゃあ次は学園祭についてだなッ」

 再び彩から主導権を受け取った悠里が前に出る。


「イイかお前ら! 学園祭とは私たちにとって祭りであって祭りじゃない! 言わば戦場だッ。覚悟はいいか!」


 妙なテンションで声を上げた。

「おおー!」

「アイツどうしたんだ? アレは何ハイ状態なんだ?」

 その場のテンションで生きている千草は当然元気良く腕を振り上げた。

 その横で巧が危ないモノを見る目付きで二人を眺め、そっと彩に聞いた。

「強いて言うならマネーハイ状態かな」

 そう言った彩の顔はいつも通り楽しそうだ。

「マネーハイ……? 模擬店でもやるのか?」

 巧はお金という単語で学園祭に結び付く項目を上げた。

「当然やる! もう場所も確保済みだ」

 こちらの声が聞こえていたらしい。悠里が力強く言った。

「やるって、いったい何の模擬店やるんだよ? 学園祭まであと一ヶ月くらいしかないけど準備とか全然してないぞ」

「まぁまあ、そう逸るなって。今から順を追って説明してやるから」

 巧みとしては一番逸っていそうな悠里に言われては、黙るしかなかった。



「いいか? 私立の学園祭は金が動く」

 恒例の司令官ポーズをとりながら、重々しい声と態度で悠里が言った。

「そうなの?」

「そんな訳あるか。何だその偏見」

 純粋な千草を巧がバッサリ切って捨てた。

「それがそうでもないんよ巧君」

「え、そうなのか?」

 ところが彩から思わぬ否定の言葉が返ってきた。

「……巧マイナス二十ポイント」

 今のは巧が悪かった。潔くポイントを頂く。


「十月の末週。前夜祭後夜祭を含めた計四日間開催される学園祭――通称『川福祭』。毎年いくつかのイベントが開催されるんだが、メインは四つ。仮装大会、ミスコン、ミスターコン、そして模擬店大賞だ」

 悠里が指を折りながら、一つずつ説明していく。

「仮装大会は仮装行列から始まって、参加者が構内を練り歩き、観客を引き連れて行動まで移動。そこで参加者一人に付き三分のアピールタイムを設けて、観客投票で大賞が決まる」

「へぇ、面白そうだね」

「お、なんやなんや~。ちいちゃんも興味あるんか? 一緒に出てみる?」

「めめめ、滅相もごじゃりません」

「あははは、そう? まぁ、ちぃちゃんには他の大事な役目があるからな。でも、気ぃ向いたら何時でも言うてな?」

「……うん?」


「ミスコン、ミスターコンはそのままだ。自薦他薦問わずエントリーした人が着飾ってアピール。観客投票でミス、ミスター川福を決める」

「巧頑張って」

「巧君よろしくな」

「どっちで出る?」

「ちょっと待て、どっちってどういう意味だ⁉」


「で、模擬店大賞だ。これは四日間の合計売上を競い、一番売り上げが良かったところが大賞だ」

「おい、スルーするな。一つ前の話が終わってない」


「そして、それぞれの優勝者には賞金が与えられる!」


 悠里が勢いよく立ち上がり、力強く言った――巧の声を無視して。


「……金が動くってそう言う事か」

 巧が無視された事に納得していない様子で、悠里にジト目を向ける。

「その通り。我ら【イング】のモットー旅費は楽しく稼ぐ! 『川福祭』は私たちの為にあるといっても過言じゃない」

「おお!」

 悠里の熱に浮かされた千草が同調する。

「アホか、過言が過ぎるわ」

「アイタっ」

 手近にいたせいか、冷静に巧に小突かれた。


「で、その賞金てどのくらいでるんだ?」

 巧が最もな疑問を口にした。

「仮装大会、ミスコン、ミスターコンはそれぞれ五万円ずつ。そして模擬店大賞は何と十万円や」

 彩がニヤリとする。

「……じゅ、十万円。……ゴクリ」

 これには千草も生唾を飲み込んだ。

「マジか……。模擬店で優勝するれば次の【イング】代まかなえるじゃねぇか!」

 普段冷静クールぶっている巧も言葉に熱が籠っている。


「ふふふ、ようやく事の重大さが分かったようだな」

 お気に入りの司令官ポーズに戻った悠里が、一同に視線を向けながら続けた。


「確かに模擬店大賞の十万円は魅力的だ。しかし、賞金の為にあくせく働くってのは楽しむってコンセプトに繋がらない。私たちはあくまで『川福祭』を楽しんだ上で優勝するんだ」

「もっともそうな事言ってるけど、模擬店大賞は売上なんだろ? だったら、あくせく働かないと優勝は難しいんじゃないか。賞金が十万円ってなったら他のところも当然狙ってくるだろう?」

「確かに。お店番も必要だよね? 私たち四人しかいないからやっぱり大変なんじゃない?」

「もちろん、その辺の計画も抜かりはない」

「それなら大丈夫か」

「……それならいいんだけどな」

 自信満々の悠里に、千草はあっさり納得。巧は疑いの目を向けるが、引き下がった。まだ半年程度の付き合いだが、こと楽しむ事置いてに悠里と彩が手を抜くとは考えられなかったからだ。


「では、改めて『川福祭』の計画を発表する。我らが目指すのは『川福祭』の完全制覇! 即ち四大イベント仮装大会、ミスコン、ミスターコンそして模擬店大賞すべてで優勝する事だ。前代未聞四大会制覇で賞金も名声も頂くぞ!」


「「「おお!」」」


 

 

 

 

 










 

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