第21話 閑話 かしまし娘と巧の受難

 倉敷観光を終えた五月半ば。

 今日も今日とて、イングのサークル室。

 サークルメンバーである宗兼彩むねかねあや成瀬千草なるせちぐさ八雲巧やくもたくみ

 【イング】のメンバー四人の内、三人が集合していた。


 だいたい毎日全員集まるのだが、園畑悠里そのはたゆうりが最後に来ることが多い。

 交友関係が広いのと、活発な性格もあり人一倍学内を動き回っているためだ。


 まぁ、それはいつものことなのでいいのだが。

 今日はいつもと様子が違った。

 給仕に勤しむ彩や、ゲームに励む千草といったいつもの光景―――ではない。

 みな、せっせと棚やテレビ台などの前でゴソゴソしていた。

 かく言う巧も普段は彩のスペースである部屋の奥、食器棚や給仕セットが置かれたところで自宅から持ってきた紙袋を漁っていた。


 先日の倉敷観光でそれぞれが自分の好きなモノを買い出ししたため、今まで空いていた棚などにそれらを置こうという事になったのだ。


「そうすれば誰が、どんなものが好きなのか分かるじゃん。やっぱり相手を知る事が仲良くなる秘訣だと思うんだよね」

 これは悠里の弁である。

 確かにその通りだ。

 何だかんだと慌ただしく、毎日のようにサークル室で顔を合わせている事や、悠里や彩が人との距離感を詰めて来るのが上手いため忘れていたが、出会ってまだ二ヶ月ほどしか経っていない。

 体感では一年ぐらいは一緒に居る気がしていた。

 その為、幼馴染の千草は別として、悠里や彩の事はよく知っているようで、その実表面上の事しか知らない。


 そんなこんなで、本日はそれぞれがサークル室をより快適にするために、兼、みんなに自分を知ってもらうために模様替えレイアウトの最中と言う訳だ。


 巧は自宅から持ってきた、食器を棚にしまいながら、他のメンバーの様子を見わたした。

 千草はテレビ台にゲームソフトや攻略本、イラスト集のようなモノを『あーでもない、こうでもない』とブツブツ言いながら並べていた。

 彩は、部屋に入って左手の壁にある七、八センチほどの正方形が連なった棚に、先日美観地区で購入していたマスキングテープを飾っていた。飾っては離れて眺め、眺めては入れ替えてを繰り返している。時折頬に手を当てて嬉しそうにほほ笑んでいた。

 そして、悠里はというと、

「おっ待たせ―――」

 何やら大きな袋を両手に持って、本日も元気よくやって来た。


「悠里は何持ってきたん?」

 作業が一段落したらしい彩と千草が、悠里の傍に集まっていく。

 巧は少し部屋がホコッてきたため、換気をすることにした。

 今日は自分でお茶を入れよう。イングのメイドである彩も悠里の持ってきたものを見て、女子三人ワイワイ楽しそうに話している。

 たまにはこんな日があってもいいだろう。

 お茶の淹れ方に関しては彩に一歩劣るが、家事全般は卒なく熟せる。

 満点とはいかなくても及第点くらいのお茶は用意できるはずだ。

 巧は棚を物色し、数種類ある中から茶葉を選びお湯を沸かし始めた。

 選んだのは、煎茶。何故かって、一番お安そうだったから。

 いや、自信がない訳じゃないのだが、一応一応。


 巧が一人でそんな事をしている間。

 他の三人はというと。

「絵本?」

 悠里が持って来た紙袋の中身を見て、千草が首を傾げた。

 それもそのはず、今日はみんながそれぞれ好きなモノを持参することになっていた。

 そして、それを言い出したのはいつものように悠里であった。

 いつもその場の勢いで生きているような悠里だが、自分が言ったことは守る。

 はずなのだが……。

 活発な悠里と目の前の幼児向けの絵本の数々が、どうにも千草の中では結びつかなかった。


「いやぁ、自分でも似合わないってのは分かってるんだけどさ。小さい頃から絵本に囲まれて育ったから身近にあるのが普通になっちゃってね」

 悠里はそう言って照れたように頭を掻いた。

「そう言えばお母さんが絵本作家って言ってたもんね――――それにしても凄い数だね」

 納得しながら千草は手近な一冊をパラっと捲った。

「ああ、お陰で家中絵本だらけだよ」

「そうそう、結構有名なんやで、ゆぅちゃんのお母さん」

「へぇ、そうなんだ。どんなの描いてるの?」

「えっとなぁ―――」

「やめろよ、恥ずかしい。それまた次の機会に教えるよ」

「ええ、いいじゃん」

「いいの、いいの。そう言えばちぃちゃん何見てんの?」

 妙に恥ずかしがる悠里に千草が詰め寄っていくが、露骨に話をそらされた。

「もぉー。シンデレラだよ。懐かしなって思って」

 千草は何となく開いていたページを閉じ、表紙を見せた。

「ああ、女子はみんな好きだよな、お姫様って」

 お茶を入れ終えた巧も、本を覗き込んだ。巧自身も姉の影響で小さい頃読んだ記憶がある

。よくある話だが、分かりやすい王道のハッピーエンド物語だったはずだ。


「え、そうか? 私はあんまり好きじゃないけどな」

「え、そうなのか?」

 そんな巧の言葉に悠里が首を傾げた。

「だって、シンデレラって男は鈍感って話だろ」

 コイツは一体何を言っているのだろうか。

 斜め上の返答に訝し気な視線を向けた巧に、悠里は続けた。

「だって、何が硝子の靴だよ。靴のサイズが同じ人間なんてごまんといるっての。好きになった相手の顔くらい覚えとけって話だよ」

「……シンデレラをそんな風に読んでるのはお前くらいだよ」

 何て穿った見方をする奴だ。

「そうやで、悠里」

 悠里のあまりの酷い解釈に巧は絶句した。

 そして、どうやらソレは彩と千草も同じようだ。

「シンデレラのお話はな、女は化けるって事が言いたいんよ」

「え?」

 先程の様子から、彩が正しい解釈を語ってくれるものと思っていた巧の時間がフリーズした。

「王子様にも分からない程スッピンとお化粧して着飾った後のシンデレラが違ったんよ。普段貧乏で肌の手入れ何て出来てなかったやろうしな。今で言う詐欺メイクの先駆けやね」

 彩の解釈を聞き終えた悠里は『確かに…』などと訳の分からない納得をしようとしていた。

「お、おい。千草頼む。アイツ等を正気に戻してくれ」

 普段千草が巧に何か頼むことはあっても、逆はない。しかし、巧は今は幼少期から培ってきた自分自身の考えが根底から崩されそうになっていた。

「オッケー。任せて」

 力強く頷く千草を見て、これほど頼もしいと感じたことがあっただろうか。


「二人ともよく聞いて。私が本当のシンデレラを教えてあげる」

 巧の期待を一身に受けながら千草が語り出した。

「いい? シンデレラの物語はね、努力は報われないっていう事を言ってるの」

「おい、ちょっと待て」

 力強く訳の分からない事を言い出した千草に、たまらず巧が待ったをかけたが。

「ちょっと巧は黙ってて」

 何故か怒られた。

「いい? シンデレラっていうかグリム童話はだいたいそうなんだけど、本当は私たちが知っているような綺麗な話じゃないの。硝子の靴の持ち主を探すために王子が国中の娘に靴を履かせようとするのは同じなんだけど、原作ではシンデレラのお姉さんたちは自分の足しの指を切ってまでガラスの靴を履こうとしたの。でも、ガラスの靴だから血が滲むのが丸見えで偽物ってバレちゃうわけ。お姉さんたちは自分の幸せ玉の輿の為に本当の意味で身を削ったのにそれでも願いは叶わなかったんだよ」

 コイツは本当に何を言っているのだろうか。

 グリム童話の原作というのはよく知らないが、それを読んだとしてもこんな突飛な解釈にはなるまい。

……ならないよな?

 巧が本気で引き始めているとは知らずに、三人娘の会話はヒートアップしていった。


「へぇ、彩もちぃちゃんもこの私に絵本について語るなんてなかなかやるね。じゃあ、桃太郎はどう? やっぱり岡山と言えば桃太郎でしょ」

 何に対抗意識を燃やしたのか悠里が別の一冊を取り出した。

 それは日本人なら誰もが知っている物語。

 岡山が舞台とされる桃太郎。

 岡山駅には桃太郎の像が立っており、岡山銘菓と言えば言わずと知れた吉備団子。

 まさに、岡山国民のソウル絵本といえよう。


「桃太郎ってのは正義は何をしてもいいって格言を伝える話なんだよ。何たっていきなり鬼ヶ島に乗り込んで鬼ボコった上に宝物まで巻き上げてるのに英雄視されるんだからな。やってることは強盗と一緒だよな」

 おっと、いきなりご当地ヒーローともいえる桃太郎先輩が凄いディスられようだ。

「ちょっと待ち。それはまず鬼が好き勝手暴れてたからやろ? 宝物だってどっかから奪っていたモノやろうし」

 おっと、ここで彩がまさかの常識発言。巧が期待の視線を向ける。

「それよか、桃太郎は動物虐待のお話やろ。吉備団子一つで仲間にされた動物たちめっちゃ酷使しとるもん。まさに動物虐待の先駆けやね」

 うんうん、と自分の発言の正しさを噛み締める彩の後ろで、巧が力尽きた様にソファーに沈んでいた。

「え、桃太郎って吉備団子が凄い美味しいよって話じゃないの? だって、あんな小さいの一つだけで命かけて戦えるんだよ。相当美味しいに決まってるよ」

 巧の様子などいざ知らず、本気でそう思ってそうな千草は、言いながら巧がお茶と一緒に用意した茶菓子の吉備団子を食べていた。

「んん~ 美味しいっ」

 もう好きにしてくれ。


 その後も、長靴をはいた猫の絵本をみつけた三人が、

「アレって三男坊が精神疾患だって話だよな。あれ、詐欺師だったけ?」

「ちゃうよ~。あの猫は使い魔で三男が魔法使いやったんよ。じゃなきゃ猫が喋る訳ないやん。ねぁ、ちぃちゃん」

「うん。私もあの猫欲しい。そして養ってほしい」

「何言ってんだよ。ちぃちゃんには猫いるじゃん」

「え?」

「ほら、そこに」

 悠里がニヤッとしながら巧を指さした。

「あー確かに巧君はちぃちゃんにとっての長靴をはいた猫やね」

「……」

「……」

 無言で見つめあう、千草と巧。

「な、何だよ」

 普段と違う雰囲気で、何かに気付いたようにハッとして表情を見せる千草。その雰囲気に耐えかねて、巧が口を開いた。

「……」

 しかし、尚も無言でジリジリと滲み寄って来る千草に、たまらず巧は後ろに下がろうとするがソファーに座っているため、これ以上後ろがないことに気付いた。

 そんな巧には構わず、千草が更に距離を詰め、その小さな顔が巧の目の前に。

 吐息がかかるほどの距離に、普段気にしたことがない異性を感じ始めた巧は、慌てて立ち上がろうとした。

「よろしく養ってください」

 その前で、千草が綺麗に頭を下げた。

 というか、今なんて言った? コイツは。

 スンっと落ち着きを取り戻した巧が見たのは、目の前で真剣に扶養を願う千草の眼差しであった。

 巧は徐に立ち上がり、フーっと息を吐き、両手を腰に当て天井を見上げ、

「あいたっ⁉」

 千草の頭に鉄槌を食らわせた。


 今日も平常運転平和な【イング】であった。

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