第20話 次の冒険へ

 楽しかった旅行を終えた夏休み中盤。

 実家に帰省した者、バイトに励む者、友達と遊びつくす者が大半を占めるこの時期の大学構内は閑散とまではいかずも、普段の活気は見る影もなかった。


 そんな中、今日も今日とて騒がしい場所があった。


 サッカー部が使うグラウンド? 違う。

 バスケサークルが使う体育館? 違う。

 卒論に励む四年生の研究棟? 違う。


 それらを差し置いて普段通り騒がしいのは、【イング】のサークル室であった。

「ほな、上映会といくでぇ~」

「「「おお!」」」

 セーラー服姿の彩が給仕を終え席に着く。 

 机の上には高知で買っていた『ごっくん馬路村』と『いもけんぴ』が並べられていた。

 四人の視線は巨大スクリーンに。

 映し出されたのは、旅行の風景の数々。

 プロジェクターが映し出す思い出を眺め、あの時の感情を思い出す。


 今回の旅行では色々あったが【イング】のメンバーとして認められた――自分自身を認めることが出来た。

 不安。興奮。緊張。高揚。焦り――色んな感情に振り回された旅行だったが、間違いなく楽しかったと言える。


「じゃぁ、次はどこを制覇しに行こうか?」


 旅行の帰り道。車の中で盛り上がって、結局決めきれなかった次の旅行について悠里が口にした。

 朗らかに笑う悠里の笑顔につられて千草の頬も緩む。

 自然に笑顔が広がりみんなで顔を見合わせる。


 悠里は千草の世界を広げてくれた人だから。

 ゲームの世界小さな世界から現実の世界大きな世界に踏み出す機会をくれた。そして、『楽しむ』ただそれだけの事を、みんなで分かち合うだけで、数倍楽しさが増す。そんな物事の楽しみ方を教えてくれた。ならば、千草がその機会を不意にすることは出来ない。

 悠里がくれた機会イングを楽しむ。それが千草に出来る唯一の恩返しだから。

 千草たちの冒険は始まったばかり。

 静寂を湛えるサークル棟で、周りのエネルギーを吸い取るかのように、【イング】のサークル室だけがより一層の熱を帯びていった。

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