第13話 旅費と大食い大会

 

「我がサークルは活動費がかかる」

 とある日の昼下がり。

 球技大会を終え、夏休みまで残る学校行事と言えばテストのみとなった六月中旬。

 千草はいつものようにサークル室の大画面でゲームに勤しんでいた。

 本日はチームに分かれてフィールド内を自分のチームカラーに染め上げ、制限時間内の染めた面積を競い合う某人気ゲームをプレーしていた。

 いつも通り(今日はセーラー服)給仕に勤しむ彩と、出された飲み物と茶菓子をつつきながら、千草のゲームを鑑賞する巧。

 今日はまだ夏前だというのに日々暑さを増す岡山の気候にノックダウン気味の千草と巧の為にかよく冷えたレモネードと生クリームパンのセットだった。クリームパンの優しい甘みと、レモネードが爽やかさがマッチする絶妙な組み合わせだった。


 そんな日常と化した光景の中、悠里が思いつめた様に呟いた。

 普段の快活さが成りを潜め、自身の特等席である一人掛けのソファーに座り、テーブルの上で組んだ手の上に顎を乗せながら。

 例の如く司令官ポーズである。

「どうしたんだ藪から棒に?」

 唯一特に何もしていたなかった巧が、仕方なしに聞く。

「聞いてくれるか巧隊員……」

「誰だよお前は」

 変な世界観に入り込んでいる悠里に対し、律義に突っ込みを入れる巧は、サークル内での突っ込み役のポジションを確立したと言えるだろう。

「ダッシャーっ 勝利!」

「お前もうるせーなっ」

 ちょうど対戦を終え、勝利の雄叫びを上げた千草への突っ込みも忘れない。


「で、結局どうしたって?」

 勝利の余韻に浸る千草と、変な空気を醸し出す悠里を冷めた目で眺めながら、巧が話を再開させた。

「ここが何のサークルか言ってみな」

「ん? お茶のみサークルだろ?」

 何ごっこか分からないが、世界に入っている悠里に、巧が首を傾げながら言った。

「違うわっ! 【イング】だよ【イング】。【イング】をするためのサークルだよっ」

 巧の返答が気に入らなかったのか、悠里はバンっとテーブルを叩いて立ち上がった。

「あー。そう言えばそんなコンセプトだったね」

 平常通り、ゲーム画面から目を反らさずに千草が思い出したように話に参加してきた。

 片手でコントローラー、もう片手でポテチを割り箸で摘まみながら。

 巧みも大概だが、千草も千草である。

「そう言うコンセプトだったんだよっ。確かにこれまでそれっぽい事殆どしてないけどっ。それはこっちが悪かったけどっ」

 悠里が地団太を踏み出した。

「あーあ、分かった分かった。ちゃんと話聞くか。金が足りないって話だろ?」

「そうだよっ」

 巧に宥められ、まだ憤然としている悠里だったが、ボスンと席に着いた。

「え、でも球技大会の賞金があるよね?」

 ようやく画面から視線を外した千草が、会話に参加してきた。

 千草の言う通り、巧以外の三人は球技大会の優勝賞金がある。

 優勝学科に十万円。金額で見れば大きいが、それを学科の人数で割ると大した額にはならない。それこそ飲み会代くらいだ。

 学科の人数が多い看護学科千草と彩の取り分は更に少なかった。

「ああ、そうなんだけどな―――夏休みに第二回【イング】活動で旅行に行くって話はしたな?」

「ああ」

「お母さんからお小遣い貰ってますっ」

 確認の視線を向ける悠里に頷く巧と千草。


「ダイビングに行くぞ!」 


 それを見て悠里が力強く宣言した。

「ホワッツ⁉」

 突然の大声に千草が一瞬中に浮いた。


「ああ、ゴメンゴメン」

 急に叫んだ悠里が軽く謝る。

 ドッドッドッ と鼓動を奏でる心臓を押さえながら、落ち着くためにクリームパンを齧る千草。

「んん~ 美味」

 その姿は最早スイーツジャンキーである。

「じゃあ第二回【イング】課外活動の予定について―――彩」

「はいな」

 悠里の合図で彩が、いつの間に着替えたのかスーツに眼鏡姿でホワイトボードと一緒に登場した。

「よし。では、第二回【イング】課外活動について。二人には旅行に行くことは伝えとったけど、内容はまだだったよな? そこで今回は夏休みという事でダイビングに行くことになりました~」

「ダダダ、ダイビング……⁉ 夏の陽キャと言えば海。そそそ、そんな場所に、わわ、私なんぞが行っても良いのでしょうか」

「おーおー、まあ落ち着けちぃちゃん」

 取り乱す千草にサッと自分の分のクリームパンを差し出す悠里。

「―――ウマい」

「よしよし。落ち着いたな」

 一瞬で感情を切り替えた千草の様子に満足そうに頷いた。

「で、ダイビングなんだけど」

「ダ、ダイビング⁉」

 再びアワアワし出す千草。

「それはもういい」

「あいたッ」

 騒ぐ千草に巧の制裁が下った。

「でも、確かに夏の海ってなると人混みとか凄そうだな。千草も【イング】には慣れたみたいだけど、それは厳しいんじゃないか?」

 未だ頭を抱えて悶えている千草を横目に巧が苦言を呈した。

「チッチッチ。私たちが何年ちぃちゃんと一緒に居たと思ってるんだ?」

「いや、三ヶ月くらいだけど」

 ドヤ顔で人差し指を立て左右に振る悠里に、巧が冷静に突っ込みを入れるが、見事にスルーされ会話が進んで行く。

「その辺もちゃんと考えてのダイビングだよ―――彩ッ」

「……皆さんが静かになるまで五分かかりました」

 見るとホワイトボードマーカーを持ち、片手を腰に当ててご立腹の彩がいた。

「そ、それは⁉ 人生で一度は言ってみたいセリフその七」

 何故か千草が過剰に反応した。

「ふっ 分かってるやないか成瀬さん。プラス十点や」

「あ、ありがとうございます」

 すぐ寸劇を始めるメンバーを巧が冷めた目で見つめる。

「で、どんな計画なんだ?」

「そうやね。まずは家族連れが多い七月八月は避けて、九月に行こうと思うとるわ。まぁ、九月でも大学生は居るやろうけど、ダイビングって結局海の中やから人見知りとかあんまり関係ないんとちゃう?」

「なるほど。一理ある、か?」

 納得した様、してないような感じで首を傾げる巧みであった。

「ん? 何だね千草君」

 そんな二人の会話中に、姿勢よく上がる手があった。そして、すぐに始まる寸劇。

「ダイビングって資格とかいるんじゃないですか?」

「うむ。良い質問や。十点あげよう」

「ありがとうございます」

 言いながらニコニコとホワイトボードに『ダイビング』と書き込む彩。

 寸劇には興味いないとばかりに、生クリームパンの美味しさに驚き、袋の裏を見ながら原材料を確認しだす巧。

「それに比べて、コラ巧君。ちゃんと聞かんと五点減点やからね」

「……何の点数だよ」

 すかざず彩に指摘され、ばつが悪かったのか、突っ込みにいつもの切れがない。

「気に入ったんなら今度お店に連れてってあげるわ」

「お、マジで。サンキュ」

 主夫の巧としては、美味しいモノはどうにかしてレパートリーにとりいれたいことろである。

「ゴホン」

 そんな二人の会話を悠里が咳払い一つで遮った。

「もぉ、駄目だよ二人ともふざけちゃ」

 千草にまで指摘されてしまった。

「「すみません」」

 二人の謝罪の声が重なった。


「で、さっきのちぃちゃんの質問やけど、体験ダイビングってのがあって、それには資格とか必要ないんよ」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ、資格って何のためにあるの?」

「まぁ、ざっくり言えば、潜れる深さと場所の制限の違いやな。資格なしの人が潜れるのは十二メートルまでで、インストラクターと一緒っていう制限が付く。しかも、潜れるのは日本の海だけ。世界の海でダイビングするにはⅭカードっていうんを持ってないとあかんのよ」

 千草の質問に彩がすらすらと答えていく。

「詳しいな。お前らはそのⅭカードっての持ってるのか?」

「いや、持ってないけど」

 巧の当然の疑問に悠里がスパッと言い切った。

「ないんかいっ」

「前にも言っただろ。私の夢はこれから始まるんだ。そりゃ前もって色々調べたりはしてるけど、経験はない。そこは巧たちと一緒さ」

 そう言い言外に『だから楽しいんだろ』と視線をみんなに向けた。

 その様子に、

 彩が嬉しそうに頷き、

 巧が肩をすくめて苦笑し、

 千草が「う、海。私は、陽キャ。パーティーピーポー………」と、何やらブツブツ呪文を唱えていた。

 その後の話し合いは特に脱線もせず、あらかたのプランが決まった。 


 日時:九月三日から五日の二泊三日

 場所:高知県 柏島

 移動:彩の車

 持ち物:水着、タオル、帽子、サンダル、Tシャツ、日焼け止め、一泊用の衣服など

 宿泊:初日高知市内 二日目ダイビングショップの併設の宿

 費用:高速代二万円。初日のホテルが八千円、その他観光費が一万円くらい

ダイビング費用が一万六千円、宿泊費が五千円—――占めて五万七千円ほど。


「高速代は四人で割るからもう少し安くなるけど、他にもガソリン代があるから五、六万は覚悟せんといかんかな」

 プランを立てながら、並行して費用を計算した彩がいった。

「ご、五、六万円……ゴクリ」

 衝撃に生唾を飲み込む千草。巧も渋い顔をしている。

 球技大会の賞金は一万ほど。それを四人で割るので一人三千円ほど。そこに臨時収入お小遣いを足しても三万円程足りない。

「球技大会の賞金やちぃちゃんはお小遣いを加味しても、一人頭三万円くらいまだ足りんな」

 賞金をサークル費用として一括管理している彩が暗い顔でいった。

「そ、そ、そんな。どどどど、どうすれば⁉」

 分かりやすく千草が慌て出した。

「前に言っただろ? お金を稼ぐ方法は色々あるんだぜ」

 そんな千草に悠里がニヤリと笑いかけた。

 見ると彩も悪い顔をしている。

「……」

 その光景を見て、巧は嫌な予感しかしなかった。


  ※


「さぁ! ついにこの日がやって来ました! 常連から新人まで、集いに集った猛者十五名。果たしてどのような勝負を見せてくれるのでしょうかッ」

 澄み渡る青空。

 照りつける日差し。

 ほとばしる熱気に、滴る汗。

 ステージ上にズラリと並べられた十五脚の椅子と、それに座る老略男女。

 それを取り囲む観客と、更にそれを取り囲む出店の数々。

 大型スピーカーから流れるヒートアップした司会の声。


 そう、千草たちはとある大会に参加していた。

「さぁ、第二十五回を迎えました【岡山 桃早食い大会】! 優勝賞金三十万円と副賞の桃の詰め合わせを手にするのは果たして⁉」

 司会の女性が腕を大きく広げ、千草たちの後ろ―――ステージの後ろにデカデカと掲げられた垂れ幕を示した。

 そう。早食い大会。悠里が言うお金の稼ぎ方とはこの事であった。

 球技大会の次は早食い大会。もはや大会荒らしの様相を呈してきた【イング】メンバーである。

 巧がそう言ったところ、『バカ野郎っ 若者(私たち)が大会に出ることでご当地大会を盛り上げて、賞金を貰う。ウィンウィンな関係だろうが』との事であった。

 しかし、三十万円—――大会内容と賞金額を聞いた千草はヤル気満々である。

 普段のコミュ障は鳴りを潜め、スイーツと賞金を狙う冒険野郎(テンションマックス)になっていた。

「では開始前に前回優勝者の方にインタビューしたいと思います」

 そう言うと司会の人がステージ上に上がってきた。

 やはりいるのか、前回優勝者。

 千草たちが乗り越えなければならない壁。

 司会の動きを目で追う。ステージ中央を超え、千草の横まで来る。

 そこで急にマイクが顔の横に突き出された。

「っっっ⁉」

 突然のことに我に返る千草。スイーツハイから覚醒し、いつもの千草が顔を出した。

 あわあわと口を動かし、目を白黒させ、ダラダラと冷や汗を流す。

 そんな千草様子を知らずに、司会の人がひと際大きな声で言った。

「前回大会初出場で見事優勝した宗兼彩さん。今大会の意気込みをお願いします」

 千草の隣に座っている彩に眩しい笑顔を向けて。

「……へ?」

 その声にあっけに取られてのは千草だけでなく、巧もであった。

 千草の反対隣りに座っている巧と一緒に、今まさにインタビューを受けている彩に驚愕の視線を向ける。

「んん~。意気込みかぁ。ウチはただ美味しいもんをたくさん食べたいだけやからな。期待してるで職人さん達」

 何をとぼけたことをと、知らない人は思うだろうが、千草たちは知っている。それが本心である事を。

「おっと、チャンピオンから飛び出したのは他の挑戦者など眼中になしという正に勝利宣言っ―――。これには会場の熱もヒートアップだぁぁぁ」

 司会者が何やら拡大解釈したことをのたまっているが、確かに会場の熱は一段階ました。

「さて、では改めてルールの説明をします。まず、毎回料理の内容が変わるこの大会。決まっているのは唯一、岡山県の名産『桃』を使った料理である事。そして今回の料理はこちらっ」

 声とともに会場の巨大モニターに画像が映し出された。

「ピーチタルトだあああああああ」

「うおおおおおぉぉおぉおおぉぉ」

 観客、挑戦者双方から大歓声が上がった。

「ルールは簡単。制限時間三十分の間により多くのピーチタルトを食べた人が第二十五代桃早食いチャンピオンだっ」


 挑戦者それぞれの後ろに給仕のスタッフが付く。

 術に目の前に置かれたピーチタルト。

 直径十センチほどのタルト生地の上に、桃が円を描くように二層盛られており、その下にあるであろうクリーム層を覆い隠していた。

「ゴクリ」

 千草が分かりやすく生唾を揉み込む。

「まぁ、正直彩がいれば賞金は貰ったも同然だけどな」

 余裕の表情で彩の隣に座る悠里が呟いた。

 食べる食べるとは思っていたが、まさか大会に優勝する程とは。流石悠里をして飽食時代の化け物と言わしめるだけのことはある、のか?

「では、準備が整いましたので大会を開始したいと思います。参加者の皆さん、準備は良いですね―――では、第二十五回 桃早食い大会スタ―――――トッ」

 司会の号令に合わせて参加者全員が一斉にタルトに齧り付いた。

「こ、これは―――⁉」

 一口齧るとまず、ザクザクのタルトの食感が楽しい。その次に来るのが濃厚な桃の甘み、それをクリームがフワリと包み込んでいく。

「シェフを呼べっ!」

 美味しさの驚愕に両目を見開いた千草がガバっと顔を上げ叫んだ。

「おっと、これはどうした⁉ 初出場の成瀬千草が動いたぞ」

 司会がすかさず反応する。

 そこへ慌てた様に白い服に白い帽子をかぶった年若い女性—――パティシエがやって来た。

「すみませんッ。何かありましたか?」

 帽子を脱いで空かさず謝罪するパティシエに、サッと振り返りその眼前に親指を立てた手をかざして一言。

「グッジョブ」

「は、はぁ?—―――ありがとうございますっ」

一瞬キョトンとしたパティシエだったが、すぐに千草が何を言いたいのか理解して相好を崩した。

 これにはパティシエ同様キョトンとしていた会場も熱を取り戻す。

『わああああああああ!』

 一拍置いて広がる歓声。

『いいぞ嬢ちゃんッ』

『私も食べたーい』

『グッジョブ』

 様々な声援が飛び交う。しかし、そんな事には目も、耳も向けずに用は済んだとばかりに目の前のスイーツを頬張る千草であった。

「やるやないちぃちゃん。まさかこの場面で人生で一度は言いたいセリフ第五を口にするなんてな」

「ははは、まったくだぜ。本当にちぃちゃんはその場のテンションで生きてるよな。今だけ見れば人見知りってのが信じられないぜ」

 その光景を不敵な笑みを浮かべる彩と、呆れながらも楽しそうに笑う悠里がいた。

 巧はと言えば、完全に無視して食べ勧めていた。

 巧は燃えていた。

 そう。巧には勝たなければならない理由があった。

 球技大会で、巧だけ賞金を手に入れてないのだ。

 このまま、千草や悠里たちの賞金で旅行に行ったとなれば、素直に楽しめない。

 ここでどうしても優勝して、賞金を手にする必要があるのだ。


「さあ、制限時間残り十五分となりましたッ。ここで現在の様子をお伝えしますッ」

 時間が半分を過ぎたところで司会が現在の途中経過を発表しだした。

「五位は前大会三位の須藤さん。職業はインストラクター。その鍛え抜かれた身体でピーチパイを攻略していくぅぅう」

 巧が司会の言葉にギョッとして左右に視線を向けると、左手奥に笑顔で手を振る見知った顔がいた。悠里たちに視線を向ける。どうやら知っていたようだ。千草はと言うと、司会の言葉が聞こえていないのか、目の前のパイしか見えていないのか。黙々と手と口を動かしていた。どうやら一番緊張していたのは自分のようだと、自分を客観視して冷静さを取りもどす巧であった。

「第四位。表彰台一歩手前は何と前回優勝の宗兼彩さんッ。スタートダッシュに失敗したのか⁉ ここからの追い上げに期待ですッ」

「そして第三位はッ。先程会場を沸かせてくれた超新星! 成瀬千草さんッ。勝負はまだここから。もう一つ見せ場を残しているのか⁉」

「そしてそして、優勝争いをする第二位ッ。こちらも前回大会第二位の大物、大盛で有名な洋食店オリオン店主の森田さん! 沢山食べたいッ。その思いがお皿に溢れていって今の形になったという根っからの食いしん坊が追い上げを見せるのか⁉」

「そして現段階での栄えある第一位ッ。八雲野巧さんッ。いったいどこに隠れていたのか新人が名乗を挙げた―――」

「さあ、このまま八雲さんが走り抜けるのか? しかし、それを許さぬ猛者たちが後方に控えているッ。追いも追われる第二十五回桃大食い大会はいよいよ大詰めだああああああ!」

 唾を飛ばして捲し立てる司会の言葉であったが、少なくとも上者たちにその声は聞こえていなかった。

 パクパクと、ニコニコと、ムシャムシャと、バクバクと、ぐぬぬぬと。

 五者一様にピーチパイを口に運んでいく。

 しかし、その様子は順位通りではないようで。

 早くも限界そうな者と、ペースを変えず淡々と食べる者、ラストスパートに入る者と様々であった。

「さあ、泣いても笑っても残り十分を切りましたッ。例年に見ない大接戦を制するのは果たしてっ」

 司会の暑苦しい声が上昇気流に乗って、会場の熱を巻き上げていく。


「第二十五回桃大食い大会優勝者は―――宗兼彩選手うううッ」

 盛大な歓声と拍手の元、ステージ上では彩がいつものニッコリスマイルで優勝トロフィーと賞金を手に観客に手を振っていた。

「二連覇おめでとう御座います。今の御感想はッ?」

「そやねぇ? ピーチパイとっても美味しかったで」

 そう言って、親指を立てた手をパティシエに向ける彩。パティシエもそれに応えるナイスガイポーズ(どちらも女性だが)。

「だから言ったろ? 彩がいるんだから賞金ゲットは間違いないって」

「……」

 その光景をステージしたから見上げる悠里が、手を頭の後ろで組んで大きく欠伸をしながら、同じくステージに上がれなかった―――三位までに入れなかった巧に話しかけた。

「そして、惜しくも第二位ッ。成瀬千選手。いや~まさに台風の目。今大会をもっとも盛り上げた選手と言っても過言ではありませんッ。おめでとうございますッ! ファンです!」

 大会開始から常にハイテンションで実況していた司会が、とうとう何か言い出した。が、

『俺もだぁぁぁ』

『私もよ~。こっち向いて』

『おっぱい大きい』

『ちょっと待ちぃ⁉ おっぱいはウチの方が大きいからなっ』

 会場の観客もおかしくなっている様だ。

 彩も彩で何かはしゃいだことを言い出した。

「成瀬選手。ぜひ一言お願いします」

 司会にマイクを向けられた千草。悠里の脳裏に大会開始前の光景が浮かび、あちゃ~という顔になったが。

「……幸せ。お腹いっぱい」

 千草は千草でまだラリッている様子。流石スイーツジャンキーである。

「……」

「三位は森田さん。おめでとー」

「アレ⁉ 儂の扱い雑じゃないっ」

 適当にインタビューを流された森田さんが涙目で叫んでいたが、それはそれ。

 悠里には他に気になる事があった。

「……」

 先程から、いや大会終了後から一言もしゃべらずに地面に転がっている者—――巧に視線を向ける。

「あ~、その、大丈夫、か?」

 悠里としては何とも歯切れの悪い言葉であった。

「……ううぅ」

 それに呻き声という斬新な応答を返す巧。

「ははは―――まぁ、どんまい」

 そして、しゃがみ込んでその肩をポンと優しく叩く悠里であった。





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