第12話 旅費と球技大会と勝負
「覚悟は良いだろうな巧?」
「お前こそ、吠え面かいても知らねぇぞ」
時を遡る事数日前。
ゴールデンウィークも終わった五月中旬。
今日も今日とて【イング】のサークル室に集まっていた四人。
しかし、普段と違うところがあった。
ほほ千草の所有物と化している大型スクリーンの画面。そこに映し出されていたのは、剣や魔法、勇者や魔王――ではなく、先日の倉敷は美観地区観光の時に撮った写真であった。
「あ~あ、やっぱり楽しかったなぁ……」
遠い日を思い出すかのように千草が呟いた。
「次の予定は今のところ夏休みだけど、良い企画があればまた行こうぜ」
美観地区観光の後すっかり仲良しの千草と悠里が嬉しそうに話していた。
「う、そう、だよね。うん」
しかし、千草の反応は鈍いモノであった。
「どうしたん?」
横からお菓子を与えながら、彩が首を傾げた。
「ポリポリポリ うん。ちょっと問題が」
「問題?」
「うぅぅう」
彩と悠里に見つめられ千草は頭を抱えた。
「……金がない」
そこを
「あ、あーあ、なるほどな。二人はバイトしてないんだっけ?」
得心がいったとばかりに悠里が手を叩く。
「ああ、落ち着いたら探そうと思ってたんだけど、中々思うようなところが無くてな」
「私は探してもないですっ」
巧の言葉に続いて、千草が胸を張って言いきった。
「やかまし」
「アウチっ」
すかさず巧から制裁を受けた千草が、頭を抱えて蹲る。
「美観地区観光は楽しかったけど、まぁまぁな出費だったからな。サークル活動の度にアレが続くとなると正直厳しい」
「それは、そうだな」
巧の言葉にうんうんと頷く悠里。
「お前達はお金どうしてるんだ? やっぱりバイトしてるのか」
「いや。中高はしてたけど、今はしてないな。せっかくサークル立ち上げたのにバイトで時間盗られたら勿体ないだろ」
「じゃあ、どうしてるんだよ? 彩と違ってお前は金ないだろ」
「失礼な奴だな。それに彩もサークルの活動費は自分で調達してるんだからな」
「へぇ、そうなのか?」
「まぁな~。ウチはキューチューブの広告料とかで稼がせてもらっとるわぁ。なかなか人気あるんやでウチのコスプレ」
そう言って、チャイナ服でポーズをとる彩は確かに様になっている。
「成程な。だけど、その方法は俺たちには難しいな」
巧が苦い顔をして言った。入学前に千草が同じような事を言っていた気がするが、まさか実在していたとは。しかし、確かに動画配信の広告収入は魅力的だが、人気が付くまでに時間がかかる。そもそも人気が出るかも不透明だ。始めたとしても夏の活動には間に合わないだろう。
「悠里はどうしてるの?」
ようやく千草が会話に復帰してきた。
「私か? ふっふっっふっ。お金を稼ぐ方法てのは色々あるんだぜお二人さん」
ニヤッと悪い笑みを浮かべながら悠里が言った。
時が進み、五月中旬のとある平日。
大学構内は普段とは違う熱を孕んでいた。
普段はバラバラに活動している千人を超える学生が、同じような服装になり、運動場や体育館に学年・学科毎に集まっていた。
みなソワソワと、ストレッチをしたり、その場で駆け足をしたりと、準備運動に余念がない。
そんな中、校庭、体育館それぞれ同じタイミングで、一人ずつ生徒が前に出て、声高らかに宣言した。
「これより第四十三回 学年学科対抗球技大会を開催します‼」
『ウオオオオオォォォッォォッ‼』
開会の言葉と同時に凄まじい歓声が起こる。
それはあたかも空気や、大地が振るえたと錯覚するほどの熱を秘めていた。
なに大学生にもなって球技大会何かで熱くなっているんだ。と思ったそこのアナタ。
これにはちゃんと理由があった。
何と優勝賞金が出るのだ。
その額何と十万円。
流石私立大学。太っ腹な事だ。
すなわち、悠里が言っていた良いお金の稼ぎ方とは――色んな大会に出て賞金を手に入れたらいいというものであった。
所謂賞金稼ぎ。
まったく、世の中舐めているとしか言いようがないが、どんな事にも楽しみを見出すことにかけては流石右に出る者がいない奴である。
「いいか? この戦い絶対に勝たねばならぬ」
八人の男女が円になり、それぞれが右手を中央に出し、互いの小指と親指を結んでいる。その中の一人、巧の向かいに居た男子――学科一のムードメーカー横山がやる気満々といった風にチームメートを見わたした。
「どこの侍だよお前」
それに対する巧の反応は淡白であったが、その顔はヤル気に満ちていた。全員が互いを見やり、ニヤッと笑った。
体育館の片隅にその集団はいた。
感覚矯正学科 一学年。男子三名女子五名の計八名。
球技大会のバスケットボールチームだ。
球技大会はバレーボール、ドッチボール、バスケットボールの三競技に分けられ、各学科の各学年がそれぞれチームを編成する。当然学科ごとに人数は異なり、定員数の多い学科が自ずとメンバーの層も厚くなる。その点で言えば定員数が多い医療福祉学科と看護学科が優勝候補となるだろう。しかし、人数は少ないが優勝候補と目されているのが健康体育学科である。その名前の通り、運動神経が服を着て歩いているような奴らの巣窟である。
そして、巧が所属する感覚矯正学科の一学年定員は三十五名。看護学科の半数にも満たない人数である。
当然各競技に配分できる人数はギリギリ。弱小も良いところである。
したがって、三つの競技すべてに戦力を均等配分することは出来ない。取れる戦法は唯一つ。どれか一つの競技に戦力集中一点突破するというものだ。
ここで問題になるのは、ではどこに? という事である。
厳正な協議の結果、人員配分は以下の通りとなった。
バレーボールに十名、バスケットボールに八名、ドッチボールが十七名。
バレーボールは初めに却下された。実力差が出やすいためだ。それでは、人員を多く投入できるドッチボールか? 否。人員不足のチームがそれを取る利点はない。では最後に残ったバスケットボールを渋々とったか?
これも否。満場一致でバスケットボールに少数精鋭を投入することが早々に決定したのだ。何故なら、学科内で数少ない三人の男子がバスケ経験者だった為だ。女子も五人の内二人が経験者。後の三人は高身長の為選出された。
優勝候補に名の上がらない弱小学科の一年が、台風の目になる。
その意気込みが、初めの言葉に繋がったのだ。
「しゃあっー 行くぞ!」
初めに声を発した学科一のお調子者、横山が更に声を張り上げる。
『うんっ うんっ うん――』
謎の掛け声と共に、組んだ手を上に振り上げた。
開戦である。
大会は十ある学科のトーナメント方式。
事前にクジを引き、対戦相手は決定している。巧たちの初戦の相手は準優勝候補の医療福祉学科である。何とこの学科は人数が多すぎる為、A~Cチームに分かれての参加だ。巧たちの相手はBチームで男女混合のチームであった。ちなみにAチームは男子のみ、Cチームは女子のみのチームのようだ。
初戦の相手としては不足なし。良い肩慣らしになるだろう。
試合は十分の前後半。ハーフタイムは五分の計二十五分間。
結論から言えば、感覚矯正学科一年対医療福祉学科一年Bチームの試合は盛り上がりなく終了した。
感覚矯正学科一年――巧たちのチームが圧勝したためである。
基本的に球技大会というものは勝っている方も、負けている方も、その他関係ない者も含めてある程度盛り上がるものだが、それを許さない程の大差での勝利となった。
しかし、巧たちが強すぎたと言う訳だはなかった。相手が弱すぎたのだ。
男女混合のこのチームは完全にお遊びで来ていた。巧たちとは初めから意気込みが違っていたのだ。
男子は女子に良いところを見せようと空回りし、女子は『キャァキャァ』言うだけ。
温度差を感じた他の生徒たちも白けて他の試合を見に行く始末。
全くの肩透かしであった。
「まぁ何はともあれ初戦突破だなっ あぁ良かった~。いきなり優勝候補だから初戦敗退したらどうしようって気が気じゃなかったぜ。これで肩の荷が下りたわ~」
不完全燃焼の巧たちチームメイトをに金髪がトレードマークの二人目の男子、横山が伸びをしながら声を飛ばした。
「そ、そうだよね」
「うん。ボールの感覚は掴めたよね」
「おう。これからこれから」
「みんな足動いてたよ」
「あーあ、俺も出たかったな」
横山につられるようにして、みんなが口々に話し出した。
「……そうだな」
その様子を見て、巧は肩の力を抜いた。いつの間にか力んでいたようだ。大なり小なりみんながそうだったのだろう。横山の声でチーム内に満ちていた固い雰囲気がほぐれた。
その後、巧たちは一回戦ほど圧勝ではないが順当に勝ち進んでいった。
準決勝。
感覚矯正学科一年対健康体育学科一年。
両雄がコート中央で向かい合って並びあう。
「よくここまで上がってきたな」
「当然だ。
悠里と巧は互いに不敵な笑みを浮かべていた。
ピーイイィィィィ
甲高いホイッスルの音が鳴り響く。
「覚悟は良いだろうな巧?」
「お前こそ、吠え面かいても知らねぇぞ」
世紀の一戦が始まった。
主審が高く放り投げたボールをジャンプ一発競り勝った巧が叩く。
ボールは巧の後方に落ち、感覚矯正学科のチャラい男子、横山がフォールドした。
すかさず、巧にパス。巧がガードとしてボールを持って上がる。
「一本行くぞ」
これまでの試合で連携はバッチリ。戦意も高いチームメイトは素早くポジショニングを取りに動いていた。
「何⁉」
これまでの試合ではこのまま速攻をかまして先制点。流れをそのまま勝ち抜けるという展開だった。
みんなもそのつもりで動き出していた。動きに無駄はなかった。
しかし、全てのパスコースが一瞬で塞がれていた。
「悪いね」
巧の前で腰を落とした半身に両手を上げたハンズアップの体勢で悠里がニヤリと笑う。
「私たちはたとえ相手が兎でも全力で仕留めるのさ」
「言いてくれるじゃねえか」
巧はすぐさまパスを捨て正面の悠里を見据えた。
――抜く。
全ての意識をドリブルに。
素早く左右に振り、間で視線のフェイントも入れる。
が、悠里は揺らがない。
スリーポイントの内側にすら入れない。
「ほらほら、どうした? そんなんじゃ二十四秒経っちまうぞ」
「にゃろっ」
煽られた巧は一気に前に出た。強引な突破を図る。
(待ってました)
悠里の心の声が聞こえてきた。
狙いたがわずボールをカットしようと手が伸びてくる。――が、
「待ってたぜ」
そのセリフを口にしたのは巧だった。
悠里が勝ちを確信し、一歩前に重心をズラした――その瞬間巧の重心は前方になかったのだ。見かけだけ前のめりになっていたが、重心は後ろに残していた。
悠里の目測のズレ。
僅か一歩分のズレだが、それは致命的なズレであった。
一瞬のフリーを巧は見逃さなかった。
ワンドリブルで横にスライドしてからのシュート。
綺麗な放物線を描いたボールはノーバウンドでゴールネットを揺らした。
「――ワワワアァァァアっ」
一瞬の静寂の後、体育館が大きな歓声に包まれた。
準決勝ともなれば、すでに敗退した学科の生徒や、同じ学科の生徒などが観戦や応援に駆けつけてくる。
巧と悠里の駆け引きは一瞬で観客を魅了した。
「……スリーポイント」
悠里はゴール下でバウンドしているボールを茫然と眺めながら呟いた。
「まさか、この時の為に温存してたのか?」
巧に向き直り問う。
悠里が言うように、巧はこれまでの試合出来るだけポイントガードに徹してきた。ドリブルとパスで仲間を生かし、アシストする。今まではそれで十分だった。
「これまでは俺が点を取る必要がなかったからな。でも、この試合は全力でやれそうだ」
「言いてくれるね。格上の力魅せてやるよ」
「はっ、言ってろ。今日勝つのは俺だ」
前半終了。
得点は二十八対二十で感覚矯正学科が優勢で折り返しとなった。
『『『『『疲れた』』』』』
しかし、コート横のベンチの様子は違っていた。
感覚矯正学科の五人は大の字に倒れ込んでいた。
残りの三人が飲み物やタオルを渡したり、団扇で扇いだりと大忙しだ。
「何だよアイツ等。こっちが勝ってるのに全然勝ってる気がしねぇぞ」
ハァハァと荒い息を漏らしながらも、大声で不満を口にする池田に、
「三ゴール差なんてあってないようなモノだね」
チーム一の高身長でバスケ経験者の岡田さんがはははっと乾いた笑い声を漏らす。
「はぁはぁ、アレで経験者がいないってホントどうかしてるぜ」
更に、情報通の横山が衝撃の事実を口にして。
「はぁ? おい、それどういう事だよ⁉」
倒れ込んでいた巧も飛び起きた。
「あれ? 言ってなかったか。
「ちょっと待ってよっ。じゃあ何。私たちは素人相手にこんなに苦戦してるって訳⁉」
「まったく業腹だが、その通りだな」
「っつ⁉」
ここで絶望するか、奮起するか。
人が強大な敵を目のあたりにした時取れる選択肢は大きく二つ。
敗退の享受か、徹底抗戦か。
「お前ら悔しくないのかよ」
下を向き始めた仲間に、そして何より自分自身に向かって巧は気炎を吐く。
「俺たちは勝ちに来たんだ。学科の皆の思いを受けて、みんなの分まで勝つために来たんだ。それなのに、こんな全力で戦おうとしない奴らに負けて悔しくないのかよ」
呟く声は体育館の喧騒に掻き消えそうな程小さいが、不思議と仲間たちの耳に届いた。
その声には確かに力があった。
負けたくないじゃない。勝つという確かな意志。
ピィィィィィ
後半開始のブザーが鳴った。
「行くぞっ 勝ちに‼」
『『『『おうッ!』』』』
「へぇ、前半あれだけ攻めてたから、後半の体力は残ってないかと思ったんだけどな」
巧たちの気合の籠った声を聞き、悠里は凶暴に笑った。
「さぁ、ここからが本番だ」
悠里の後ろにいるメンバーたちも先程の死闘が嘘のように平然としている。
言葉通り、ここからが本領発揮なのだろう。
審判がボールを真上に放った。
飛び上がる両雄。
ジャンプのタイミングは同時。
身長に差がない二人。
ならば、ガタイでわずかに勝る巧に分がある。前半通りマイボールから流れを作れる。巧はそう錯覚した。
ぬるり。
そんな感覚がした。
体格差で負ける悠里は身体を捻り、ボールと巧を遠ざけたのだ。いや、二人の間にあった僅かな隙間に体をねじ込んできたというべきか。巧が無意識に避けている接触。男女が同じフィールドで勝負する時、よほどのプロでない限りは男側に意識無意識関係なくセーブがかかっている。
悠里はそれを見逃さなかった。いや、前半戦でそれを確かめたのか。
「マイボール」
悠里は仲間に向かって弾いたボールをリターンパスで受け取ると、空中でバランスを崩して倒れ込んだ巧を置き去りにした。
前半を上回る鋭いドリブル。
その時にはすでに二人がディフェンスの裏を狙って走り込んでいた。
三対二。
オフェンス側が圧倒的に有利な状況。
巧の次に素早い男子が悠里の前に立ちふさる。その後ろで両チーム合わせて一番高身長の女子生徒が両サイドへの展開とドリブル突破へのヘルプに意識を向ける。
「いいチームだね」
呟いた悠里は、ドリブルの回転数を上げた。
突破する気だ。
それを悟った横山が腰を深く落とした。普段のおちゃらけた雰囲気が消え、その眼に闘志を燃やしながら。
「良い眼だね。それでもっ」
相手の覚悟を見極め、それでもなお悠里は前進した。左右の切り替えしを二回入れ、ワンテンポに満たない半テンポ分相手を置き去りにし、前へ。
「⁉ ヤルねッ」
ここで振り切るつもりだったのだろう。半テンポ遅れながらも確かに感じるプレッシャーに悠里が小さな驚愕と、それ以上の笑みを浮かべた。
『何事も全力で』
悠里のモットーであり、【イング】の活動指針。
そして、事勝負の場面では実力が拮抗している時こそ最高のパフォーマンスが出来る。
勝敗に関わら最高のゲームが出来る。それを理解したからこそ悠里は笑ったのだ。
しかし、ぐずぐずはしていられない。
ほんのわずかな時間のアドバンテージ。これを生かせるか行かせないかは勝敗に直結することもまた悠里は理解していた。
悠里はさらに鋭く前へ――――。
誰もがそう思った。
が、悠里の身体は後ろに下がっっていた。
一歩分。
そこは、スリーポイントラインの外側。
「クソッたれ‼」
気付いた横山が後ろに行きかけていた体を何とか堪え、前方にジャンプ。
しかし、悠里が放ったボールは彼の手には届かず、綺麗な放物線を描いてリングに吸い込まれていった。
『オォォォォォォ』
前半同様開戦同時のスリーポイントに沸く観客。
しかし、状況は逆転していた。
「うしっ」
悠里は小さくガッツポーズるとその場で腰を沈めた。
「何⁉」
前半までは健康体育学科のディフェンスはハーフコートのマンツーマンだった。
しかし、悠里が今いるのは敵陣地。
「オールコートマンツー、だと」
なまじ経験者ばかりの巧のチームは驚愕に目を剥く。
オールコートマンツーは確かに強力なディファンスだ。実力差があれば、相手を圧倒できる。しかし、その代償としてとてつもなくしんどい。後半になって取り入れたという事は、初めからそのつもりだったという事だ。
前半は様子見と温存。してやられた。
前半の初得点を後半にそっくりそのままやり返された精神的ダメージと、体力的な限界。
考えが甘かった。
悠里は全力で勝ちに来ている。
巧とて、手抜きや出し惜しみなどしているつもりは毛頭なかったが、細かな作戦までは立てていなかった。
急造チームでは作戦が仇となりボロが出ることが多い事、それと個々の能力の高さからチームプレーより個人プレーを優先させたこと。
ここまでは問題なかった。
しかし、個の力が拮抗した時鍵となるのが、チーム力だ。
今、そのチーム力で悠里が巧の一歩先にいた。
「さあ、ゲームを始めようか」
巧の言葉に上がった士気を、わずかワンプレーで折りにきた。
茫然と、焦燥、諦め、あらゆる負の表情と、止まりかける足。
次のプレーがターニングポイントだ。
後半が始まったばかりだが、経験者の巧は悟った。
ならばやる事は一つ。
「走れッ」
相手の走力を超える事。後のことは考えず、ただこのワンプレーで得点することだけに意識を向ける。視線は前へ。足の回転数を上げる。
「へいっ」
悠里に纏われ付きながらも、身体を入れてパスを要求する。
ポイントガードの巧にボールが回らなければ、その後の展開が望めない。
「あっ⁉」
しかし、疲労と焦りからワンテンポパスが遅れた。
悲鳴のような声をあげるチームメイト。巧も流れる身体を停めることが出来ない。
(取られる)
そう思った。
「だらっしゃ―――」
金色が割り込んできた。
「何っ!」
これにはパスカットからのシュートまでの流れを頭の中で作っていた悠里も驚愕する。
「行けっ巧」
ドカンっ
受け身も取らずに倒れ込みながらも、巧にパスをつないだチームメイト。――横山が親指を立てる。
「お前……」
「勝つんだろ?」
痛みに耐えながら、それでもニヤッと笑う仲間に巧は、背を向けることで答えた。
「速攻――」
今の攻防で悠里を置き去りにした巧。他のチームメイトも限界の足と鼓動を無理やり加速させ、四対三の状況が出来ていた。
数字以上に一番厄介な悠里を振り切れたことも大きい。
後は速さだ。
前を見れば、沈んでいた顔は消え、全員歯を食いしばって走っていた。
相手は、意表を突かれて僅かに動作が遅い。
走り込む裏にスペースがある。
見逃さず、相手にとられないギリギリで、手が届く鋭いワンバウンドパス。
太田さんにパスが通った。
レイアップシュートの構え。
「させるかよっ」
「ウソッ」
ボールが手から離れる寸前、シュート体勢に入っていた。
巧はその一瞬前、パスを出したコンマ数秒後後方から駆け抜ける風を感じた。
まさか追いついたというのか? コートの端から端を駆け抜けて。
一筋の矢とかした悠里がジャンプ一閃、身長差などものともしないジャンプ力でボールを叩く。
ゴールネットを揺らすはずだったボールは、バンっと力強くボードに叩きつけられた。
「ああ!」
シュートを防がれたチームメイトが、倒れ込みながら悲愴の悲鳴をあげる。
「コレで終わりだ」
空中で振り返った悠里が勝利を確信した笑みを浮かべた―――
「え?」
が、次の瞬間その顔に疑問が浮かぶ。
(何でお前が、誰よりも速くそこにいる?)
「伊達に入学してからずっとつるんでたわけじゃねーぜ」
弾かれたボールを拾った巧がシュートの構えを取っていた。
その存在を感じた瞬間に巧も走り出していた。
「――くそ」
それを見て、笑いながら悔しがる悠里。
巧の放ったボールはリングに触れることなくゴールネットを揺らした。
ピッピッピィィィィ―――――
走り切った。
健康体育学科の学生も膝や腰に手を当てて、息を乱していた。
感覚矯正学科の学生はと言えば、全員体育館の床に大の字に倒れ込んで動けなくなっていた。
「ははは、まさか走り切られるとは思わなかったぜ」
倒れ込んだ巧を見下ろしながら、悠里が言った。
「お前が言ったんだろ――何事も全力でした方が楽しいって」
ニヤッと笑う巧に目を白黒させる悠里。そして、次第にその顔を満面の笑みで満たし
「ハハハハハ 負けだ負けっ。あーあ、やられたよ」
そう言って手を差し出してきた。
その手を掴み巧も身体を起こした。
「コレで一勝一負だな」
「ああ。でも、次はこうはいかないぜ?」
「言ってろ。返り討ちにしてやる」
コート上の至る所で互いを称え合いながら、動かない体を起こしてもらう感覚矯正学科の学生とそれを引き起こす健康体育学科の学生の姿があった。
まったくどちらの勝ったのやらという光景であった。
『ありがとうございましたッ』
何とか整列して、最後は互いに大声で挨拶をした。
割れんばかりの声援と拍手が体育館に木霊した。
※
「いや~。波乱に満ちた大会だったな」
球技大会後【イング】サークル室にて、悠里が感慨深そうに呟いた。
巧みに負けてしまった悠里であったが、特に気にした様子はない。
「…………」
「そうやねぇ。ウチの学科でも後世に語り継がれるって言われとったわ」
「…………」
「ほえ?」
空かさずハチミツレモンに手を伸ばした千草が、自分に視線が集まっている事に気付き首を傾げた。
「ププっ まさかちぃちゃんが優勝するとはなっ。残念だったな巧!」
「……うるせ」
我慢の限界とばかりに悠里が笑い出した。
その様子に憤然とする巧。
そう。悠里との激戦の後に行われたバスケの決勝戦。
準決勝で全員力を使い果たしてしまった巧たちのプレーは精細さ欠いた。
「まぁ、コレで一勝一敗の話もなしだな」
「はっ⁉ 何でだよっ。お前には勝っただろうが!」
「何でって、そりゃ私とちぃちゃんはチームだからな」
ボルダリングの時もそうだっただろ? と悪い笑みを浮かべる悠里に、巧は
「くそっ」
と、悪態をつくだけしか出来なかった。巧自身優勝できなかったことで素直に勝ちを喜べない部分があったのだろう。
「大体、何で経験者を別の競技に当てたんだ? そんな事しなきゃ勝ってたんじゃないか? 何事にも全力でじゃなかったのかよ」
「ん? 何のことだ? ウチはみんなが出たい競技に出ただけだぜ。そしたらたまたま経験者がバラけただけ。全力でやるにはまずはモチベーション、出たい競技に出るべきだろ」
「……さよか」
勝つ事に全力か、戦う事に全力か。色々な全力の出し方があるらしい。
「でも、これで少しは旅費の足しになったんとちゃう?」
普段は
「ああ、そうだな」
「ん!」
悠里とハチミツレモンを口に咥えた千草が頷いた。
球技大会の結果
バスケットボール 優勝 看護学科
バレーボール 優勝 健康体育学科
ドッチボール優勝 健康体育学科
トータル獲得賞金三十万円
しかし、全てが【イング】の予算に入る訳ではない。
賞金は
その為、【イング】に入る賞金は千草と彩、悠里合わせても一万程。
まぁ、ないよりは断然マシである。
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