第15話 ウエットスーツとBカップ
水着に着替え、その上から貸し出されたウェットスーツを着た四人は船に向かっていた。
「何かダイバーって感じがするな」
全員を見わたし悠里が満足そうに頷いた。
「そして水着買いに行って良かったって改めて思うわ」
みんな(主に千草)の水着を見て悠里が「うんうん」と頷く。
海に出かけるにあたり、荷物確認をしていると千草が普通にスクール水着を取り出したため、巧が待ったをかけ、悠里と彩に相談。すぐさま買い出しが決行されたと言う訳だ。
「そうやねぁ。悠里や巧君はスラッとしてるからホンマ様になっとるわ」
「はははっ。そうだろ」
褒められた悠里が嬉しそうに巧と肩を組む。
「おい、やめろっ。暑苦しい」
「はははっ。照れんな照れんな」
「や、やかましわ」
悠里にバンバン背中を叩かれ声を上げる巧がだ、その顔は真っ赤で何とも可愛らしい。
「しかし、アレだな。巧が眼鏡かけてないと違和感すげぇな」
「美観地区で眼鏡取り上げた奴が何言ってんだ?」
そして、そんな事は気にしない悠里がそのまま会話を続ける。巧も諦めたようにされるがままだ。
「ああ、そんな事もあったな」
「やかましい、この認知症が。ついこの前の事だからな」
「ははは、まぁまぁ怒んなって。それで今はコンタクトしてんのか?」
現在、普段眼鏡で隠されている巧の美貌瀬切るモノは何もなかった。
「ああ。でも、すぐ外したい」
「ん? どうして?」
「すげー目がシバシバする。俺ドライアイ気味だったんだな。初めて知ったわ」
「おお、そうか。何かドンマイ」
しかし、そんな事よりもコンタクトによる違和感が強い巧は目を押さえながら渋い顔。これには悠里も同情の眼差しであった。
「巧君は眼鏡かけてなくても別嬪さんやから大丈夫やよ。それに比べてウチ等はなぁ」
フォローかよく分からない事を言った彩が、二人から視線を反らし、未だ大人しい千草に視線を向けた。
「う、うん」
話を振られた千草は先程までと違った恥ずかしさを感じながら弱々しい返事をした。
巧と悠里。千草と彩。
この二組の違い。
それは、そうっ。胸部の膨らみであった。
巧は当然として、スレンダーな悠里のウェットスーツのチャックは首元までしっかり閉じられている。
しかし、千草と彩のチャックは腰のあたりまで。
その為、現在普段以上に激しい主張を示す双房であった。
決してウェットスーツのサイズがあっていない訳ではない。ないのだが、どうしても身長と胸部のサイズが釣り合っていない二人である。多少の圧迫感が胸部にある為、海に入るまではこうしている訳だが、
「は、恥ずかしい」
真新しい水色のビキニ姿の千草は、普段露出控えめこともあって中々堪えるようだ。
そんなもろもろ状況を分かった上で彩が爆弾を落とした。
「ホンマ悠里が羨ましいわぁ」
ビキっ
何かがキレる音がした。
目が気になり彩の別嬪呼ばわりには突っ込めなかった巧であったが、この暴言には一早く気付きすぐさまにフェードアウト。
千草は彩の爆弾発言に「本気か?」と衝撃を受け、その場でフリーズ。
言った張本人の彩は、シュバっと千草の後ろに退避。
「ちょ、ちょっと 彩ちゃん⁉」
これには千草も批難の声を上げたが、時すでに遅し。
魔の手は、すぐそこに迫っていた。
「ふざけたことを抜かすのはこの乳かッ‼」
悪鬼の如く眼前に迫った悠里により『ガシッ』双丘を鷲掴まれた千草が悲鳴を上げる。
「ひぃぃぃ。ちち、違います。この胸じゃないです」
体格、力。どれもが比較にならない二人である。
千草は成す術もなく弄ばれていた。
「Bは貧乳じゃねぇぇぇっ!」
悠里の怒声がエメラルドグリーンに澄み渡った海の向こうに吸い込まれていった。
「うぅぅ。酷い目にあった」
その後何とか解放された千草は現在ウェットスーツのチャックをしっかり首元まで閉めていた。
「あははは。ゴメンゴメン。ついな」
トボトボ歩く千草の頭を撫でながら、彩があまり済まなそうな感じをさせずに誤っていた。
その前方で、
「そりゃ、あの二人に比べりゃ小さいかもしれないけど、形には自信あるんだぞ。やっぱり量より質だろ? それとも何か? お前も大きければ何でもオッケーなおっぱい星人か⁉」
巧が悠里に詰め寄られていた。
「あ、そうだな。ただ大きいだけより形が綺麗な方が大事だな。お前の胸はちゃんと綺麗だから自信持て」
普段であれば絶対口にしないであろう言葉を死んだ目をしながら口から零す巧。あの後、船着き場までずっと悠里に詰め寄られ心を殺してしまったようだ。
「え……っと。どうしたの? 何か成瀬さんと八雲君が凄く疲れてるんだけど?」
船着き場で船の準備をしていた田中さんが、到着した四人を見て首を傾げた。
「ここに来るまでに聞くも涙語るも涙の事件があったんですよ……。気にせんといて下さい」
訳知り顔の彩が田中さんの肩にそっと手を添え首を振った。
元凶が何を言っていると思う千草と巧であったが、突っ込む気力も残っていなかった。
「そ、そうかい? 体調悪いようなら少し休憩してからでもいいけど?」
「あ~、大丈夫です。すぐ回復するんで」
まったく罪悪感を感じさせない彩と、若干バツが悪そうな悠里に促された田中さんの視線を千草と巧に向く。
「「……」」
二人は無言のまま弱々しくオッケーサインを出した。
習ったばかりのハンドシグナルがこんなところで役に立つとは。どんなことでも知っているという事は、素晴らしい事なのだと学んだ千草と巧であった。
「分かった――でも、本当に体調悪いようならすぐに言うんだよ?」
「「はい」」
元気な二人の声と、二つの無言の頷きを確認し、田中さんが乗船を促した。
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