第10話 美観地区④
その後も食べ歩きと称して、美観地区の散策を続けた。
かきシュウマイに金賞コロッケ、きび大福、手焼煎餅など、外で歩きながら食べるモノはどうしてこうも美味しいのだろう。
美味しいモノに囲まれてほくほく顔の千草と、それを見て嬉しそうに笑う悠里。更にご満悦の彩。そんな三人を笑いながら、時に苦笑いも交えつつ、巧が続く。
食べ物の他にも、デニムストリートの統一されたデニム感(ベンチまでデニム調だった)や店頭で飼育されているミツバチを見たりと、思う存分美観地区を堪能する一同。
「白鳥っ 白鳥がいる!」
途中、川に白鳥を見つけた千草が駆け寄って行った。
見ると観光客に眺められながら二羽の白鳥が優雅に泳いでいた。
「ねぇねぇ、餌とかあげてもいいのかな⁉」
初めて見る野生の白鳥という事で、千草のテンションが急上昇。
「まあ待て、ちぃちゃん」
しかし、我先に動き出しそうな悠里が静止の声を掛けた。
「アレを見てみろ」
そう言って悠里が指さしたのは、今まさに餌付けをしようとしている観光客の姿であった。
「みんな餌あげてるねっ」
それを見て、自分もと駆け出していきそうな千草だったが、
「ちぃちゃんは『みにくいあひるの子』って絵本知っているかい?」
唐突な質問に首を傾げた。
「知ってるよ。アヒルの子だと思ったら、白鳥の子供だったって話でしょ?」
早く餌付けをしたい千草が、もの凄く大雑把な返答を返した。
「うん。まあ、そんな感じだね。その話を聞いてどう思った?」
「どうって、可哀そうだな? って」
何故か疑問形の返答をする。
「私はさ、白鳥の子供って醜いのかな? って思ったんだよ」
「ふーん?」
いったい何の話をしているのだろうか。
「だって、白鳥の子供なんて見たことないだろ? だからお母さんに聞いてみたんだよ『白鳥の子供は醜いの?』って。そしたらなんて答えたと思う?」
「ん~。知らない。とか?」
「いんや。その場でスケッチブックに白鳥の子供の絵をかいて『こんな感じ』ときたもんだ」
「お母さん絵上手なんだ?」
「ああ、一応絵本作家だからね――それで、私はその絵を見て思った訳さ。あれ、可愛いじゃんって」
「あれ、そうなの?」
この話にはちゃんとゴールがあるのだろうか? 傍で聞いている巧は段々不安になってきた。ないなら、ないで早めに自分が突っ込みを入れなければと、こちらもよく分からない使命感を感じていた。
女性は会話にオチを求めないが、男性はオチを求めてしまう生き物なのだ。
女顔でも性別男の巧の性(さが)である。
「そうなんだよ。結局、醜いだの、可愛いだのは個人の価値観なんだって、幼いながらに悟った訳さ」
「聡い子だったんだね?」
「おうよ。それでさ、ちぃちゃん。今の話を踏まえて、もう一度あの白鳥を見てみな?」
「ん?」
そう促された千草は再び視線を白鳥に向けた。
「……可愛い、よ?」
「ああ、可愛い」
「ちょっと待て、何の話してんだよッ」
我慢の限界に達した巧の突っ込みが飛ぶ。
「まぁ、待て」
しかし、片手であしらわれてしまった。
「確かに、今は可愛い。しかし、あのまま観光客に餌付けされ続けたらどうなると思う?」
「それは……」
楽して餌がもらえるため、その場から動かなくなる。動かなければ、食べた分はそのまま体に蓄えられる――はっ!
「太る⁉」
天啓が下りてきたように、千草が叫んだ。
「その通り。ちぃちゃんはあの可愛い白鳥のそんな姿が見たいのかい?」
そう言われた千草はかぶりを振り
「悠里 私間違ってた」
ガバッと悠里の手を取り、謝罪し。
「うんうん。分かってくれて嬉しい」
そう言って、頷き合う二人。
一件落着である。
――――前半の話必要だったか? 呟く巧の声は周囲の喧騒に紛れて消えていった。
「なぁ、せっかくやし
「ええ、神社か……」
「あれ? 巧君歴史好きなのに神社は好きと違うん?」
「ああ、まぁな」
彩の提案にイマイチ乗り気でない巧。
「巧は実家が神社だから信仰心薄いんだよ」
普段と逆で口が重い巧の代わりに千草が答えた。
「それって普通逆じゃないか?」
「何か小さい頃から色々手伝わされてたんだって。おみくじ包んだり、合格祈願の鉛筆を袋詰めしたり。で、有難みがなくなっちゃたんだって」
「あー、それは何か、ドンマイ」
悠里が優しく巧の肩を叩いた。
「いや、別に嫌いって訳じゃないからな。ただお参りとかはする気になれないだけで。お祭りしてるんだろ? それなら行ってみようぜ」
「ホンマ? 良かったぁ。ウチ御朱印集めしてるから、一度行っときたかったんよ」
阿智神社は美観地区の一角にある鶴形山の山頂に鎮座する倉敷の鎮守する神社で、
航海の安全を司る
「宗像三女神って言うのは、
「何や、そう言うんは詳しいんやね」
「言っただろ。参拝する気になれないだけって。神話とかは別なんだよ。お前こそ、こういうの好きそうだからもう来たことあるのかと思ってたけど?」
「うん。行こう行こうとは思ってたんよ。……でも、ここまでの誘惑が多くて今までは中々辿り着けへんかったんよ。だから今日はみんながいてくれて良かったわ」
彩はそう言いながら、手にした手焼煎餅を齧っていた。
「……さよか」
もう、突っ込むのもバカらしい光景だった。
その後も境内散策した。
「藤の花も丁度満開やなぁ」
広い敷地内には拝殿・本殿をはじめ、神が降臨する巨石――
また、阿智神社には三女神を祀る本殿以外にも神社がいくつかあり、学問の神様として有名な菅原道真を祀った神社もあった。
これには千草が興奮して、「巧の家と同じだ!」と何故かわざわざお参りまでした。
その他にも、ちょうど能舞台では、行われていた『十二単衣のお服上げ』――一枚一枚着物を着せていく実演がされており中々見ごたえがあった。
彩の貰って来た御朱印は藤の花を模してをり、カッコよかった。
「ウチもこんなのにしたら良いんだけどな」
巧も細ぼそっとそんな風に呟いていた。
「さて、そろそろおやつの時間だな」
のんびりと神社の散策を終えたところで、スマホで時刻を確認した悠里が突然そんな事を言い出した。
「認知症か?」
すかさず巧が突っ込みを入れる。
「そうそう、昼ご飯まだかのう――ってちゃうわ。誰が食べ歩きしてること忘れとる認知症じゃ」
悠里が見事な乗り突っ込みを披露した。
「じゃあ、なんだよ。まだ何か食べる気か?」
そう言いながら、巧はきび大福をパクリ。
「ええやない。ずっと食べてたけど少しずつやったし。それに歩きっぱなしやったからプラスマイナスで言ったら、ギリギリマイナスやよ」
マイナスらしい、ギリギリで。流石の燃費の悪さだ。
しかし、そういう巧もお腹いっぱいかと言われれば、首を横に振る。
千草も同様の様子。
何といっても今日はご飯を食べていないのだ。それっぽいモノと言えばお煎餅のみ。
ご飯党の千草としては物足りなさがある。
「だろ? いい店があるんだよ。まぁ、おやつじゃなくて軽食みたいな感じだけど、みんな食べられるだろ?」
全員が顔を見合わせて、頷き合った。
悠里の案内で向かったのは【有鄰庵】という一見普通の民家風のお店であった。
「ここの卵かけご飯が絶品なんだよ」
「卵かけご飯⁉」
道すがら悠里が言った言葉に、千草が過剰に反応した。
「いや、うるせぇな」
巧が迷惑そうな視線を向けた。
「ご飯党のちぃちゃんには是非ここの卵かけご飯を食べてもらいたかったんだ」
「悠里!」
「ちぃちゃん!」
「いいから、行くぞ」
突如始まりかけた寸劇を巧がスパンっと切り捨てた。
お昼時を過ぎていたため並ぶことはなかったが、それでも店内は満席に近かった。
「ごっはん♪ ごっはん♪」
席に着くと、千草がご機嫌な創作メロディーを奏でながら、メニュー表を吟味し始めた。
悠里から卵かけご飯が有名と聞いていたため、くらしき桃子の二の舞にはならず、すぐにメニューが決まるだろう。
そんな巧の思いは僅か二秒で崩れ去った。
「鯛のおひつ御飯に猪肉のしゃぶしゃぶ丼⁉ それにしあわせプリンにパンナコッタまで⁉ どうしよう巧、卵かけご飯もあるのに全部食べられるかな?」
「アホか。ご飯一つに、デザート一つが限度だろうがっ。閉店まで居座る気かよ」
「うぅぅうぅ」
呆れ顔で指摘された千草は、再びメニュー表と睨めっこを始めた。
その向かいでは彩は当然として、卵かけご飯を進めていた悠里までもが、うんうん唸りながらメニュー表に顔を埋めていた。
イングメンバーが唯一静かになる瞬間。それがメニュー選びの時だと巧はこの時悟った。
即決した、というよりは卵かけご飯の口になっていた巧は早々とメニュー表選びを終えていたが、今回は先に頼むことはしなかった。
食べ物の恨みは怖い? 微妙に違う気もするが、先程踏んだ轍は踏まない巧であった。
その後も唸り続けるメンバーに呆れた巧の、
「この後もどうせ何か食べるんだろ? それなら軽めにしとけよ」
という鶴の一声で、渋々ながらメニュー選びを終えた一同。
みんな仲良く卵かけご飯。女性陣はそれにしあわせプリンとモモジュースをセットで頼んだ。甘いモノは別腹との事。
待つ事数分。
おひつに入ったご飯と生卵。それに薬味の瓶が三つに空のお椀が二つ。一つが御飯茶碗で、もう一つが卵を溶くための茶碗だ。
卵を茶碗に割り入れ、丁寧に溶く。そこにかけるのは特性の黄ニラしょうゆ。熱々のご飯をおひつから
一気に掻き込む。
「うみぁいっ」
千草が口をパンパンに膨らませながら、良い笑顔で言った。
「食べてから喋れ。でも、確かにウマいな。この醤油売ってんのか」
巧は律義に突っ込みを入れながらも、今まで食べたことのない独特の風味の醤油に興味津々であった。
「だろ? 美観地区に来たらここは外せない。なあ、彩?」
自身も美味しそうに卵かけご飯を掻き込みながら悠里が言った。
「あ、すみません。ご飯のおかわり下さい」
「何っ⁉」
巧が一杯食べ終わる間に、彩のおひつが空っぽになっていた。そしてすかさず
ご飯のおかわり無料の制度をとことんまで堪能する気の彩に、巧が驚愕の声をあげた。
しかし、あと二人は気にした様子もなく、楽しそうに自分の食事を続けていた。
どうやら現段階で一番イングに馴染み切れていないのは巧のようだ。
常識人の突っ込み役の辛い性である。
巧が一人驚愕していたその時、千草は黙々とご飯を食べていた。
最初の一杯は卵の味を味わうために、卵と醤油を少々のみであった。二杯目は味変。ふりかけに、天かすを織り交ぜて頂く。
これもまた絶品であった。
地元食材にこだわったお店らしく、それが味としてしっかり出ている。
美味しい御飯は命の洗濯。
千草もその後一回おかわりをした。
この後の事を考えたメニュー選びのはずであったが、結局千草、巧、悠里の三人は一回ずつご飯をおかわりした。そして、その間に彩は四回おかわりしていた。
ご飯のあとは、デザート。巧以外が注文したしあわせプリン。
「あ、みんな顔が違う」
運ばれてきたプリンを見て千草が言った。
見れば、プリンの上にチョコペンでそれぞれ顔が書かれていた。全部笑顔なのだが、舌を出していたり、口を開けて笑っていたり、目元もそれぞれ違いがあった。
「んん~ おいし~。甘さ控えめでご飯のあとにちょうどいいね」
大層ご満悦の様子で舌鼓を打ちながら、プリンを味わう千草。
「しあわせプリンを食べて、その後楽しかった倉敷の事を思い出したら幸せになれるってジンクスがあるんだ」
その様子を見ながら――自分もプリンを口に運びながら悠里が言った。
「じゃあ、私の幸せは決まったも同然だね」
その言葉を聞き、良い笑顔で千草が言った。
「何でだよ?」
普段見せない千草の様子に巧が首を傾げる。
「だって! 今日本当に楽しかったからっ。今まで友達と遊びに行くなんてしたことなかったから知らなかったけど……みんなで遊んだり、食べたりするのって楽しいんだねっ。私今日の事はいつだって思い出せるよ!」
始めはテンションのまま話していたが、次第に自分が恥ずかしい事を言っていることに気付いた千草は顔を赤くしながら、それでも笑顔でそう言った。
その様子に他の三人の顔もつられて笑顔になる。
「嬉しい事言ってくれるじゃんっ! でも、まだ今日は終わってないぜ。これからもっと楽しいことするんだからな」
「そうやでちぃちゃん。それに今日だけやのうて、これからもっともっと、今日以上に楽しいことしていくんやから、思い出のメモリーはしっかり開けとくんやで」
千草の言葉にテンションを押さえられなくなった二人が千草に抱き着いた。
慣れない事をしたせいか、顔を真っ赤に染めて小さくなる千草が、悠里と彩に揉みくちゃにされている。
「……良かったな」
その様子を巧が優しい笑顔で見つめていた。
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