第6話 倉敷観光
今日も今日とて、【イング】サークル室で美味しいスイーツ片手にゲームに興じる千草。
それに小言を交えつつ眺める巧と、膝丈に魔改造された巫女装束で給仕に勤しむ彩。
そして『バンッ』と扉を開けて、最後にやって来る悠里。
それぞれに挨拶をする。
『ちぃちゃん今日は何のゲームしてんの?』と、もはやルーティーンと化した流れである。
「テ〇ルズだよー!」
ノールックで元気よく答える。
「おお、そっかそっか。最近ずっとそれしてるね」
「RPGだからね! 毎日新しい町に行って――冒険の日々だよ! やろうと思えばどこまでもやり込めるよ!」
「へぇ~、そうなんだ」
ボルダリング後、すっかり打ち解けた千草と悠里であった。
カラスの鳴き声が西の空に響く夕方。
千草のゲームが一段落したところで悠里がバンっと立ち上がった。
「次の活動について発表があります!」
「ッ!? ビックリした」
「よっ、待ってましたぁ〜」
「キツクないのでお願いします」
悠里の言葉に三者三葉の返事を返す。
「ちぃちゃんと巧はこっち来てから観光とかした?」
「ココか家でゲームしてました!」
元気よく答えた千草だが、巧が冷たい視線を送ってきた。
「まあ、俺も大学生活と家事でソレどころじゃなかったからな」
そして、諦めたように巧も呟いた。
「うむ。結構結構」
そう言って悠里は、腕を組ん満足そうに頷いた。
「で、観光とサークル活動になんか関係があるのか?」
巧が不思議そうに聞いた。
「ふっふっふっ。では教えてやろう。――今度のサークル活動は倉敷は美観地区観光だ!」
※
そして大学入学して一ヶ月が経ち、はじめての大型連休。
四月末に申し訳程度に実家に帰った千草と巧。
初めは連休の間はずっと帰省予定だったが、諸事情で短縮。
千草の両親に大学生活についての報告を済ませ、思いのほか高評価を頂いた。
夏休みにサークル活動で旅行に行く予定がある事なども話すと『巧君以外の友達が出来て、しかも旅行なんてっ⁉』と千草母が驚愕の声を漏らし、巧の手をガシッと握りブンブン振り回しながら『ありがとうね巧君』と感謝を述べるに至った。
「いや、俺は別に何もしてませんよ。千草の頑張りです」
「おぉ! 良い事言うね巧」
「調子に乗るな」
「あうっ」
まさかの手刀を母親から頂いた。
「ぎゃ、虐待で訴えるぞ」
「アンタね、そんな事言ってるとお小遣いあげないわよ」
「え? お小遣い頂けるのですか」
「だってアンタ、バイトとかしてないんでしょ。貯めてきたお年玉くらいじゃすぐに使い切っちゃうわよ」
「うぅぅ、それはまぁ……」
確かに引っ越しの際も少し使ってしまったため懐事情は万全ではない。しかし、友達と旅行なんど行ったことがないため相場も分からない千草である。
「せっかくの旅行だもん楽しんできなさい」
そう言うと千草母は財布より渋沢栄一様を二枚シュバっと出して見せた。
「ははぁぁぁ。有難き幸せ」
それを時代劇がかった仕草で頂戴した千草。
「うむ。くるしゅうない」
この母にしてこの娘ありだ。
しかし、その後旅行まで勝手に使ってしまわない様にと巧に預けられてしまった渋沢様であった。
そして、とんぼ返りで岡山に戻って来た五月三日、ゴールデンウィーク中日の本日。
【イング】のメンバーが勢揃いしていた。
「実家楽しかった――ってちぃちゃんの顔を見れば聞くまでもないなぁ」
「うへへへ~。夏休みに旅行行くって言ったらお小遣い貰えたの」
「ふふふっ ホームシックからきた安心感とやないんがちぃちゃんらしいなぁ」
千草と彩が向かい合って楽しそうに話していた。
会話しながらも隙あらば千草に餌付けをしようとする彩がせっせとお菓子の用意をしている。
「そう言えばこの時期が一番多いらしいなホームシック」
その光景を羨ましそうに見ながら悠里が言った。
しかし、ホームシックとは無縁の千草と巧である。二人の仲ではアレは都市伝説だったのかと思っていたのだが、
「そりゃ、アンタ達はならないだろうさ。ほとんど二人で居るんだし、端から見たら親子みたいなもんだからな」
悠里がジト目で巧に視線を送った。
「な、何だよ?」
その非難の視線に心当たりがある巧は、たじろぎながら視線を反らした。
ボルダリングで負けた巧は、悠里より千草の世話を制限するよう言われている。しかし、巧のしていた家事をいきなり全てやれと言われて出来る千草ではなく。現在は悠里が(彩も)一番に主張した洗濯のみ千草が自分で行っている。
確かに、自立には程遠い現状だが、洗濯の仕方一つ教えるのもかなりの労力を要した。進みが遅いのは何も巧が世話を焼くせいではない、はずだ。
千草と彩が雑談し、悠里の視線を巧が避けつつ、現在【イング】メンバー四人は電車に揺られていた。
目指すは倉敷市。
「ちいちゃんすぐ着くから寝たらダメやでぇ。はい、コレ」
朝早いため(千草にとっては)、ウトウト目を閉じようとする千草。そこへ彩がポッキーの袋を取り出し、口元に差し出す。
「ん~。大丈夫起きてるよ~」
目を閉じながらも、口を開けポッキーを受け入れる千草。そのまま『ポリポリポリ』と小動物の様に咀嚼していった。
「あははっ ちいちゃんは今日も平常運転だね」
「行儀悪いからやめろ」
それを見て、悠里と巧が正反対の反応を示した。
どうやら全員平常運転のようだ。
その後、彩の言う通りものの数分で倉敷駅に到着した。
一同は悠里の先導で改札を出て、南口の方へと歩を進める。
時刻は午前九時半を少し過ぎたところ。
何故か部長命令で朝食を抜いて来ているため食べ盛りの巧をはじめ、食いしん坊の『イング』メンバーのお腹が合唱を始めてしまっている。
「あははっ 安心しな。今日はとことん食べて遊んで倉敷満喫ツアーだからな」
悠里がいつものハイテンションで親指をグッと立て、歩くこと十分程。
「着いたぞっ」
突然悠里が立ち止まった。
その視線の先には
「パン屋さん?」
視線の先にあった店の看板に首を傾げた千草。
こじんまりした二階建ての和モダンな建物で、一見民家のようにも見えた。
しかし、店先まで漂ってくる香ばしい香りが、鼻腔を擽(くすぐ)り、空腹のお腹にボディーブローをかましてくる。体が自然と店内の方に流れていった。そして、扉越しにも視界に飛び込んで来た焼き立てパンの数々。
お菓子でを食べていた事など忘れたかのように千草のお腹が『グウ~』と抗議の音を鳴らした。
しかし、だ。
「お前さっき倉敷満喫ツアーって言ってなかったか?」
巧が疑問を呈した――もちろんパンを食べる事に異論はないが。
「ああ、もちろんっ」
「それが、パン屋?」
「応ともさっ」
「……」
ニコニコニコ
「はぁ~」
あまり説明する気がなさそうな悠里の様子に溜息をついた巧は、彩に助けを求める視線を送った。
「ふふっ。あんなこのパン屋さん――『ムギ』はこの辺では食べログ一位のお店やからちょっとした観光名所になっとるんよ。今日の目的は倉敷観光やからピッタリやろ?」
「なるほど」
彩の分かりやすい説明に納得した巧と、そんな事より早くお店に入ろうとソワソワする千草。
悠里はそんな二人を見て得意顔で彩の補足を補足した。
「ここは素材に
悠里を先頭にカランっつと押戸の扉を開けて店内に入った。
するとフワッと先程まで店先で感じていたパンの香りに加え、芳醇なコーヒーの香りも漂ってきた。
グゥ~~
千草だけでなく、みんなのお腹も悲鳴を上げる。
「「「あはははっ」」」
女子三人が一瞬顔を見合わせたあと、誰につられるでもなく笑い出した。巧はというと既に並べられたパンを物色している。
「私たちも選ぼうか」
「そやね」
「うん」
朝はごはん派の千草だが、店内に綺麗に並べられたつやつやと光るパン。
それらから漂うバターの焼けた香ばしい香りと空腹というスパイス。この誘惑に打ち勝てる者など果たしてこの世にいるのだろか? いやいない。
今日ばかりはパン派に鞍替えしても良いと思える千草は、はなからパン派である巧の横で真剣にパンを吟味し始めた。
サクッとした食感が見て分かる、香ばしく焼けたパイに、クロワッサン。ふわっふわのシフォンケーキにハードな食べ応えが伺えるバケット。その他にもフレンチトーストやメロパンにクリームパン、あんパン、サンドウィッチ、ピザトーストといった王道のものから、ポルチーニやアールグレーを使ったモノや、名前だけでは何かよく分からないものまで数十種類のパンが千草の目を誘惑して来る。
「おーい。ちぃちゃん決まったかー?」
パン選びに集中し過ぎて、いつの間にか他の三人は会計を終えていた。
会計前でそれぞれのトレーを持ち千草を待ってくれている。
「あわわわ。ちょっと待ってー。えっと、えっと、」
「あははっ。ゆっくりでいいよ」
慌てる千草に笑顔を向けながら、悠里が言った。
「んっと――。よし、これにしよっ」
そんな掛け声と共に何とか様々なパンたちの誘惑の中から、二つ選び出した千草はレジに向かった。
会計を終えて、四人は二階のイートイン席に向かった。
二階には四人掛けのテーブル席が四席あり、奥の方には十人掛けくらいの大きなテーブル席があった。店舗同様、木の木目が美しい重厚な木製の家具で統一された落ち着く雰囲気の空間であった。
千草たちは窓際の四人掛けのテーブルに座った。
席に着くと、先程一階で会計をした際に一緒に注文したドリンクが運ばれてきた。
悠里と巧がドリップコーヒー、彩が和紅茶、千草はフルーツジュースを注文した。
運ばれてきた飲み物がテーブルに置かれると、コーヒーの独特の芳香が漂ってきた。そう言えば一階は焼き立てのパンの香りが強かったが、二階はコーヒーの香りが強いようだ。千草たちの他にも二組ほどいた先客もテーブルを見るとみなコーヒーを飲んでいるようであった。
「コーヒーって美味しいの? 苦くないの?」
大の甘党である千草としては、あんな苦いモノを好き好んで飲もうとはとても思えないのだが、巧は「春は曙、コーヒーはブラック」などとよく分からない事を言いながら、家でも美味しそうにコーヒーを飲んでいる。
「ん? そりゃ苦いよ? でも、その苦さの先に香ばしい香りやコクが広がるんだよ」
千草の疑問に悠里が美味しそうにコーヒーをゴクリと飲みながら答えた。
「それに、ここのコーヒーは特別だからね」
「と、特別?」
ゴクリと生唾を飲み込む。ゲーム脳の千草は特別という言葉だけでワクワクしてしまうのだ。
「そ。『カップオブエクセレンス』を受賞した豆だけが使われてて、口当たりが軽くて飲みやすいんだよ」
「カップなんちゃら?」
初めて聞く言葉に千草が首を傾げる。
「『カップオブエクセレンス』。分かりやすく言うと、世界中のコーヒー豆の中から厳選された数パーセントの豆だけに与えられる賞のことさ。店に入る時も言ったけど、ここはこだわりが強い店で、パンもライ麦と全粒粉しか使わないから、普通より少しお高めなんだよね。コーヒーも然りってわけ」
「ちなみにそのコーヒーはおいくら万円で?」
千草は五百円のフルーツジュースを飲みながら訪ねた。
「何と一杯七百円」
「な、七百円⁉」
巧がスーパーで買っている粉のコーヒーでもそんなにしない。しかもあちらはそれ一つで何杯もコーヒーが作れるというのに、これだけで七百円。
千草は改めて向かいのテーブルに置かれた、黒い液体に視線を向けた。
見た目では違いは分からない。分かる人は『香りが――』何て言うのかもしれないが、正直千草にはさっぱりである。
「これが、知らない世界か……」
「え?」
千草の茫然とした呟きに、悠里が首を傾げた。
「ほら、サークル勧誘の時に言ってたじゃん。『見たことない世界を見せてやるよ』って」
千草は一ヶ月ほど前の一コマを回想した。
「あははっ。確かにこれもちぃちゃんにとっては知らない世界かっ。言われてみればそうだよね。自分が知らないだけで身近なところにも知らない事はたくさんあるんだ。はははは。いや~、ちぃちゃん良い事言うね」
何故感心されているのかよく分からない千草は、購入したクロワッサンを口に運びながら首を傾げた。
クロワッサンは予想通り、サックサクで一口食べると芳醇なバターの香り口いっぱいに広がる絶品であった。
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