第3話 イング


 その後は彼女たちの言う通り慌ただしかった。

 

 全体説明会後、学科ごとの歓迎会、履修登録などが怒涛の勢いで押し寄せてきた。

 全体説明会など巧と一緒に居られる時は良かったが、学科ごとになると知り合いのいない千草は生きた心地がしなかった。


 千草の入学した看護学科は対人関係の仕事を目指すからだろうか、コミュニケーション能力が高い人材が多かった。それが余計に千草に肩身の狭い思いをさせた。


 巧の手助けや(主に家事一般)、本人の気付いていないが、人一倍小柄な千草は同級生に妹の様に可愛がられ、どうにか日々を過ごしていた。

 その光景を遠くから眺める視線があったのだが、人にもまれ作画崩壊気味の千草がそれに気づくことはなかった。


 そんなこんなで、入学式から一週間ほど経ったある日の夕食時。


 いつものように千草の部屋で巧と二人で食卓を囲んでいた。今日のメニューは海鮮チャーハンに餃子、中華スープであった。今日の晩御飯の献立は『疲れた体にガツンとしたものを』と言う千草のリクエストによって、このザ・中華な晩御飯が完成した。

 料理をするのは巧なので、巧の部屋で食べればいいのだが、家では定位置の座椅子に陣取りゲームに励む千草である。その集中力たるや凄いモノで、巧が声を掛けなければご飯を食べずに貫徹する勢いである。


 その為、巧は毎日通い妻のように千草の家で朝、晩と料理に励むのであった。

「「いただきます」」

 二人で合掌して食べ始める。

 チャーハンはパラパラでエビのプリプリ感とイカの弾力がたまらない。餃子もにんにくをガツンと効かせてあってウマい。卵スープがそれらの濃い味を優しく流していってくれる。

「ふぅ~、食べた食べた。ご馳走様~」

「はいよ。お粗末様。食器洗うから流しに運んでおけよ」

「はぁ~い」

 至れり尽くせり。やはり持つべきものは良くできた幼馴染である。


 巧が後片付けをしてくれている間にゲームを立ち上げる。

 本日選んだのは『あつまれ生物の海』。ひと昔のブームに乗っかて購入してみたがあまりプレイしていなかった。しかし、久しぶりにやってみるとなかなか楽しいものだ。オリジナリティがあり、やり込み要素もある。そして何よりこのまったりした感じが今の千草には有難かった。癒される。


「珍しいモンやってるな」

 お皿洗いを終えた巧がテレビ画面を見て驚きの声を漏らした。

「ん~、今日までの怒涛の忙しさの後にはこれぐらいゆったりしつつも、やり込み要素があるこんなゲームが心地よいのですわ~」

「さよか」

 そういって巧は自分のスマホをみだした。

お互い無言の時間が流れる。

 しかし、それは苦痛な沈黙ではない。お互いがお互いに干渉せず、しかし気まずくない。千草にとっては居心地のいい時間だった。


「さて、そろそろ結論出しとかないとな」

 ゲームが一段落し、画面から顔をあげた千草に巧が話しかけてきた。

「結論て?」

「サークルについてに決まってるだろ」

「ですよね~」

 サークル勧誘の日から一週間。そろそろ提示された期限である。

 あの二人の誘いを受けるにしろ受けないにしろ答えを出さなければならない。

「巧はどう思う?」

「俺は悪い話じゃないと思う」

「まず少人数であろう点。あの様子だと人数はそうそう集まらないと思う。サークル申請に必要なのは四人だったはずだから、その点は千草の希望通りだ。それと先輩がいないこともプラスだな」

「確かにそれは重要」

 二人とも今まで運動部に所属していた(千草は両親に半強制で入部させられていた)が、あの先輩至上主義の雰囲気にはどうも馴染めなかったのだ。

「問題は、何をするサークルかよく分からないことだな」

「だよね」

 巧の懸念に千草も同意する。

 例の二人はサークルに勧誘してきたが、結局具体的に何をするサークルなのかは言わなかった。自己紹介もしていない。

 ラインの連絡先を交換して放置状態だ。正直少し気になる。いや、かなり気になっている。これが作戦だとしたら相手の思うつぼである。

 これが噂に聞く恋愛の極意。『押してダメなら引いてみろ作戦』か⁉

 もしくは、説明を忘れるほど千草たちがサークルに入る事を検討してくれることが嬉しかっただけか。


「ま、自分でしっかり考えとくんだな。そろそろ連絡くるだろうし」

 千草にとって死刑宣告と変わらない言葉が巧より送られた。

「ひ、人でなしッ」

「やかまし」

「あたっ」

 呆れた巧のチョップが千草の脳天に送られた。

「うぅぅ。でも巧は入りたいんじゃないの? スレンダー美人さんって巧が好きそうなタイプだったし」

 巧の冷たい返事に唸る千草は意趣返しのつもりで聞いた。

「……俺はあの日、人は外より中身が大事なんだって学んだよ」

 遠い目をしながら巧が言った。

「そ、そっか」

 これには千草も申し訳ない気持ちになってしまった。


 そしてその後、更に一週間経った四月中旬の週末。

 この頃になると千草の人見知りは何処へやら。学科内でももの応じせずに会話ができるようになっていった。


 しかし、例の二人から連絡は来なかった。もしかしたら他の人がサークルに入ったから千草たちは必要なくなったのかも知れない。それはそれで多少でも身構えていた千草にとっては肩透かしをくらった感じであった。


 しかし、そんな考えは杞憂に終わった。

その夜、いつものように千草の家で晩御飯を食べていた二人の元に悠里からラインメッセージが届いた。


【悠里】:久しぶりー。元気か? 明日の十四時に西棟一階の部室棟前に集合な。よろしく!


 サークル勧誘の際交換したライン。

「わ、わ、わ、ど、どうする? あ、明日は午前中で講義終わりだけど……」

「俺もだな。急っていうか、言ってた期間より遅い連絡だけど話を聞くくらいしてもいいんじゃないか。どうせまだサークル決めてないんだし」

「だよねー。よっしゃ、いっちょ行ってやりますか!!」

 

 巧に連れられて文化系サークル、運動系サークルのいくつかを見学に行ったりもしたが、どれも決定打に欠けた。何故か運動系サークルから熱烈な勧誘を受けた二人であったが、その圧に千草の体力HPは一瞬でレッドゾーンに突入してしい、巧に助け出されていなければ千草は今この場にいなかったであろう。


 ここはダメもとでもスレンダー美人さんの話を聞いてみるしか選択肢のない千草であった。

「お、よく言った。じゃあ、俺から返事返しとくわ」

「おねがいしゃす」

 感心したように言った巧に、力尽きた千草がベットに倒れ込みながら頭を下げた。


狩野巧:了解。


 巧は短くそれだけ返事を送るとすぐに既読となった。記憶にあるスレンダー美人さんであれば、すぐさま何か返事が来るかと思ったが、その後は特に何の連絡も来なかった。


 翌日、十二時半。

 千草と巧は学食にいた。普段であれば込み合う学食は避け、ラウンジや外のベンチなどで巧が作ってくれたお弁当を食べる二人であったが、今日はこの後悠里との約束がある。

 部室棟は学食を挟んで、講義棟の反対側にある。講義棟以外ほとんど足を延ばしたことのない二人は(千草が人混みを嫌うため)、まだ学内の構造に不慣れであった。

 その為、約束の時間に遅れないように、本日は学食で昼食をとることにしたと言う訳である。千草が大学生活に慣れてきたというのも多分にあるが。

 入学から初めての学食。

「おおぉ、人が多いね人がゴミのようだ

「お前好きだなそれ」

 一度はその言葉で羞恥の念に苛まれたが、学習しないのが千草である。一度口にして味を占めたというのもあるが……。

 二人は入り口から一番奥の角の席を確保し、入学して初めての暖かい昼食を食べていた。

「そのパスタ旨いか?」

「うん。お値段以上って感じ。巧のは?」

「ラーメンもなかなかいける。値段も手頃だったし、さすが学食だな」

「いやぁ苦学生には有難いね」

「誰が苦学生だ」

「あたっ」

 スパンっと頭を叩かれた。

 まったく食事中に行儀の悪い事だ。

「やかましい」

「あうち」

 また叩かれた。声に出していないのにエスパーか?

「いいからさっさと食べろ。まぁ、でもこれからは学食利用増やしても良いかもな」

「そだねー」


 普段と変わらない千草の様子に今後は学食の利用も増やしても良さそうだ、思う主夫の巧であった。

 家計を預かる身としては日々の食費が悩みどころなのだろう。


 時刻は十三時過ぎ。約束の時間にはまだ余裕がある。

 先に食べ終えた巧は食器を片付け終え特にすることがなくなったのか、水を啜りながら、ボーっと周囲の人混みを眺めていた。

「ご馳走様でした」

 千草が食べ終わったのは、それから十分後の事だった。

 約束の時間まではまだ三十分以上ある。どうしたものかと、巧に習い周囲に視線を巡らす千草はそこで見知った顔を見つけた。距離があったが、向こうも千草たちに気付いたようだ。こちらに近づいてくる。


「やっほーお二人さん。珍しいな学食にいるなんて。普段は外のベンチだろう?」

 声を掛けてきたのは、この後の約束を取り付けた張本人、スレンダー美人さんであった。

「あ? ああ、よー久しぶり。そっちこそ一人か? 珍しい」

 はじめ怪訝な顔をした巧だったが、すぐ手を挙げ、軽い感じで答えた。

「ああ、みんな午後からバイトらしくてな。寂しくボッチ飯と洒落込むつもりだったんだけど」

 そう言って、千草たちのテーブル――正確には三脚ある内の一つ、座り手がいない椅子に視線を向けて。

「救いの神だな。ここ邪魔するよ」

 言いながらすでに座っていた。

 相変わらずの積極性? である。

 だが、千草が気になっている事はそんな事ではなかった。

「な、何故にご存じ?」

 質問は悠里に向けてものだが、その視線は巧に向いていた。

 大学生活には慣れたが、普段会わない人とのコミュニケーションはまだ難アリな千草である。


 人の目を見て話せない、人見知りの性である。

「ふぁんふぇって、ひょくみひゃひぇるひゃらね」

 その様子を気にすることなく悠里が答えた。口にいっぱいにご飯を含んだまま。

「行儀悪ぃな。あと、何言ってんのか分からん」

 巧が冷静に突っ込みを入れ、近場の冷水器から水を汲んできて手渡す。

「う。ごくっごくっごくっ ぷはっあぁぁ。サンキュー」

「どういたしまして」

 水を一息で飲み切って、豪快に口を拭う。

ビールを飲んだのかな?

 それくらいに良い笑顔の、良い飲みっぷりだった。飲んだことないから知らないけど。

「で?」

 その様子をやはり冷静にスルーして、巧が聞いた。

「ああ、何で普段弁当って知ってるかだろ? よく見かけるからだよ」

 何でもないように答えるスレンダー美人さん。

「何だやっぱり気付いてたのか。でも、その割に反応なかったな」

 巧が腑に落ちたとばかりに頷くが、疑問もあるようだ。

 千草はと言えば疑問だらけである。

「それは、大人数で居る時に話しかけると困るかなって思ってさ」

 突然視線を向けられた千草は「ふへぇ?」と変な言葉が口から漏れた。一瞬交わった視線もすぐさま反らす。

「へぇ、そんな気遣いで来たんだな」

 巧が素直に驚きの声をあげた。

「失礼だな。私の半分は気遣いで出来てるんだぜ」

「気遣いって辞書で引いて来い」

「今度実家に帰った時にでもな」

 テンポよく会話を続ける二人に、置いてけぼりをくらう千草。

「お前飯食ってる時ほとんど弁当の方しか見てないから知らないかもしれないけど、俺たちが飯食ってる時よく近く通るんだよコイツ」

千草の様子に気付いた巧がいった。

「へあ? そう、なんだ?」

「そ」

 突然現れたスレンダー美人さんの存在に慣れない千草は、納得したのかしないのかよく分からない返事をした。

「そう言えば、時間大丈夫か?」

 話が一段落したところで巧がスマホで時間を確認しながら言った。

 千草も自分のスマホで確認すると時刻は十三時四十分。約束の時間までは二十分ほど。特に何もすることがない千草と巧には十分な食休めの時間だが、まだ半分ほどどんぶりにご飯が残っているスレンダー美人さんにとっては決して十分とは言えない時間ではないだろうか。男子なら大丈夫かもしれないが、細身の彼女には果たしでどのくらいの時間が必要だろうか。小柄ながら早食いの千草であれば十五分はといったところか。

「やベッ。遅れたら彩にどんな嫌味言われるか—―」

 言うが早いか、スレンダー美人さんはもの凄い勢いで名物である鶏マヨ丼をかき込んでいった。

「う、わぁ」

「おい、ちゃんと噛んで食べろよ」

 あまりのスピードに口が開いてしまった。興味なさそうにしていた巧も、思わず再び水を汲みに行って差し出した。

「お、サンキュー。やっぱ保護者は気が利くな」

 巧から受け取った水を一息に飲み干すと、残りのご飯を一気にその口の中に収めて行った。

 時間にして五分ほどであった。

「ふぅ~。今日も鶏マヨ丼は最高だね。自分らは何食べたんだ?」

「豚骨ラーメン」

「明太子パスタッス」

「あ~あ、麺類もウマいよな。でも、ここのおススメは断然鶏マヨ丼だからっ。今度食べてみてよ。注文する時は『マヨダク、ツユダクで』って言うのがコツな」

「お、おう」

「わわわ、分かった、です」  

 食べる勢いも凄ければ、話す勢いも凄い。二人とも圧倒されてしまった。

「お、そろそろ時間だな。それじゃ行くとしますか」

 そう言って立ち上がった悠里を慌てて追いかけた。


 悠里の案内で千草たちが向かったのは、サークル棟の一階。一番奥の角部屋だった。

「おっ待たせ~」

「あ、いらっしゃ~い。ちょうどお湯湧いたところやからお茶入れるなぁ。みんな適当に座とって」


 そこにはロリ巨乳メイドがいた。


「サンキュー彩。それにしても様変わりしたな」

「ふっふ~ん♪ 悠里の要望通り快適な空間を作ってみましたぁ」

「よっ、日本一」

「嫌やわ~。照れてまうやないのぉ」

 スレンダー美人さんに連れられて入った部屋は、普通のサークル室ではなかった。少なくとも千草や巧が思い浮かべるモノとは違っていた。そして住人もおかしかった。


 部屋全体に高そうな絨毯が敷かれており、入って右手の壁際には三人掛けのソファーが、奥の方に一人掛けのソファーが、その前にはガラステーブルが置かれていた。部屋の奥には冷蔵庫や電子レンジ、ポットなども完備されており、あとはベッドがあれば快適に暮らせるだろう様相であった。しかし、それらを差し置いてこの部屋で一番の存在感を放っているのが、入って左手。三人掛けのソファーの対面に位置するバカでかいスクリーンであった。天井には家庭用のホームシアター。千草の家のテレビもデカいが、これはもっとデカい。ちょっとした映画館のようだ。壁の大半がスクリーン隠れている。

ソファーの後ろ側の壁には小物サイズに区切られた棚と本棚があったが、そちらはまだ、空っぽだった。


「……アメイジング」


 巧の背に隠れるようにして入室した千草も、あまりの驚きによく分からない呟きを漏らした。

「ハハハっ。ビックリしたか? 彩に頼んで居心地がよくなるように少し模様替えしてもらったんだ。本当は一週間で終わらせる予定だったんだけど、彩が張り切っちまってな。二人に連絡するのが遅くなっちまったんだ」


 一週間という期間は、千草たちが考える時間ではなく、このサークル室の模様替えにかかる時間だったようだ。

 未だ驚愕に目を見開く千草と巧に『彩のアレは趣味だから気にしなくていいぞ~』を続けた。

「これが、少し?」

 巧も目が点である。

「まぁまぁ細かい事は気にするなよな。せっかく来たんだから座って座って。お茶が冷めちまうよ」

「あ、あぁ」

 あまりのことに思考が追い付かない千草と巧の前に湯気のたった煎茶と茶菓子が置かれた。何と言うか、趣味の域を超えた完成度のメイドが給仕しているのに和テイスト。何ともちぐはぐである。

「せっかく二人が来てくれたので、今日のお菓子は岡山と言えばコレな吉備団子にしてみましたぁ」

 置かれた小皿には三つの吉備団子が乗せられていた。

「真ん中のが王道の吉備団子で、左の少し緑っぽいのがマスカット吉備団子、右の白いのが白桃吉備団子やで」

「へぇ、吉備団子って色んな種類があるんだな」

 巧がロリ巨乳メイドの説明に興味深そうに吉備団子を見つめ、真ん中の一つを手に取り口に運んだ。

「あ、ウマい」

 お茶も一口。

 茶菓子は市販のモノだが、それに合わせたお茶の選択、温度、濃さどれをとっても完璧であった。主夫の巧としては淹れ方を教えてもらいたいものである。

「やろ?」

 巧の呟きを聞いて嬉しそうにロリ巨乳メイドがほほ笑む。

 一方、千草はと言うと――小皿を両の掌で持ち上げ、あたかも神に捧げるように見つめていた。

「……えっと、どないしたん?」

 その奇行を見てどうしたものかと視線で巧に助けを求めるロリ巨乳メイド。

「ああ、それはお菓子貰って感無量なだけだからほっといて大丈夫。その内我に返るから」

 冷静に千草の状況を伝えた巧はというと、その間もお茶と吉備団子を堪能していた。


その横で、ようやくお菓子を崇め奉り終えた千草もパクリ。

 一口食べたお菓子吉備団子の美味しさに再びフリーズ――することはなく、今度は『んんん!』と驚愕の声を上げ、お菓子とお菓子を用意してくれたロリ巨乳メイドさんを忙しなく見比べる。

「フフ 落ち着きやちぃちゃん。このサークルに入れば毎日違うお菓子が食べられるんやで」

 悪魔の囁きが聞こえてきた。

「ふん~~~ん!」

 お菓子お口に含みながら目が飛び出んばかりに興奮する千草。

「やかまし」

「あうっぅぅ。……すみません」

 調子に乗った千草の上に巧の手刀が落ち、頭を抱えながら正気に戻った千草はそのまま小さくなっていった。

 その後、それまで大人しくしていたスレンダー美人さんが自分にもくれと騒ぎ出し、ロリ巨乳メイドさんが笑いながら用意していた。

 その後、全員がお茶とお菓子を堪能し終えた事を確認するとロリ巨乳さんが口を開いた。

「よし、全員食べたな」

 その顔には悪い笑みが浮かんでいた。

「なっ まさか⁉」

 その様子にスレンダー美人さんが何かに気が付いたようだ。

「ふふふ。察しがええな悠里。そう、アンタらが今食べたのは吉備団子! そして古今東西吉備団子を貰ったもん運命さだめは決まっとる。――全員うちの子分になるんや!」

「「「な、何だって――――――」」」


 と、そんな寸劇が行われた後、正気を取り戻した千草が席についたところで巧が口を開いた。

「で、今日呼び出した理由は?」

「よくぞ聞いてくれましたっ!」

 巧の質問に待ってましたとばかりに両手で机を叩き、立ち上がったスレンダー美人さんが声高らかに言った。ガラスの机が割れないか心配になる勢いである。

「今日はこのサークルの活動について説明します」

「よっ、待ってました」

 ロリ巨乳メイドさんが息の合った合いの手を入れる。


「サークルの名前は【イング】。陸海空を制覇するためのさーくるだあぁぁぁーーー」


「……」

「……」

「ヒュ~ヒュ~。悠里カッコエエ~」

 温度差が凄い。

「それじゃ」

 ソファーから立ち上がる巧。その眼は死んだ魚のようであった。

「おいおい、ちょっと待てよ。話はこれからだぞ」

「言っとくけど、俺たちはまだお前らのサークル入るって決めたわけじゃないからな」

 慌てたスレンダー美人さんに肩を掴まれた巧が、胡乱げな視線を向ける。これ以上ふざけるなら帰るぞとその視線が言外に告げていた。

「分かった分かった。そう怒るなよ」

「はぁ。で、結局何するサークルなんだ?」

 片手をヒラヒラと振られ、適当にあしらわれている感満載な巧が溜息交じりに聞いた。

「まぁ、簡単に言えば冒険サークルかな」

「どういうことだ?」

 今度は簡単すぎて逆によく分からなくなった。

「え、分からないか? ん~。よしそれならまずサークル名【イング】の由来から説明してやろう。何だと思う?」

 スレンダー美人さんが巧と、千草にも視線を向けて問いかけてきた。

「イングって言えば、英語のイングだよな。プレイングとか、ワーキングとかの」

 ブツブツと顎に手をやり考えだす巧。

「うんうん。他には?」

「サ、サイクリングとか、ダイビング? とか」

 スレンダー美人さんの視線を空になったお皿で隠しながら、消え入りそうな声で千草も答えた。

 早くその視線を外して欲しい。その一心で。

「ちぃちゃん、コンガッチュレーショーン‼ まさにその『イング』だよっ」

「ひっ」

 パチパチパチっ、と拍手をするスレンダー美人さんと、その反応に驚きソファーから数センチ浮かび上がった千草であった。

「ち、ちぃちゃん?」

 そして聞き慣れない呼び名に首を傾げる。

「ん? 前会った時に名前呼んでたじゃん。千草だから、ちぃちゃん。どう? 可愛いでしょ」

「か、かわい、い?」

 千草とは違う感性をお持ちのようだ。

「コラコラ、悠里。はしゃぎ過ぎやよぉ。ちぃちゃん困っとるよ」

 ここで、お菓子を食べていた(沈黙していた)ロリ巨乳メイドさんが助け船を出してくれた。いつの間にかその前にはお菓子の包装が積みあがっていた。

「悪い悪い。テンション上がっちゃってっ」

「二人ともごめんなぁ。悠里も悪気がある訳じゃないんよぉ? ただ、このサークルは悠里の夢やから」

「夢?」

「いや~、夢何て大それたものでもないんだけどね」

 ボリボリと、照れたように頭を掻くスレンダー美人さん。先程までの勢いが嘘のようだ。

「ただ、小さい頃から大学に入ったらこのサークルを作ろうって決めてたんだ。自分の知らない、見たことのない景色をテレビや言葉だけじゃなくて自分の目で直接見て感じたい。子供の頃に憧れた人と同じ世界をこの目で見たい。ただそれだけだよ」

 そう言うスレンダー美人さんの瞳には楽しみ以外の色が浮かんでいるように見えた。


「それじゃ、二人が晴れてイングに入ってくれるという事で改めて自己紹介なっ」

 千草と巧は『イング』に入ることに決めた。

 活動内容も説明を聞いた感じそこまで突飛ではなく、旅行先で「イング」と名前の付アクティビティーをするというもののようだ。そして、やはりメンバーはサークル設立に必要な最低限の四人。この場にいるメンバーのみ。基本学外活動がメインになる為、毎日活動がある訳ではないとの事。以上の事から特に断る理由もなかった。

 千草にとっては、お菓子が貰えることも大きな一因であったことは言うまでもない。

「じゃ、まずは私だな。園畑悠里そのはたゆうり。気さくに悠里って呼んでくれ。産まれも育ちも岡山の十八歳。健康体育学科の一学年。好きなのは体を動かす事と、絵本。体力なら誰にも負けないぜ。よろしくなっ」

 両手を腰に当て、快活な声で話す実に堂々とした自己紹介であった。


「次はウチやね。宗兼彩むねかねあや、看護科の一年ですぅ。ちぃちゃん、巧君よろしゅうね。ウチも生まれは岡山なんやけど、中学で京都に引っ越してしまってなぁ。でも、引っ越してからも悠里とは連絡とって、ちょこちょこ会ってたんよ? 進路も相談して、ここの大学にしたしぃ。どうせ勉強するなら悠里と一緒が楽しそうやろ。みんな彩って呼んでなぁ。好きな事は食べる事と、衣装作り、あと、悠里をからかう事やね。サークルでは会計と旅行プランを担当します。よろしくなぁ」 


 イング発案者の二人が先に自己紹介を終えた。所々気になるところがあったが、今は追及しないでおこう。同じサークルに居ればいずれ真相が分かるだろうし。


「じゃあ次は俺で。狩野巧。十八歳。島根県出身。感覚矯正学科の一学年です。正直まだこのサークルの全貌が分かりませんが、入るからには楽しみたいと思います。好きな事は家事全般。呼び方は、好きに呼んでください」


 巧も無難に自己紹介を終えてしまった。

 自然と千草に視線が集まる。

 人見知りにとって自己紹介ほどハードルが高いものはない。

 緊張のあまりいつの間にか追加で貰っていたクッキーをリスの様にポリポリと頬袋に詰め込んでいた千草であった。


「う、うぇっと――。わ、我こそは三海の覇王――っ痛あぁぁぁあ。舌噛んだっ⁉」

 注目を浴びたことで思考が停止した千草は訳の分からない事を口走ったが、焦りとクッキーを咀嚼していたことにより盛大に舌を噛んでしまった。あまりの痛さに絨毯の上を転がり回る。


「……何だよ三海の覇王って」

 ひとしきり転げまわった後、頭が冷えた千草は現在元の席に戻り、ロリ巨乳メイド事、宗兼彩が入れ直してくれ茶を俯きながら飲んでいた。

 その横で呆れた視線と言葉を巧が飛ばしてきた。

「い、いや~。そ、園畑さんがカッコ良かったからちょっと張り合っちゃった……」

 小さい体を更に小さくしながら、えへへっと頭を掻き答える千草。

「はぁ、お前のその焦った時によく分からん事口走るのどうにかしろよなぁ」

「ううぅう、面目ない」

 完全に呆れかえった巧の言葉に、ショボンと肩を落とす。


「まぁまぁ、そんなにイジメるなよ。ところで三海の覇王ってどういう意味?」

 そんな二人のやり取りを見て仲裁に入ったスレンダー美人さん事、園畑悠里であったが、その口調には好奇心が滲み出ていた。

「う、えっと、私が高知県太平洋生まれで島根県日本海に引っ越して岡山県瀬戸内海に来たから」

「それで三海の覇王?」

「う、はい」

 恥ずかしさで顔が茹蛸状態である。

「あははははっ。ちぃちゃん面白いっ」

 そんな千草を見て園畑悠里が突然笑い出した。

「え、何? 何?」

 あまりに楽しそうに笑う園畑悠里。その横では宗兼彩もニコニコしている。

「いやー、これは中々の逸材を手に入れたな?」

「そうやねぇ。これからのキャンパスライフがますます楽しみになってきたわぁ」

 突然笑われた千草はオドオドしていたが、二人が見せているのは好意的な笑いのようだ。


 無事自己紹介を終えこの日はこれで解散の流れであったが、最後に園畑悠里が余計な事を呟いた。

「いや、正直二人が入ってくれて良かったよ。もうサークル申請書に名前書いて出しちゃってたからさ」

「……おい」

 この発言で千草と巧の中での園畑悠里の株が大暴落したことは言うまでもない。


   

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