第2話 入学式とサークル
少し時が進んだ三月末。
四月からの大学生活に向け、本日は引っ越しである。
前期試験で合格が決まっていたので、大学近くのマンションにはかなり空きがあった。その中でセキュリティーが良く、家賃も手頃な物件があったので一緒に不動産屋に行った両親が即決で決めた次第である。
千草も特に不満はなかった。
立地的に本屋が近く、二十四時間スーパーも大学からの帰り道にあるのが良い。
部屋的にはバス、トイレが別になっているところも良い。
良し。全てはオールオッケーだ。
マンション
玄関を入ると右手に大きな収納棚があり、左手にはお風呂。その奥にトイレ、反対側には広くはないがIHのキッチンがある。洗濯機と冷蔵庫は隣りあわせ。さらに奥に行くと十五畳ほどのフローリングのワンルームがある。そこにベッドと机、入学祝に買ってもらった五十インチのテレビ、その横に本棚を設置した。これでゲームをするのだ。画面は大きいほど良い。迫力が違う。
「千草、くれぐれもゲームばっかりしないようにね」
設置されたテレビを見てニヤつていた千草に、キッチンにいた母親がさっそく釘を刺してきた。
「わ、分かってるよ。学業とサークル活動を第一に、でしょ」
「分かっているならよろしい」
その返事に満足し、またキッチンの方に引っ込んでいく。
そうなのだ。せっかの大型テレビなのだが、購入の条件として勉強で『良』より下の評価を取らない事。サークル活動を頑張る事。この二点を約束させられた。
勉強の方は問題ないと思う。これでも賢いのだ。授業さえしっかり聞いていれば大丈夫だろう。
問題は、サークルの方だ。
千草としては特にサークル活動に思い入れはない。故に入りたいサークルなどない。
それは小中高も同じだったのだが、小さい頃から家でゲームばかりしていた両親に半ば無理矢理運動部――バスケ部に入部させられてしまった。
不幸中の幸いは千草の運動神経が悪くなかった事だ。(まぁ、一時間近い通学距離を徒歩や自転車で通っていたのだ。いやでも体力はつく)
サークルの話に戻ろう。
始めは『まぁ、幽霊メンバーでも、最悪入った振りでもしていればいいんじゃない』と考えていた千草であったが、両親はそんな千草の事をよく分かっていた。
地元から刺客を解き放ったのだ。
部活であれば良い。試合などに出で結果を出せば良い。
しかし、サークル活動。コレは何を持って頑張ったとなるのか?
毎日活動に参加する?
いや、そもそもサークルとは毎日活動があるものなのか?
部活と違うのは何となく分かる。分かるが、何が違うのか?
大会とかはあるのか?
「片づけ終わったか?」
千草が夢の大学生活にあたって一抹の不安を感じていると、その原因の一端たる巧の声がした――玄関の方から。
呼び鈴もならずにオートロックの扉が開く。
「あら、巧君。片付け終わったの?」
「はい。一通りは」
「相変わらずしっかりしてるわね。ウチは二人がかりでようやく一段落したところよ。さっ、入って入って。今お茶出すから」
「男の一人暮らしなんてモノが少ないからすぐですよ」
オートロックのはずの部屋に我が物顔で入ってきたこの男――幼馴染の狩野巧。
学科は違うが同じ大学に入学したこの男に、千草の両親はこれ幸いと娘の監視を頼みやがったのだ。いつの間にか千草の許可もなく合鍵まで渡していたようだ。まったく両親は何を考えているのやら。知らないかも知れないが、アナタたちの子供は年頃の娘なんですよ? と呪詛の籠った眼差しを巧と壁越しの母親に向ける千草であった。
「何だよ、その眼は」
その視線に気付いた巧が首を傾げる。
「別っにぃ~」
「何だよ、変な奴だな」
プイっとそっぽを向く千草に巧が不思議そうに頭を掻く。
「二人ともお茶はいったわよ」
片付けが一段落し、全員でお茶を飲んでいると、お節介焼の母親が口を開いた。
「で、二人ともどんなサークルに入るか決まってるの?」
ギクッ
早速探りを入れてきた。
そんなモノ決まっているわけがない。出来るだけ楽なサークル(先輩が威張らない)という事以外は特に何も考えていなかった。でも、この場でそんな事を言えば小中高の二の舞だ。勝手にサークルを決められてしまうだろう。千草は助けを求めるように巧にアイコンタクトを送った。
「はぁ~」
しょうがないな、と呆れたように溜息をつく巧だったが、それはそれ。長い付き合いでこういう時は必ず助けてくれるのだ。
「大学のホームページを見てみましたけど、主要な部活やサークルだけでもかなりの数がありました。それ以外にも僕らが知らないサークルもあると思うので、サークル勧誘の時に吟味しようって千草と話しています。名前だけでは何のサークルか分からないようなのもありましたし」
「そっか。確かにそうようね。実際見ないと分からないこともあるわよね。まぁ、巧君が一緒なら安心だわ」
「はい、任せてください」
笑顔で頷く巧。まったく人付き合いの良い事である。
「それじゃ、私はそろそろ帰らなくちゃだけど、入学式出席できなくてごめんね」
自分の子供でなく巧にすまなそうに謝る母親。
それってどうなのだい? 母上よ。
「あ、大丈夫大丈夫。気にしないで。仕事でしょ。仕方ないよ」
まぁ、取り敢えず返事はするけどね。
「んん~。そうなんだけどね。巧君の所も親御さん来られないんでしょ?」
「はい。ウチも仕事みたいで。でも大丈夫ですよ、こうして引っ越しを手伝ってもらっただけでもありがたいです」
「巧君は本当にいい子ね。こんな娘で良かったらいつでも貰ってくれちゃって良いからね」
「ハハハっ。考えておきます」
いい笑顔で心を殺す巧。
「も~お! お母さんは余計なこと言わなくていいのっ。そろそろ電車の時間じゃないの?」
「え、あら、本当。もうこんな時間だわ。それじゃ私は帰るから残りの片付けしっかりね。巧君に全部させるんじゃないわよ」
「分かってるってばっ」
その後もバタバタとしながら帰っていった。
まったく、慌ただしい。不動の精神を分けてあげたいと思う千草であった。
※
入学式の朝。
この日は見事に晴れた。
晴れの国岡山とはよく言ったものである。山陰地方出身の千草としては日差しが目に痛い。
着慣れないスーツに、履き慣れないヒールで歩く道には、千草たちと同様な若者で溢れかえっていた。
いったいどこに隠れていたのだと思う程に、駅から、住宅地から、大型駐車場から大学に向けて人々が
大半が親子連れの中、千草と巧は二人で歩いていた。
「おい、歩きにくいから人の後ろに隠れるな。あと裾も引っ張るな」
巧迷惑そうに振り返り、自分の後ろに隠れる千草に視線を向けた。
普段のハイテンションから想像しにくいが、コレで人見知りの千草である。
「そそそ、そんな殺生な。た、巧だってこんな美少女にく、く、くっ付かれて、ううう、嬉しいくせに」
「はっはっはっ 寝言は寝て言え、このチンチクリンが」
「ちんちくりん⁉」
千草の精一杯の軽口は、巧の
「この胸のどこがちんちくりんだ!」
しかし、人見知りだが慣れるのも早い千草である。
初見の人には殊の外弱いが、見知った相手には何も考えずその場の勢いで行動してしまい墓穴を掘る事もしばしば。
「その無駄肉を張るな。俺はスレンダー派だ」
この時も、やいのやいの言いながら大学に向かう2人は多いに悪目立ちしていた。
入学式場の前の講堂広場で受付を済まし、そわそわしながら式の始まりを独り待つ。
学科が違う巧とはもちろん離れ離れである。視線を
中にはおかしなのもあったが、概ね千草を
そして、いつの間にか貰った飴を口の中で転がしている内に入学式が終わった。
その後、千草は人の波に吞まれそうになりながらも、どうにか講堂前広場から外れた木陰のベンチに移動した。
入学式後、日本全国津々浦々どこの大学にも存在するというイベント。
千草の視線の先、講堂広場は『ひと・ヒト・人』で埋め尽くされていた。少し離れた千草のところまでその熱気が伝わってくる。木陰にいるのに日焼けしそうな程の熱気の魔境。今まさに巧がアノ中に乗り込んで行っている。
先輩らしき人たちが掲げる色取り取りのプラカート、お揃いのユニフォームに、中には怪しげな着ぐるみまで混ざる人波の中、スーツ姿の初々しい新入生たちがその荒波に挑まんと立ち向かう。それは正しく世界を救わんとする勇者のようで――。
「ああ、私も早く冒険の旅にでなくては(早く帰ってゲームしたいなぁ)」と現実逃避気味の千草である。
「サークルは自分で決めろ」と言っていた巧であったが、情報がなければ決められない。しかし、千草があの中に入って行けるかと言われれば、首を横に振りまくるしかない。
という事で、変に巻き込まれないように千草を安全圏に退避させた後で、妥協した巧がサークルの情報収集に向かったと言う訳だ。
「見ろ‼ 人がゴミのようだ‼」
一人で誰にともなく静かに叫ぶ。
死ぬまでに言ってみたいセリフの一つ。
千草は某国民的アニメのセリフを口にしながらその光景を眺めていた。
「ゴミって言うには大きすぎないか? 精々『虫のようだ』くらいじゃないか」
「⁉⁉⁉」
独り言に突然応答された人の気持ちが分かるだろうか。比喩抜きで口から心臓が飛び出るところであった。
口を通り越して? 耳元に移動したかのように早鐘を打つ自分の心臓(無意識に抑えるのはその豊満な胸だが)。
目を白黒させながら声のした方、後方を振り返るとそこには二人の女性がいた。
真新しいスーツに身を包んだ二人は千草と同じ新入生だろう。しかし、思考が停止中の千草にはそんな事は分からない。そのまま身動きが取れないでいると、向こうから話しかけてきた。
「へイッ、そこの彼女! いい話があるんだが。少しお話良いかい?」
「あう⁉」
面と向かってのハイテンションな声掛けに、身体がビクッと宙に浮く。そして漂う自分とは違った陽キャオーラに両目を腕で覆う。
直視すれば目がやられてしまいそうな輝きだ。
「わぁ~。えらい可愛らしい子やな。飴ちゃんあげよか?」
「おお、本当だ。それに……ビッグだ」
陽キャの人が千草の胸部に視線を釘付けにして、驚愕の声を漏らす。
「そら、悠里と比べたら大体の人はビッグやで」
「何じゃと、コラっ! ちょっと自分の胸デカいからって何様じゃ。そんなもん握りつぶしてやるっ」
「あ~ぁ。やーめーてー。ウチのアイデンティティーがなくなるぅ~」
いきなり声を掛けてきた二人と始まった寸劇。あまりの衝撃に千草の思考はショート寸前。
背の高いパンツスーツを着たショートカットのスレンダー美人さんが、スーツスカートのロリ巨乳さんの胸を揉みしだいている。
「千草、お待たせ」
神、来たり。
目の前でじゃれ合う? 二人から視線を外し振り返ると、巧が沢山のビラを持って戻って来た。
一瞬二人に視線をやった巧であったがすぐにスルー、千草の横に腰かけた。
「大学のサークル勧誘は激しいって聞いてたけど、予想以上だった。お前は行かなくて正解だったよ」
サイズ感的にも性格的にもと溜息混じりに巧みが言った。
どうやらなかなかにお疲れのようである。
「おつー。ご苦労ご苦労ー」
取り敢えず労りの声をかける。
千種のためにサークルの情報収集を巧がしてくれたのだ。自業自得だが、労りの心は大切だろう。
「何が自業自得だ」
「だって、巧が裏切ってなかったら今頃楽なサークル見つけて、さっさと名前だけ置いとけたかもしれないのにぃー」
「……そのセリフもおばさんに報告するからな」
「スミマセンした!!」
光の速さで姿勢を正し、頭を下げた。
「はぁ、先が思いやられる」
やはりお疲れの様子で、額に手を当てながら首を振る巧だった。
「ところで、さっきから騒いでるそこの
暫し、俯いた後、視線だけを上げた巧――始めは無視を決め込んでいたようだったが、それでもやいのやいのと騒がしい二人を無視しきれなかった様子。
「わーぁ、悠里珍獣って言われとるよぉ」
「何で今の流れで私だけだと思った⁉ アンタもだよ、彩」
「またまた~。こんな可愛いウチを捕まえて、珍獣な何て言うわけないやんかぁ。なぁ、お姉さん?」
彩と呼ばれたロリ巨乳さんが、巧にニコッと笑いかける。
「いや、アンタもだよ」
しかし、巧が一片の気遣いもなく言い切った。
ガ~~~ンッ
哀れロリ巨乳さんはその場に突っ伏してしまった。
「アハハ! ざまあみろ。いつも人をバカにして。結局彩と私は同じ穴の
ガ~~~~~~ンッ!
「おい、コラ‼ 何で目見開いて地面にめり込んでいく⁉」
ロリ巨乳さんが更に小さくなっていく。
「さて、サークル情報は一通り手に入ったし帰るか」
巧は巧で何もなかったように座っていたベンチから腰を上げた。
つられて一緒に腰を上げた千草だった、が
「て、ちょい待ちっ」
先程まで二人でじゃれ合っていたスレンダー美人さんに、肩をガシッと掴まれ引き止められた。
「あうっ」
変な態勢で動きを停められた千草は、その反動で頭がガクリと揺れて変な声を上げてしまった。
「な、な、な、何んス、か?」
痛む首筋を気にしながら、ギギギギと首を回す。
そこにはゼイゼイと肩で息をしながら、千草を引き止めるスレンダー美人さんと、ようやく立ち上がったロリ巨乳さんがいた。
「何帰ろうとしてんだよ。まだ私たちが声を掛けた本題話してないだろ?」
ニカッと笑う笑顔の何と清々しい事。だが、その表情とは裏腹に千草の肩を握る手の力は一向に衰えない。そのスレンダーな身体のどこにこれ程の力があるのか。千草が小柄とは言え、ビクともしない。
「何だ、新手のナンパじゃないのか?」
そんな光景を眺めながら、巧が呆れたように呟いた。
「おいおいおい、確かにこの子は可愛い。君もビックリするくらい美人だ。サイズ感的にその子は鞄に入れて家に持って帰りたいくらいだ」
「……おい」
うんうん。と真剣な表情で頷くその様に、巧が冷たい視線を向ける。
千草としては一刻も早くこの文字通りの魔の手から逃げたいのだが、如何せんビクともしない。この状況に冷や汗がダラダラ出てくる。
「まぁ、冗談はさておき。私たちが声を掛けたのは他の連中と同じ理由さ」
そう言って未だに激しいサークル勧誘が行われている講堂前広場に視線を向けるスレンダー美人さん。
「同じ理由?」
その視線を追いながら、巧が首を傾げた。
「そうっ。サークル勧誘のためさ!」
「……」
「……」
暫し、無言で見つめ合った千草と巧は、
「帰るか」
「そだね」
再び帰宅の途につこうとした。
「待て待て待て」
それを再び止められて、今度は巧も腕を掴まれていた。
「何だよ。お前らも新入生だろ? それが何でサークル勧誘してんだよ。怪しすぎるわ」
正当な抗議の声を上げる巧。
「チッチッチ、甘いな。すでにサークルを決めた新入生は先輩に交じって一緒に勧誘してるんだなコレが」
しかし、そのセリフは予想済みとばかりのスレンダー美人さん。
「アンタらもそうだと?」
「ん、違うけど?」
……ん? どういう事だろう?
「もぉ、ちゃんと説明せえへんから二人とも困っとるやないのぉ」
理解が追い付かず首を傾げる千草たち。
「ゴメンなウチの脳筋が変な事ばっか言うて」
復活したらしロリ巨乳さんが、『誰が脳筋じゃコラ』と騒ぐスレンダー美人さんを無視して続けた。
「確かにウチ等はあんさんらと同じ新入生やけど、新しくサークルを立ち上げることにしたんよ。それで先輩らに交じってサークル勧誘しとるって訳。人数は最低限で良いから、ウチ等の気に入った娘らを勧誘しとるんよぉ」
なるほど。
「それで、そのお眼鏡に叶ったと?」
巧が
「そうっ。一部のサークルみたいに形骸化した飲み会サークルや、コンパが目当ての発情しきった奴らじゃなくて、純粋そうな女子二人。まさに君たちのような逸材を探していたのだよ!」
役者のように大きな身振り手振りを交えながらスレンダー美人さんが言い切った。
千草にとっては目から鱗である。
何かしらのサークルに入る事を親から義務付けられている千草としては、どのサークルに入るか既存のサークルの中から吟味する事しか考えていなかった。
しかし、確かにいくら数が多いと言ってもソレは有限。自分の希望するサークルがないかもしれないのだ。だから、新しく作る。
その行動力には脱帽するだが、
「それって大変なんじゃないか? これだけ沢山のサークルがあるんだからまったく同じじゃなくても似たようなサークルはあるだろう。そこに入れば良いんじゃないか? さっき話を聞いてきた感じじゃ真面目に活動してるサークルの方が多そうだったぜ」
巧の言う通りだ。
確かに新入生がサークルを作ってはいけないという決まりはない、のだろう。しかし、入学したてで右も左も分からない中、これから履修登録に講義やバイト(千草はするつもりがないが)。慣れない一人暮らしとやる事、考える事が山積みだ。
そんな中、新しくサークルを立ち上げるのは中々に覚悟がいるのではないだろうか。
しかし、巧の言葉と千草の表情を見て、逆に驚きの表情を浮かべたスレンダー美人さんは、
「おいおい。せっかくのキャンパスライフだぜ? 妥協するなんて嘘だろ。自分のやりたいことを全力でやれる。それが大学生の特権だろ」
「ぎゃあああ。め、目が~~~」
そう言い切った。
放つ輝きは最早百万カラットのダイヤ――いや、太陽の輝き。流石晴れの国岡山。とんだ人物を誕生させてしまったようだ。
「そうか、まぁ頑張れよ」
悶える仕草だったが、巧は気にした風もなくクールに、颯爽と立ち去ろうとした。
「「「え⁉」」」
これには千草を含めた三人が声を揃えて驚きの声を上げた。
「何でお前も一緒になって驚いてんだよ」
そんな千草を呆れたように見つめる巧。
「やぁー、今の流れを無視できる巧が純粋に凄いなって?」
「何で疑問形なんだよ。後、絶対に褒めてないからなその言葉」
自分でも何故そのような反応をしたのかよく分かっていない千草の言葉に、巧が呆れた視線を向けながら続けた。
「俺だって凄いと思うよ。同じ新入生なのに見てる景色がこうも違うのかって。でも、それと俺たちがサークルに入るかは別の話だ。そもそも話の大前提として、俺たちは勧誘要項を満たしてない。千草だって分かってるだろ」
いっそ
「それは、まぁ」
巧に言われるまでもなく、それは当然分かっている。
「何だよその満たしてない要項って?」
巧の真剣な雰囲気に、先程までのお茶らけた雰囲気を消して、スレンダー美人さんが問いかけてきた。
「それは、俺が男だからだよ」
そう、彼女たちは女子の二人組を探していた。
先程の様子から、サークル内での恋愛ごとを嫌ったためだろう。
「またまたまた~。そんな訳ないじゃん。こんな美人なのに」
冗談だと思ったのか、スレンダー美人さんが大げさに巧(美人)の肩を叩いた。
「……」
その言動に対する巧の返事は、ただ相手を見つめるのみ。
「……え、マジで?」
確認するようにゆっくりとその視線が千草に向く。
千草も無言で頷いた。
「ちょっと悠里、これは」
不穏な空気を察して、それまで後ろにいたロリ巨乳さんが、スレンダー美人さんの袖を掴んだ。
「「ゴメンなさい」」
そして、現在。
千草と巧は再びベンチに腰を下ろしていた。
そして、悠里と彩のそれは見事な、お辞儀をしながらの謝罪を聞いていた。
「いや、もういいよ。俺もこの容姿だし、小さい頃からよく女子に間違われるんだ。昔は悩みもしたけど、今は別に気にしてないから」
「へへへ、そうそう。小さい頃はよく姉妹に間違われたよね」
「それはない」
「アレッ⁉」
状況に慣れてきた千草が、軽口を挟むが巧に切って捨てられた。
「お前と俺じゃ顔の系統が違い過ぎるだろうが。親子でギリギリだよ」
「うぅぅどうせ私はチンチクリンですよぉ……」
「あはははッ」
そんな二人のやり取りを見て、スレンダー美人さんの笑い声が響いた。
視線を向けると先程までの神妙な様子は影を潜め、ロリ巨乳さんの口元もほころんでいる。
「いやー悪い。やっぱりアンタたち面白いね」
そう言いて、スレンダー美人さんが隣にいるロリ巨乳さんに目配せをした。
ロリ巨乳さんはそれで全てが分かったように、笑顔で頷いた。
「うんッ。やっぱりアンタたち私たちサークルに入ってくれよ」
「「え?」」
その力強い言葉に、千草と巧は同時に驚きの声を漏らした。
「いやいや、お前ら女子メンバー探してたんだろ? 千草はまだ良いとしても、俺はダメだろ」
イヤイヤイヤ。巧がダメなら私もダメですよ? 一人で何て無理ですよ?
千草も声にならない否定を、顔を横に振る事で示した。
「それに関しちゃ、こっちが悪かった。私の視野が狭かったんだ。私たちはアンタ達が気に入った。一緒に活動するならアンタたち二人が良い」
恥ずかしげもなくそう言い切ったスレンダー美人さんの清々しい顔は正に太陽、サンシャイン。
「……」
巧が無言で千草を見つめる。
「大丈夫ッ 絶対楽しいからッ 後悔させないからッ」
二人の様子に押せばいけると思ったのか、スレンダー美人さんが怒涛の勢いでまくしたて、詰め寄ってきた。
「え、や、ちょっと――」
急な距離感の詰め方に、堪らず千草が後退――しようとしたが、肩を掴まれそれは叶わなかった。
「な? 取り合えず入ってみよう。住めば都って言うだろ!」
「は、はいーーー」
とうとう押し負けた。
「いえーい」
ようやく解放され、その場に崩れ落ちる。
その横でハイタッチを交わすスレンダー美人さんとロリ巨乳さんの様子は見事なコントラストを奏でていた。
「『いえーい』であるか。どこの押し売り宗教勧誘だよ」
しかし、それに待ったをかける者がいた。八雲巧その人である。
「お前らそんな勧誘の仕方してるから誰も相手してくれなかったんじゃないのか?」
崩れ落ちた千草の頭に手を置きながら、巧が呆れた視線を向けた。
「そんな事ないよ。なぁ彩?」
「そうやで。懇切丁寧に、力強く勧誘しただけやんか」
失礼なッと憤慨する二人であったが、
「……力強くのところが強すぎなんだよ」
やれやれ、と頭を抱える巧であったが、
「一応検討しておいてやるから、今日はここまでだ」
一考すると二人に告げる巧に、
「マ、マジか⁉」
その言葉に驚いたのはスレンダー美人さんたちであった。
「何でお前らが驚くんだよ」
「いや、アンタの言う通りこれまで声を掛けた奴ら全員に断られてたからさ。もう最後のダメ下で声を掛けたんだ。まさか、考えてくれるなんて」
「お前らなぁ」
巧が完全に呆れた声を漏らした。
「良かったな悠里。それとゴメンな。ウチらもちょっと調子に乗り過ぎたわ。押しに弱そうやったからもしかしてて思ってしまってな」
先程までのハイテンションは鳴りを潜め、申し訳なさそうな視線を千草に向ける。
「分かってくれたんならそれでいい」
この数分で少し老け込んだ巧だが、それでも笑顔で言った。
「ははは、本当にゴメンな。でも、言ったことは嘘じゃないから。しっかり考えてくれよな」
「ああ、分かった」
「……はい」
こうして本日のところは何とか話がまとまった。ようだったが、
「あ、そうだ。一応確認だけど二人は、その、付き合ったりしてる訳じゃ、ないんだよ、な?」
それまでの様子と打って変わって、恥ずかしそうに千草たちの方を見ながらスレンダー美人さんが聞いてきた。
「え、違うけど?」
「言って良い事と悪い事があるぞ」
「どういうこと⁉」
子供の頃から一緒に居ることが多かったためこの手の質問は耳タコであった。これには当然のように否定した千草であったが、巧の斜め上の回答に驚愕。
「そうか、そうだよなっ。うん」
二人の返事を聞き、笑顔を戻したスレンダー美人さんであった。
「でも、二人とも仲良しさんやんな? どういう関係なん? 大学来る時もエラい楽しそうに話しとったし」
不思議そうに首を傾げるロリ巨乳さん。
見られてた⁉
その発言に、今朝の自分の言動を思い出して、再び悶えだす千草。
「保護者だが?」
「え?」
それを無視して、至って普通に返事を返した巧と、その返答に首を傾げるロリ巨乳さん。
千草と巧の関係を説明するのに一悶着あった後。
連絡先を交換した四人は一先ず解散した。
その去り際、
「考えてくれるんは嬉しいけど、無理強いはせんからな。まだ、期間はあるし他のサークルや部活も見学したらいいわ」
そう言った気遣いのロリ巨乳さんと、
「絶対後悔させないからっ。見たことない景色見せてやるぜ!」
すでに先程の自分の発言を忘れメンバー登録しているであろうスレンダー美人さん。
「二人は履修登録なんかで忙しいやろうし、ウチもサークル室の整備があるから、そやな一週間くらい考えてみてや。またこっちから連絡するわ~」
「じゃあな」
「さいなら~」
別れ際、ライン(連絡先)を交換した。が、
「自己紹介、しなかったな」
巧の呟きが喧騒に消えていった。
何とも嵐のような二人であった。
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