第10話:「お仲間」
その直後、SNS等で、ヒズメさんが近々メジャーデビューする、という噂が流布し始めた。
私は相変わらずヒズメさんのことしか追っていなかったが、そういった検索記録から、私のタイムラインや通知欄には『Touya』の話題が流れてくるようになった。
この時点ですでに、ヒズメさんはインディーズのアーティストとしては破格の評価を受けていたし、全国各地にファンもいる。というのも、冬の間、北は北海道、南は鹿児島に至るまでツアーを行い、着実にファンを獲得していたからだ。SNSやYouTubeで一気に世界中から注目を集めてデビューするバンドやアーティストが多いこのご時世に、ヒズメさんは公式ウェブサイトに、
『直接みんなの顔を見たいんです』
と書き記していた。
また、良い意味でも悪い意味でもいまだ健在な巨大匿名掲示板『
私も読んでみたが、とにかくライブが凄い、少しでも気に入ったら絶対にライブに足を運べ、と皆が口を揃えていた。先ほど言及した全国ツアーの千秋楽は東京公演で、言うまでもなく私はチケットを入手していた。渋谷のクラブ・クアトロという、パルコの上にあるライブハウスらしい。
五月の半ば、ゴールデンウィークが終わり浮ついた空気が少しずつ湿り気を孕む中、私は早めに渋谷まで赴いたものの、センター街を歩きながらパルコを探していたら迷ってしまった。ただでさえ人が多い渋谷、しかも同じ二十三区内とはいえ下町住みの私からしたら少々治安面に不安がある中で、私は彼女に出会った。
「すみません」
スマホの地図アプリを見ながら同じ所をぐるぐるとしていた私に声を掛けてきたのは、三十前後と思しき、ロングヘアの女性だった。まっすぐ伸びることしか能のない私のものとは違い、彼女のブラウンの髪は自然にカールしていた。
「もしかして、クアトロ探してますか?」
私は虚を突かれたが、
「は、はい! 今日のヒズ——Touyaさんのライブに行きたくて!」
「やっぱり!」
髪を掻き上げた彼女は、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、お仲間だね。私は入り待ち失敗して、開場までヒマなの。もしよかったらクアトロの方で一緒に待たない?」
『入り待ち』とは何だろう、という疑問は浮かんだものの、私はその女性、長谷川
「よろしくお願いします!」
と私は勢いよく頭を下げた。そして啓夏さんの案内で私たちはパルコ方面に歩き始めた。
「あの、啓夏さん、なんで私がTouyaさんのファンだって分かったんですか?」
奇抜な格好の若者たちが闊歩する道を進みながら、私は素朴な疑問をぶつけてみた。
「え、だって、それ見りゃ分かるよ」
啓夏さんは、私が肩からかけていたバッグの取っ手を指さした。新宿LOFTのライブの後、偶然拾ったギターの黒いピックを、私は透明のミニポーチに入れてそこに装着していたのだ。
「ティアドロップ型の黒いピックはTouyaの路上ライブ時代からのこだわりで、あなたはそれを大切にしてたから。あと、失礼だとは思ったけど洸ちゃんが迷子になってる様子を見てたら、必死でパルコ探してるみたいだったから」
自分はそんなにも分かり易い人間だったのかと愧死寸前まで赤面したが、啓夏さんはそんな私を『若くてかわいい』と言ってくれた。
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