第11話:「尺度」
私と啓夏さんはクラブ・クアトロから近いカフェに入り、改めて自己紹介をした。啓夏さんは、ヒズメさんがまだ新宿駅南口で弾き語りの路上ライブをしている時代からのファンだという。
「あの頃からTouyaはオーラ違ったよね、他のストリート系とは」
「そうだったんですか!」
ファンとしての大先輩だ、と私は興奮を隠せなかった。
「私はその時、超ブラックな所に勤めててね。その夜も、もう歩けない、こんな生活が続くならいっそ、ってくらい疲れてたんだけど、南口に差し掛かったら、Touyaの声が聞こえて——。あの時Touyaに出会ってなかったら、本気で私、死んでたと思う」
そう語る啓夏さんは、少しばかり遠い目をしたが、すぐにその瞳の照準を私に合わせ、
「洸ちゃんはどうやってTouyaを知ったの? 何きっかけ?」
当然といえば当然の質問だ。
しかし何故だろう。
私はあのクリスマス・イブの文学イベント、ベスト本がかぶったこと、イベント前後にミュージシャンとは知らずに盛り上がったことを、守りたいという、名状しがたい使命感のようなものに囚われた。
「たまたまです。YouTubeで『深更、最果て』のミュージック・ビデオを見て、すぐさま残りの動画全部見たんです。ライブも、今日で二回目の、超初心者です」
少しだけ俯いて、私は言った。それを啓夏さんは新参ファンの謙虚さと受け止めたのか、
「大丈夫大丈夫。最近はバンド編成の激しい曲も増えてるけど、Touyaファンの民度は高いし、あんまり前には行かずに、自由に楽しめばいいんだよ」
と微笑みかけてくれたが、そこに引っかかる言葉を発見した。
『民度』、しかも『ファンの民度』。
額面通りに受け取るなら、誰々のファンの民度は低い、つまりたちの悪いファンが多い、ととれるし、逆にファンの民度が高ければ、ファンも皆良心的、ということか、と察した。そこまで考えて、最初に気になった言葉、『入り待ち』の意味を聞いてみた。
「ああ、入り待ちはね、バンドとかがライブハウスに到着して、機材とかを搬入する時にちょっとだけお話しさせてもらうチャンスだね。あ、そうだ! 洸ちゃん、今日私と出待ちしようよ! 時間があればTouyaと話せるかもよ!」
啓夏さんによると、『出待ち』は入り待ちの逆、つまり楽器や機材の搬出の際にアーティストとコミュニケーションをとれる機会とのことだった。
そういえば最初にLOFTで話した時も先月新宿で話した時も、ライブの感想を直接言えていないことに気づき、私はしっかりと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます