タイムマシン男のつぶやき
へくお
タイムマシン男のつぶやき
誰しも、タイムマシンがあればと思ったことはあるだろう。
ついに私はその一歩手前まで来ていることを確信している。それはなぜか。私の設計した仕様通りのものが出来上がったからである。私の理論上タイムマシンが成立するシステムが、目の前にあるのである。
世の中にあるもののほとんどが、設計者が思い描いていた完全なものではないだろう。費用や部品のスペック、リードタイム、もろもろの制約の中でいくつかの妥協の中で作られたものであろう。
少なくとも今、私の目の前にあるものは、私の頭の中にある理想のものを体現化したそのものである。
登山道のわき道から少し外れた耕作放棄地の傍の小屋の中。あふれ出る汗にほこりがまみれ、黒い汗が皮膚をたどる。目の中に入った汗をぬぐい、少し息を吐いた。
ここまで来るのに何年かかっただろう。大学を卒業後、何百社も応募したが、正社員になれず、派遣社員として、工場のライン工として働いた。働き始めてからすぐに作り始めたから、十年足らずかな。多分、私は天才なのだな。はは。というよりも、社会に対する恨み、妬みの強烈なエネルギーが形として目の前に現れたのだ。時間、お金などすべてを費やした。
タイムマシンの形状は球体にした。防水であることはもちろん衝撃に強くした。たどり着いた場所の状況を把握するために、温度センサーはもちろん紫外線、放射線などの測定器を準備した。タイムマシンの中で一週間は暮らせるように食料やトイレなどの準備を整えた。
出発の日。土曜日。曇天。八時ごろ家を出発し、途中コンビニに立ち寄り、パンと野菜ジュースを買い、小屋には九時ごろに着いた。
タイムマシンの電源を入れる。ゆっくり球体が回る。暖気運転を二時間ほど待つ。球体の中に乗り込む。スイッチを入れると一瞬重力と熱さを感じるが、すぐに無感覚状態になる。
とりあえず、二十年前に行くことにした。あまりにも古いと全く知らない世界になるからだ。
過去あるいは未来に行った後、元の時代に戻る設計にはしているが、うまくいくかは実際やってみないとわからない。
少し眠っていたかもしれない。目を開けるとタイムマシンが止まっていた。
位置情報は、太陽系の惑星同士の引力から地球上のどの辺にいるかわかるデバイスで確認してみた。どうやら出発した場所と同じ場所のようだった。
はしごを上り、天井のふたを開け、恐る恐る外を覗いた。
はげ山の谷の真ん中あたりにタイムマシンが到着していた。少し肌寒い。降り立った世界が二十年前かどうかを早く確認したい。
まったく人気がないので、外に出て下っていくことにした。しばらく歩くと森が広がっていた。さらに進むと人が踏みしめたと思われる道のようなものがあった。
一時間ほど歩くと古びた瓦屋根の平屋の家が一軒見えてきた。昼時だからか食べもののにおいがしてきた。豚骨ラーメンのような匂いだが、すこし違う。窓から覗き見ると白髪の小柄な男が背中を丸めて、なべの中のものをテレビのニュースを見ながら食べている。今の日付を確認したいが、なかなかテレビの放送ではわからない。ただ居間のカレンダーを見ると元の世界と同じ年だった。おかしい。そんなはずはない。すぐにタイムマシンに戻って設定が間違っていないかを確認したくなった。
その場を離れ、小走りで森の中を走りぬけた。
タイムマシンはおりたった時のまま、無事だった。年月を確認したいことに夢中で、よくもまあ無用心なことをしていたもんだ。
設定を見直す。間違いはないはずだ。しかし、腕時計の時は、まったく元の世界から、進み方変わらないことが気になる。
何かの間違いで元の時代の別の場所に移動したのか?しかし、位置情報は、元来た場所を示しているし、山の形や川の位置は、元の世界とほぼ変わっていないので瞬間移動ではないはずだ。
だとしたら、この場所は、どこなんだろう。ここにいたとしても、人家があの家しかなく、先ほどの男に今日が何年で何月何日だと聞いたとしても、気味悪がられるだけで、下手をすれば、警察を呼ばれるだろう。
とりあえず、別の時代に行くことにした。五年前に設定すれば、小屋に通っていた頃だ。同じ場所に行きつくのであれば、小屋の中に到着するはずだ。
五年前に設定して、スイッチを押した。ゆっくり球体が回る音がして、体が一瞬宙に浮いた。
恐る恐るふたを開ける。
森の中だった。季節は夏だった。暑い。タイムマシンは、うまく木と木の間に到着していた。小屋のあった形跡はまったくない。しかし、完全に失敗したのかどうかは、まだわからない。位置情報を確認すると元の場所と同じようだ。あたりを見回しても、道らしき道は今回はなかった。とりあえず土地が低くなっているほうへ歩くことにした。
それにしても同じ場所のはずだが、見慣れた景色ではない。ほどなく、開けた場所についた。田畑が一面に広がっていた。人家もいくつか見える。
元の時代とは、何かが違う。よく見ると電信柱がまったくない。すべての人家の屋根が太陽光パネルになっている。元の時代もこんな景色は見たことがなかった。
あぜ道をとぼとぼ歩いていると、鍬をかついだお百姓さんが用水路の水の流れを眺めていたので、思い切って声をかけることにした。
「あのー、すいません。今日は何年、何月、何日ですか?」
当然、不思議そうな顔をして、しばらく間があったあと、
「20XX年Y月ZZ日だ。」
と教えてもらった。
どう考えても不審者だ。しかし、5年前ではなく、元の世界を出発した日と全く同じであることに驚愕した。
時間をさかのぼっていない。ではタイムマシンという装置でどこか別の場所に着いたのか。
「すいません。またおかしなことを聞きますが、ここの住所はどこですか?」
お百姓さんは早く立ち去りたい素振りで、
「A県B市C町だ。」
驚いた。元の時代の出発点である小屋のある住所だった。しかし、まだ確信が持てない。もう少し調べたい。
お百姓さんにありがとうといい、人が多い場所に行くことにした。先ほどの田園からほど近い三十軒の集落の中を歩くことにした。
電信柱がなく、空が広く感じる。それぞれの家は、屋根が太陽光パネルで、屋外に小さな小屋があり、円柱状の物が見える。そこから出ているケーブルが、見たことがない形状の自動車につながっている。おそらく、円柱は、大きなバッテリーで太陽光パネルの電気を貯めておくのであろう。
この集落を歩いてても、元の世界と同じなのかどうかもはっきりわからない。古びた遊具がある公園に放置自転車があったので、それに乗り、町に行くことにした。
タイムマシンがあった場所が山の中腹にあり、先ほどの集落は山のふもとにある。さらに標高が低いところに町があるだろうと思い、坂を下っていく。
小さな川の橋を何度か渡ったところで、町らしき場所についた。元の町にあったような郊外のチェーン店のショッピングセンターがあった。しかし、元の世界よりも地味な色調の茶色っぽい色で、一瞬わからなかった。京都にあるコンビニのように周りと調和がとれるような色調にしているようだ。中に入るが、売り場はさほど元の世界とは変わらない感じだった。
うろうろしていると広告がデジタルサイネージだった。日付を見るとY月ZZ日とあった。近くにあった菓子パンの製造年月日を見ると20XX年だった。
混乱してきた。過去には遡っていないと考えたほうがよさそうだ。しかし、瞬間移動でもなさそうだ。未来でもない。
過去でも未来でもない世界に来ているようだった。つまりパラレルワールドということか。
現実感がないままで、ショッピングセンターを後にした。もう少し周辺も見てみようと思った。このあたりは、印象として「田園都市」という言葉がピッタリあうような町だった。電信柱がなく、道路わきの用水路にきれいな水が流れており、渓流魚が泳いでいる。街路樹がきれいに手入れされており、どの商業施設の外壁の色が緑と調和するような色だ。また、背の高い施設も少なく、せいぜい三階建てといったところだ。この世界のこの町では、環境保護に関するポリシーが息と土どいている雰囲気だ。人々の服装も、なんだか地味で、けばけばしい服を来た人は、皆無に等しい。全体的に落ち着いた雰囲気だ。
小一時間歩いていると、あきらかに目立つ服装を来た二十代前半の男がスマホで周りを撮影しながら、歩いているのが見えた。黄色のTシャツに赤いハーフパンツを履いているいる。まあ、自分も作業服姿なので、目立つといえ目立つのだが。
そういえば、この世界でスマホを持つ人を見たことがなかった。
タイムマシンがある方向と同じ方向に彼も歩いていくようだったので、ついていくことにした。男はふらふらと坂を上り、森に入る手前の道へ入っていった。そしてしばらくすると自分のタイムマシンと同じ球体が見えて来た。球体の横にタープが張られており、折り畳みの机にペットボトルのお茶とスナック菓子がおかれていた。男はふーと言いながら、折り畳みの椅子にこしかけ、お茶を飲もうとしていた。
「あのー、すいません。」と声をかけると
「わー、びっくりした。何?」と男。
「あのー、すいません。この球体は、何ですが?」
「あーこれね。これは移動式の住居だよ。」
今まで、何度も聞かれたことがあるのだろう男はなれた感じで答えた。
「 ・・・あのー、うそでしょ。これータイムマシンでしょ?」
「・・・」
「あのー、実は僕、この形とほぼ同じタイムマシンを作って、この世界に先ほど来たんです。この森のもう少し上ったところに今おいてあるんです。」
男は、こちら側に指を差し、口角を左にあげて、
「正解。」と言った。男は話を続けた。
「その通り、これはタイムマシンだ。ただ今のところ、数十年前までしか遡った過去を数十回しか言っていない。極端に昔に行くと場合によっては殺されちゃうかもしれないし、未来だと未知の部分が大きいから、何が起こるかわからない。例えば、核戦争で世界が破壊されていて、放射線まみれの未来だったら、到着時点で死ぬことが確定だからね。
遡って二十年とか三十年単位だったら、近くにコンビニに行く程度というのは言い過ぎかも知れないけど、三百メートルぐらいの裏山に登るぐらいの気持ちかなと思う。だいたい知っているような過去だからね。」
「あのー、元来た時代には戻ったことはあるのですか?」と聞いてみた。
「あるよ。過去から未来の元の時代に。着替えとか、食べ物とか取りに帰りに。」
彼の話を信用するとして、彼の球体こそタイムマシンだ。まだ未来や数十年以上過去には行っていないようだが。
「あなたはどうなんだ。どんな時代に行ったんだ。」
「いやー、なんかおかしんですよ。過去に行ったつもりが、過去ではなくて時代は同じで、場所も同じなのに全く景色が違うので、困惑しているのですよ。パラレルワールドなんかなって。」
男は、またこちらに指をさして、正解と言って続けた。
「この世界には二日前に着いた。現代に戻るつもりだったが、何か間違った設定をしてしまって、着いたら、元の世界に近いのだが、異なる世界だった。今までも何度かあるけど、おそらく俺が過去にいったら、その時点でパラレルワールドが形成されている気がする。バタフライ効果って知ってる?蝶の羽ばたきが地球の裏の竜巻を引き起こすっていうやつ。おそらく、俺が過去に戻ったら、少しの変化が起きて、その時点でその世界の進み方が元の世界と異なった物になって、元の世界とは違う世界、パラレルワールドが形成されているみたいだ。ただ、何十回過去に戻っているから、どんだけパラレルワールドができているかわからないけど。
でもあんたが作ったタイムマシンのようなものはすごいね。パラレルワールド移動マシンだね。」
タイムマシンを作るつもりだったのにパラレルワールド移動マシンを作ってしまった。でもなぜ、彼のタイムマシンは完成しているのだろう。自分のとほぼ変わらないのに。
「どうやってタイムマシンを作ったのですか?」
「多分、元の時代のこの辺と同じ場所の小屋の中で、タイムマシンを作っているやつがいて、それを森の中で金目のあるもの探しているとき見つけたのよ。はじめな何かわからなかったけど、設計図にタイムマシンて書いてあったし。設計図をスマホで取って、近所のガレージで作りはじめたら、できたって感じ。」
あっさり設計図を盗んだことを認めたが、自分が作ったものがタイムマシンとして成立していたので、腹も立たなかった。なぜ同じ設計図なのに彼がタイムマシンを完成させることができて、自分のはパラレルワールド移動マシンなったのか。
「あのー、そうですね。その小屋の球体を作ったのは僕ですね。タイムマシンといいたいのですが、僕のは、もはやタイムマシンではないので。設計図から何か変更した部分はありますか?」
「やっぱりそうなんだ。設計図を盗んだことは謝るよ。ごめん。多分、ハードの部分は同じだけど、ソフトはあんたがPCを置いて小屋からいなくなった時のものをコピーしたままだから、あんたがバグを修正する前のものが入っているかもね。」
当然ながら、ソフトの修正は何度も加えているその中で、タイムマシンの根幹となるコードに間違った修正を加えていたかもしれない。タイムマシンにすぐにでも戻り、早く思い当たる部分を修正したい。
「あのー、ありがとうございました。参考にさせていただきます。早く戻ってタイムマシンを完成させたいので、帰ります。」
「えっ、もういいの?」
「人と会話するのが、苦手なので。」
「それなら、しょうがないよね。さよなら。元気でね。また来世で。」
早歩きで坂道を登る。下着が汗でぐっしょりとなり、肌にくっついて気持ち悪い。早足が小走りになり、少し疲れてきた。球体の中に入り、ノートパソコンと球体のコネクタを接続し、コードの修正にとりかかる。
コードの修正をしながら、頭の中を整理した。
まずタイムマシンを作っている時に、男が設計図とソフトを盗んだ。いつかわからないが、男がタイムマシンを完成させている。そのあと、自分がタイムマシンのようなものを完成し、出発する。男が過去に行った際にできたパラレルワールドに移動した。男は、元の世界に戻っていることから、元の世界も現時点でも存在し、時間も一方向に進んでいると思われる。それと男が過去に遡った分のパラレルワールド同時に進行している。
そして私は、そのパラレルワールドをさまよっている感じか。
コードの修正が完了した。これで一応、おそらく過去に戻ることができそうだ。しかし、未来に行ってみたい。男が過去と現在を行き来しているが、未来には行ったことがないと言っていた。過去から元の世界に戻る時間の向きと元の世界の先の未来に行くことは、同じなのであとは気持ちの問題だろう。
さて、いつに設定をしようか。元の世界の二日後に設定した。あまり遠い未来だと怖いし。見通しが着く未来のほうが、安心だ。スイッチを押した。ゆっくり球体が回る音がして、体が一瞬宙に浮いた。さっきと同じだ。
動作が止まり、着いたみたいだ。放射能のセンサーなども特に問題なく、正常そうだ。ふたを開けると夜になっていた。夜空の星が異常にきれいだった。あたりに全く明かりがない。今から移動するのは危険なので、夕食を食べて、眠ることにした。
目が覚めると、ひどい倦怠感で少し動くと息切れしそうな感じだった。パラレルワールドを移動する時のエネルギーが身体に大きな影響を与えたのであろう。水を飲み、昼頃まで横になっていたら、少しましになってきたので、上のふたから顔を出してみた。あたり一面は草原だった。またパラレルワールドだ。愕然とした。
夏の草の匂いが充満していた。今度も周りに住居がない。コードを再度修正しようかと思ったが、まずは外に出てみることにした。遠くのほうに藁ぶきの家が立ち並んでいて、一軒から煙が立ち上っていた。
しかし、そこまで歩く元気がなかった。ふと気を失い、草の上に横たわった。もう動けない。ポケットの中からスマホを取り出し、録音機能アプリを起動させた。タイムマシンを作成するきっかけから今までの出来事と球体の動作方法、設定方法などを吹き込んだ。誰かが見つけてタイムマシンを完成させてくれるだろう。
球体の近くに死体があったら、怖がるだろうから、腹ばいで数十メートル先まで、進み仰向けになった。セミの声と土のにおい。服は汗でびしょ濡れだが、静かな気持ちだった。未来の誰かに思いを託し、目を閉じた。すぐに眠くなった。死ぬとはこんな感じなんかなと思った。
彼が、たどり着いたパラレルワールドは、タイムマシンで移動していた男が、千年前の過去にたどり着いた時に出来たパラレルワールドだった。そのパラレルワールドは、文明が元の時代ほど進化していなかった。スマホや球体は見つけられたが、誰も何であるか理解できず、タイムマシンが完成することはなかった。
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