第43話 崩落ーバクハー
遺骸たちは紘真めがけて一気呵成に流れ込む。
その間、虫人間は天井に飛び上がり、紘真を見下ろす形で、手足を張り付かせていた。
「んなくそっ!」
糸で操り動かしているなら、その糸を断てばいい。
紘真は松明を激しく振るい、火の粉をまき散らして遺骸操る糸を焼き尽くす。
糸の切れた遺骸は文字通り動かぬ遺骸となる。ただそれも一時的なこと。倒れた遺骸を踏みつけ、新たな遺骸が波のように迫る。この波を操る糸を焼き切ろうと、新たな糸をつけた遺骸が再起し波として迫る。
「これじゃじり貧だ!」
虫人間は天井に張り付いたまま、あらがう紘真をあざ笑うように鳴く。
「うおっ!」
巨大な影が差した時、紘真の過去が怖気を走らせる。
影の正体はクマ、の身体を持つ蚕蛾。鋭利な爪を紘真の脳天目がけて振り下ろす。過去のトラウマからクマに苦手意識を持つ紘真は咄嗟に避けようとする。だが、右横からイノシシ姿の虫に体当たりを受け、体勢を崩された。そのままクマの一振りを正面から受け、壁面に叩きつけられる。左肩から胸元にかけて衣服が裂けようと、曝け出された肌は裂き傷どころか血一滴出ていない。驚きや理由を考察する間などなく、狙いすました遺骸たちがなだれ込むのを許す。
遺骸の押し寄せる圧力が土壁に穴を穿ち、紘真は別なる空間に身体ごと押し出されていた。
「くっ、本当に頑丈だなもう!」
規格外の頑丈さに感謝しながら紘真は起きあがる。
松明はへし折られ、火は潰えた。
それにも関わらず、暗闇だろうと周囲を把握できるのは頑丈さ共々、謎覚醒のお陰か。
穿たれた穴からは遺骸たちが、再突撃をせんと身構えている。
土埃ある空間は、どうやら人為的な空間であり、採掘道具が残されていた。
「お、いいの見つけた」
とある道具を見つけた瞬間、紘真に悪魔が舞い降りた。
使えるか、使えぬかは、使ってから。危険など承知の上。危険が増えようと今更なこと。
紘真は積み上げられた木箱の一つを叩き割っては、中から筒状の物体を取り出した。
ジッポライターが奇跡的に無傷なのは怪我の功名だ。
慣れた手つきで筒から延びる糸に火をつける。
長い年月が経っていようと、ジリジリと音を立てながら糸は燃え、筒に迫る。
「喰らいやがれ!」
筒、ダイナマイトを振りかぶっては、穴からのぞき込む虫人間に向けて投擲していた。
音を立て、飛翔するダイナマイト。危険を本能で察知した虫人間が遺骸を盾にしてきた。だが、ダイナマイトは導火線が本体に届こうと、爆発することなく遺骸の一体に当たっては地面に転がった。
「あちゃ~不発だったか」
火がつこうと火がつかねば意味がない。
虫人間は、紘真の醜態を笑いながらダイナマイトを、その脚で踏みつぶす。起死回生に一手は無駄だと嘲笑うためのパフォーマンスに見えた。
だが、次の瞬間、耳をつんざく爆発が虫人間を飲み込んだ。
「あれ、後一歩届いてなかったのか」
爆発は虫人間を飲み込むだけで終わらない。
坑道を揺らし、爆発で生じた爆炎が遺骸操る糸を吹き飛ばす。
また、元から張られていた糸に飛び散った火花が触れ、燃焼たる形で方々に炎を伝播させていく。
紘真が、炎走る糸の一本を目で追えば、ダイナマイトの箱近くにまで伸びていた。
炎走る糸は土壁に当たって燃え尽き、行き場を失った火の粉が箱の上に降り注ぐ。
あろうことか、その降り注いだ先は、紘真が中身を取り出すために叩き割った部位。
つまりは――
「やっべっ!」
紘真は血相を変えては、箱から背を向けて走り出す。
坑道に飛び出した瞬間、大爆発が立て続けに起こり、壁面や天井に亀裂を走らせた。
「逃げろ!」
亀裂走る天井から崩落が始まった。
紘真は直感が囁くまま、崩落しつつある坑道を走る。
並の人間ならば、崩落に飲み込まれていただろう。
だが、謎覚醒の効果により常人を越える脚力が崩落に巻き込ませない。
走りに走り続けた時、声がした。
「嘉賀くん!」
光射し込む出口に大人たちがいた。
まばゆさに目をくらませる紘真だが、足を止めない。
汐香もいる。大人たちも誰一人欠けていない。
後少しだと地面を蹴り、坑道から外に飛び出していた。
「あれ?」
飛び出した紘真の身が、陽の光を浴びた瞬間、全身にたぎる謎の力が急激にしぼむ。証明するように左腕にある傷跡から白い燐光が急激に消えていた。
「ぐあああああっ!」
そして全身を稲妻で撃たれたような激痛が、紘真を出入り口の前で倒れこませ、叫ばせる。
だが、既に鉱山の外。崩落からは無事逃げおおせた。
鳴動は止まらず、奥からは崩落の音が立て続けに響いている。
ダイナマイトの爆発を直に受けた虫人間も無事では済まされないだろう。
そのまま崩落に潰されていれば御の字だ。
――ジャラリ
「なっ!」
安堵など遠いものだと痛感したのは、左足に冷たい金属質の感触が巻き付いた時だ。
糸ではない。正体はさび付いた鉄の鎖。どこからと視線を走らせる。崩落する坑道の奥底にて蠢く赤き複眼が答えを示していた。
「こ、こいつ、まだ!」
虫人間は下半身を欠損させていようと、まだ生きていた。
唯一残った右腕を使って鎖を飛ばし、紘真の左足に巻き付けた。
その口から糸を出す余力すらないのか、片羽では飛ぶことすらできないのか、地を這いながら鎖を伝って迫っていた。
「しぶとすぎるだろう!」
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