第23話 現場ーナゾー
「まさか誘拐とは」
翌朝、現場となった千野家には、警察による現場検証が行われていた。
捜査員の一人として、五島を追っていた陽川の姿もある。
教育係である平久は周囲の聞き込みに向かっていた。
要は、この現場を一人で観察して、解決の糸口を見つけろということだ。
託されたか、それとも押しつけられたか、もちろん前者である。
教えられた成果を発揮してろ、なのだろう。
「二階から室内に入り込んだ痕跡があるが、五島の狙いが読めないな」
陽川は、脳内で聞き取った情報を総括する。
起こりは昨晩の午後七時一五分頃、家族四人の団らんの最中、五島は忽然とリビングに姿を表した。
家主である千野祐介が、家族を守らんと立ち上がった時、片腕で弾き出され、窓ガラスを破る形で外に放り出された。
五島は一言も発せず、千野祐介の娘、千野汐香を捕まえる。
その直後、異変を聞きつけた隣の嘉賀家から嘉賀紘真が駆けつけた。
連れ去りを阻止しようと奮闘するが、抵抗虚しく五島の連れ去りを許してしまう。
逃走もまた屋根から屋根を伝って逃げるなど、動きが人間離れしすぎていた。
目撃者によれば、道路を挟んで、五メートルはある家同士の距離を難なく飛び越えたと証言がある。
(いや、確か、五島は)
思い出すように陽川は手帳を取り出しては、ページをめくる。
空白が隣にあるページで、その手は止まっていた。
(元フリークライミングの選手、だが、8年前の脇見運転の貰い事故で選手生命を発たれている。当初は指導員として生活していたが、未練や悔恨があったのだろう。忘れようとして酒に溺れ、女に溺れ、結果として残ったのが膨大な借金だ。先の強盗も借金返済のためだろうが、ここに来て誘拐など、身代金が狙いか? だが殺人事件の容疑もある以上、動機が読めない)
可能性はありえなくもない。
ほんの先ほど判明したこと、正確には、とある企業グループが現場である千野家に我が物顔で押し掛けてきたことだ。
夫婦はどこだ。ふさわしくない。本家に戻すようにと、家族不在の家に土足で入り込もうとする。
夫婦は現在、病院にいるが教える警察ではない。
警察として現場への立ち入りを阻止、これ以上の行動は公務執行妨害だと動きかければ、同じ企業グループが別の車で押し寄せ、先に来ていたグループと対立姿勢を明確にする。
誘拐事件起こった住宅街に起こる諍い。マスコミもかぎつけ、SNSにもアップされるから、警察としては応援を呼ばざるを得なかった。
(千野と同じ読みだが、
ほんの前まで学生だった身、就職活動にて、かつての学友たちからグループの名を聞かぬことはない。
センノと書いてセンノとは読まない。
千野グループは、日本国内でも有数の財閥グループだ。
経営も多岐に渡り、根強く手堅い経営基盤を維持している。
特に警備部門は日本シェア一位。警察官の再就職先としてもっとも多い。
話を聞く限り、先に来たグループは常務派、後のグループは会長派のようだ。
(千野グループは立場的に親族が強い。今なお現役の会長の直系が誘拐された千野汐香。常務は、婿養子で会長と義理の孫の関係になる。子供はいようと後妻の子、血縁はない。加えて経営に関して専務はグループ特有の手堅さは希薄、事業の成果は良いとは限らない)
企業の内情に詳しいのは、単に大学時代の先輩の勤め先故、無理に頼み込んで教えてもらっただけ。
一〇年前、事故で亡くなった孫息子夫婦には、相応の遺産があり、娘に継承されている。
専務は後妻の子とはいえ、我が子のように接していると話に聞いている。子供同士を結婚させ、血縁と遺産でグループ内の基盤を高めんと、あれこれ策を巡らしているようだ。
(千野夫婦には毎月多額の養育費が会長から振り込まれていると聞く。だが、一切手をつけていないとも。又聞きだが、子供のお金だからと敢えて手を付けてないとか。亡くなった友人夫婦の友誼のためだけに子供を引き取り育てるなど、この家の夫婦は相応の人格者だな)
いや、だからこそ曾祖父は孫娘を託したのだろう。
自身は会長職故に多忙。年齢もあってか、子育てを託せる信頼にたる人物が組織内にいなかったのも大きいはずだ。
(しかし、専務の子は三〇越えているんだぞ。一〇歳の子供と結婚させるのは警察以前に、人としてだな)
生真面目さが額に出てしまい陽川は唇を噛む。
家庭の事情とはいえ、財閥の曾孫娘誘拐はニュースとなっている。
どこで誰が、マスコミに情報をリークしたかは、心当たりはあるが口には出さない。
すでに各テレビ局は、先を争うように報道を行っている。
加えて昨今の配信生放送が流行っているせいか、配信者が現場に入り込もうとした始末。今先ほど、二人公務執行妨害で近くの署に連行した。
「はい、私です」
スマートフォンが鳴る。相手は病院に派遣した捜査員からであった。
「そうですか、父親は左腕を骨折、母親と子供は無傷と」
では、と同じく搬送された少年が気がかりだった。
「え、そちらも無傷? ですけど、聞けば二階から飛び降りた。五島に蹴りを入れた。それだけでなく激しい殴打を受けたのにですか?」
おかしいと疑問が脳裏をよぎる。
千野一家や少年を搬送した救急隊員から当時の状況は伺っている。
「どういうことなんだ?」
通話を終えようと、陽川は重なり降り積もる疑問を口に出さざる得なかった。
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